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第269話 離島怪異譚⑫

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「ど、どうしてそれを?」
「こんな狭い島のことじゃ。よそ者がくれば噂はすぐに伝わるさ」
 確かにそうかもしれない。
 フェリーの船着き場。
 レンタカーショップの店員。
 そして、旅館の女将。
 そういったところから島中にネットワークが張り巡らされているに違いない。
 ならば、事件のことも、彼らは何か知っているのではないか?
 知っていて、あえて警察にも隠していることがあるのでは?
「俺は朝倉晴馬。朝倉ってのは、この東海岸きっての網元じゃよ。まあ、今はかなり落ちぶれちょるがね」
 朝倉晴馬と名乗った青年は、そこで二カッと白い歯を見せて笑うと、
「とにかく、ここはヤバい。素人がたやすく足を踏み入れていい場所じゃないんだ。とりあえず、案内するからうちに来な」
 そこに、ふらふらしながら野崎がやってきた。
 服はびりびりに破れて、ほとんど裸である。
 その顔には、恐怖と恍惚のない混ぜになったいわく言い難い表情が貼りついている。
「あ、あれは、な、なんだったんです?」
 青年を見上げて、野崎がたずねた。
「蛸と人間のキメラみたいだった・・・」
「実は、昨日も見たの。私たちを尾けてたのよ」
「え? あの蛸少女が?」
「ええ。レンタカーで通った海岸のところ」
「そういえば、ケイさんが妙に青ざめた時がありましたね」
「うん。あれが潮だまりにいるのが見えて・・・」
「海魔だよ。俺ら島民はそう呼んでる」
 岩棚を見上げて青年が言った。
「ここ数年、出てなかったんだけどな。去年のお盆あたりから、ちょくちょく現れるようになった」
「海魔…海の魔物?」
「そう。島のじっちゃんたちの話じゃ、海魔は、水死した死人の魂が蛸に乗り移ったものとされちょる。さっきのあれは、たぶん、春先に自殺した下村さんちのとこの雪絵じゃな」
「自殺って…」
「雪絵は本土の私立中学に通ってたんだが、学校になじめず、うつ病にかかっちょったんよ。それで、この春、始業式の日に、学校に行きとうのうて、ほれ、そこの崖から・・・」
「その、死んだ雪絵さんって子の魂が、蛸に…?」
「まあ、ここは忌み場じゃからな。太古の昔から、そういうことはよくあるらしい」
「忌み、場?」
「さすが探偵さんは質問多いな」
 なおもたずねようとする私に、晴馬が苦笑した。
「こんなところで質問攻めにされてもらちがあかん、とにかく、次の海魔に狙われんうちに、早く引き上げるべ」
「で、ですよね」
 お追従のような笑みを返しながら、助かった、と思う。
 網元の息子か。
 見知らぬ島で、これほど頼りになる助っ人は、他にはいまい。
 
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