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第281話 退職連鎖(解決編)

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 店に帰り、店長に報告すると、予想通りの反応が返ってきた。
「そんな…あり得ん」
 店長は、驚愕のあまり口をぽかんと開けたままだ。
「でも、間違いありません」
 俺は言い切った。
「あの赤ん坊の父親は、おそらくうちのバイトの浜田でしょう」
八神美里の連れていた赤ん坊の顔は、両生類にそっくりだった。
 目と目が異様に離れた独特のあの容貌、あれは確かに浜田のもの…。
「もしかしたら、他の3人も、浜田の子を身ごもっていたんじゃないですか? 入院というのは、父なし子の出産、あるいは、堕胎のためと考えれば…冷ややかな家族の反応も説明がつくと思うんです」
「しかし、あのコミュ障の浜田君が、いったいどうやって・・・?」
「問題はそこです」
 俺はため息をついた。
「酷い言い方ですが、正直言って、あの浜田を恋愛の対象とする女性がこの世に存在するとは思えません。それも、肉体関係まで持った女性が4人も…。何か仕掛けがある、そんな気がしてならないんですが」
「困ったな。来週の月曜日からいよいよ新しいバイト女子が来る。もし君の推理が当たっていたら、彼女も浜田君に妊娠させられてしまう」
「俺に考えがあります。任せてください。その代わり、浜田にはこのこと、内緒にお願いします」
 浜田め。おまえが何をしたのか、絶対に暴いてやる。

 1週間が経ち、その月曜日がやってきた。
 新人バイトの藤木真奈美は、履歴書の写真以上に明るくさわやかな、好感の持てる娘だった。
 その日は浜田も出勤で、よほどのことがない限りレジに立たない彼は、主に裏方の仕事に回されていた。
 俺は真奈美に仕事を教えながら、浜田の挙動に注意を払った。
 やつが行動に出たのは、午後遅く、客の入りがひと段落した頃のことだった。
 周囲を気にしながら女子トイレに向かう浜田を、俺は追った。
 やつが中へ入り、内側からカギをかける直前、ドアを無理やり引き開けて恫喝する。
「おい、何やってるんだ? その手に持ってるのは、何なんだ?」
 振り向いた浜田の蛙顔がみるみるうちに蒼ざめ、その右手から小さな容器が落ちた。
 床に転がった容器からこぼれ出たのは、半透明の糊状の液体だ。
 そこから立ち上る草いきれのような青臭い臭気に、俺は自分の推測が的中したことを確信した。

「まさか、ウォッシュレットのノズルに、自分の出した精液を塗りつけていたとは…」
 絶句する店長。
 店の前の駐車スペースにはパトカーが止まっていて、威嚇するように赤色灯を点滅させている。
「ここ1年半の防犯カメラを虱潰しに調べて、気づいたんです。あいつが、用もないのに一日に何度も女子トイレに出入りしていることに…」
 そうなのだ。
 藤木真奈美の来る直前の1週間、俺が取り組んだのはそれだった。
 画像を発見しさえすれば、あとは現場を押さえるだけである。
 きょうはまさにその物的証拠をつかむ日だたっというわけだ。
「待てよ…。でも、それだと、被害者はうちのバイト女子だけとは限らないよね。お客さんもよく、女子トイレは使用するわけだし」
「そうなんですよ」
 重々しく俺はうなずいた。
「それでひとつ、滅茶苦茶重要なことに気づきまして…」
「めちゃくちゃ重要なこと?」
「防犯カメラを見てて思い出したんですが、人手不足の時、たまに店長の奥さん、手伝いに来てましたよね? それも、浜田をレジに出せないので、あいつのシフトの日に限って、何度か…」
 店長の顔色が紙のように白くなるのがわかった。
 そう。
 割と最近、店長から聞いたことがあったのだ。
「うちのカミさん、どうもおめでたみたいなんだよ」
 と、嬉しげに。
 
 
 
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