254 / 431
第246話 墓のない村(終)
しおりを挟む
庭に引き出されると、すでに夜が明けかかっていた。
だが、空には墨を流したような黒雲がたなびき、朝陽をほとんど覆い隠してしまっている。
僕と”彼”は罪人のように後ろ手に縛られ、化け物夫婦に引き立てられていた。
不気味なのは垂れ込めた雲のあいまを、何か黒い鳥みたいな影が何羽も飛び交っていることだった。
カラスにしては大きく、翼長は大鷲ほどもありそうなその鳥たちは村の上空まで来ると、あたかも獲物を探すかのように旋回し始めた。
「あなたがここに来たいと言った時、私は『本気なの?』と訊きましたよね」
深いため息をつきながら彼女が言った。
彼女は今はあの気味の悪い”蛞蝓”ではなく、いつもの清楚で儚げな女性に戻っていて、空を見上げるその横顔がどこか悲しげだった。
「まあ、私たちにとっては望むところではあったのですけど、これはあなたの選んだ道だということをお忘れなく」
「僕が何を選んだっていうんだ?」
化け物妻の馬鹿力で敷地の外へと引っ立てられながら、僕は前を行く彼女の華奢な背中に尋ねないではいられなかった。
「僕はただ、婚約者の故郷をこの目で見て、正式にご両親に挨拶したいと思っただけじゃないか」
それが、このありさまだとは…。
両親は化け物じみた痴れ者夫婦で、生業は罰当たりな薬造り。
地下牢には”兄”なる人物がつながれ、更に極めつけは、愛した女性の正体が、得体のしれぬ”存在”であるらしいことー。
「馬鹿だな。自分から死地に赴いてくるとは」
隣を歩く”兄”がせせら笑うように言った。
「こいつらは待ってたんだよ。外部の血が集落に入ってくるのを。それは新たな子種を採取することでもあるし、何よりも…」
「うるさいわね」
彼女が振り向き、険のある目で”兄”をにらみつけた。
「村を逃げ出したはいいけど、外地で殺人犯として追われてたあんたを今日までかくまってあげた恩を忘れたの」
「ふん、しょせん俺もおまえら穢人のDNAの持ち主だったっていうだけのことさ。でなけりゃそもそも殺人なんて犯しやしねえ」
「若い女性を解体して馬刺しならぬ人肉刺しにして食べたんだったよね。私ら以上に狂ってる」
「なんとでもいえ。それよりいいのか、忌鳥さまたちのお出ましだぞ」
僕らはちょうど家の前の砂利道に出たところだった。
目の前には広い畑があり、何かわからぬが青々と作物が茂っている。
そのあちこちに案山子が立っているのだが、その案山子めがけて急降下してきた鳥たちが攻撃をしかけているのだ。
「げ、なんだ、あれは」
僕は絶句した。
それはあまりにおぞましい光景だった。
鋭いくちばしでつつかれた案山子から、赤黒い液体が噴き出している。
千切れ飛ぶ布の下から現れたのは、綿やわらなどではなく、肉だった。
大きな頭部は頭蓋骨で、水平に伸ばした腕も、どうやら骨でできているようだ。
「に、人間?」
おのずとうめき声が喉から漏れる。
「人間か、というと語弊があるな」
僕のつぶやきを聞き取って、”兄”が答えた。
「あれは、そこの二匹のでくの棒と同じ、穢人、いわゆる”もどき”だよ。やつらの運命は決まってる。だからこの村には墓は必要ない」
ケガレビト?
もどき?
何なんだそれは?
それと、もうひとつー。
おぞましさを増幅している、もうひとつの要因…。
それは、襲い来る鳥のほうだった。
人面鳥、とでもいうのだろうか。
そいつらの顔ときたら、鼻と口に当たる部分からカラスのそれのような鋭利なくちばしを生やした、血走った目の人間の女のものだったのだー。
「早く新しい案山子を作らなきゃ」
凄惨な光景を険しい表情で見つめながら、彼女がつぶやいた。
「村のまがい物たちの血肉では、忌鳥さまたちも満足されないわ。ここは外地から呼んだ真人間の血肉でなければ」
それを聞くなり、”兄”がケタケタ笑い出した。
「ほうら見ろ、おまえの婚活の目的は、やっぱりそれだったんだな。俺は今回、前菜みたいなものってわけか」
「ちょ、ちょっと待てよ。いったい、何の話してるんだ?」
嫌な予感に襲われて僕が訊き返すと、
「子種はもらったから、後は…わかるわよね」
僕のほうを振り返りもせず、彼女が答えた。
「お山に住んでる忌鳥様は、真人間の肉が大好きなの。穢人の時と違って、真人間はひとり捧げれば半年はもつから、それでね…」
「ま、待てよ」
もはや逃げ出すことは不可能だった。
次の瞬間ー。
化け物夫婦が左右から無造作に僕の両腕をつかんだかと思うと…。
次の瞬間、やにわにぐぎっと肩の関節を外してきたのである。
だが、空には墨を流したような黒雲がたなびき、朝陽をほとんど覆い隠してしまっている。
僕と”彼”は罪人のように後ろ手に縛られ、化け物夫婦に引き立てられていた。
不気味なのは垂れ込めた雲のあいまを、何か黒い鳥みたいな影が何羽も飛び交っていることだった。
カラスにしては大きく、翼長は大鷲ほどもありそうなその鳥たちは村の上空まで来ると、あたかも獲物を探すかのように旋回し始めた。
「あなたがここに来たいと言った時、私は『本気なの?』と訊きましたよね」
深いため息をつきながら彼女が言った。
彼女は今はあの気味の悪い”蛞蝓”ではなく、いつもの清楚で儚げな女性に戻っていて、空を見上げるその横顔がどこか悲しげだった。
「まあ、私たちにとっては望むところではあったのですけど、これはあなたの選んだ道だということをお忘れなく」
「僕が何を選んだっていうんだ?」
化け物妻の馬鹿力で敷地の外へと引っ立てられながら、僕は前を行く彼女の華奢な背中に尋ねないではいられなかった。
「僕はただ、婚約者の故郷をこの目で見て、正式にご両親に挨拶したいと思っただけじゃないか」
それが、このありさまだとは…。
両親は化け物じみた痴れ者夫婦で、生業は罰当たりな薬造り。
地下牢には”兄”なる人物がつながれ、更に極めつけは、愛した女性の正体が、得体のしれぬ”存在”であるらしいことー。
「馬鹿だな。自分から死地に赴いてくるとは」
隣を歩く”兄”がせせら笑うように言った。
「こいつらは待ってたんだよ。外部の血が集落に入ってくるのを。それは新たな子種を採取することでもあるし、何よりも…」
「うるさいわね」
彼女が振り向き、険のある目で”兄”をにらみつけた。
「村を逃げ出したはいいけど、外地で殺人犯として追われてたあんたを今日までかくまってあげた恩を忘れたの」
「ふん、しょせん俺もおまえら穢人のDNAの持ち主だったっていうだけのことさ。でなけりゃそもそも殺人なんて犯しやしねえ」
「若い女性を解体して馬刺しならぬ人肉刺しにして食べたんだったよね。私ら以上に狂ってる」
「なんとでもいえ。それよりいいのか、忌鳥さまたちのお出ましだぞ」
僕らはちょうど家の前の砂利道に出たところだった。
目の前には広い畑があり、何かわからぬが青々と作物が茂っている。
そのあちこちに案山子が立っているのだが、その案山子めがけて急降下してきた鳥たちが攻撃をしかけているのだ。
「げ、なんだ、あれは」
僕は絶句した。
それはあまりにおぞましい光景だった。
鋭いくちばしでつつかれた案山子から、赤黒い液体が噴き出している。
千切れ飛ぶ布の下から現れたのは、綿やわらなどではなく、肉だった。
大きな頭部は頭蓋骨で、水平に伸ばした腕も、どうやら骨でできているようだ。
「に、人間?」
おのずとうめき声が喉から漏れる。
「人間か、というと語弊があるな」
僕のつぶやきを聞き取って、”兄”が答えた。
「あれは、そこの二匹のでくの棒と同じ、穢人、いわゆる”もどき”だよ。やつらの運命は決まってる。だからこの村には墓は必要ない」
ケガレビト?
もどき?
何なんだそれは?
それと、もうひとつー。
おぞましさを増幅している、もうひとつの要因…。
それは、襲い来る鳥のほうだった。
人面鳥、とでもいうのだろうか。
そいつらの顔ときたら、鼻と口に当たる部分からカラスのそれのような鋭利なくちばしを生やした、血走った目の人間の女のものだったのだー。
「早く新しい案山子を作らなきゃ」
凄惨な光景を険しい表情で見つめながら、彼女がつぶやいた。
「村のまがい物たちの血肉では、忌鳥さまたちも満足されないわ。ここは外地から呼んだ真人間の血肉でなければ」
それを聞くなり、”兄”がケタケタ笑い出した。
「ほうら見ろ、おまえの婚活の目的は、やっぱりそれだったんだな。俺は今回、前菜みたいなものってわけか」
「ちょ、ちょっと待てよ。いったい、何の話してるんだ?」
嫌な予感に襲われて僕が訊き返すと、
「子種はもらったから、後は…わかるわよね」
僕のほうを振り返りもせず、彼女が答えた。
「お山に住んでる忌鳥様は、真人間の肉が大好きなの。穢人の時と違って、真人間はひとり捧げれば半年はもつから、それでね…」
「ま、待てよ」
もはや逃げ出すことは不可能だった。
次の瞬間ー。
化け物夫婦が左右から無造作に僕の両腕をつかんだかと思うと…。
次の瞬間、やにわにぐぎっと肩の関節を外してきたのである。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる