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第233話 開かずの間(中編)
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それは、お盆に入ろうとする、8月12日の深夜のことだった。
その日は過疎化の進む村も賑わいを見せ、その大部分が老人とはいえ、料亭の近所でも人の姿が散見された。
この地方の風習なのか、涼音さんは店の玄関とコの字型の廊下の角に爪楊枝を足に見立てた茄子を飾った。
お盆には、先祖の霊が、馬に見立てたこの茄子の背に乗って、あの世から帰ってくるというのである。
その日の夜は異様に蒸し暑く、寝苦しかったため、遅くに床についた私は、ほどなくして目を覚ましてしまった。
ぺた、ぺた、ぺた。
外の廊下を歩く、妙に湿った足音ー。
それが、浅い眠りから私を現実に引き戻したのである。
こんな時間に、誰?
目覚まし時計代わりの枕もとのスマホに目をやると、時刻は夜中の2時。
このお店には住み込みの従業員はいないはずだから、普通に考えれば足音の主は涼音さんであるはずだ。
けれど、それにしてもあの音…。
なんだかひどく気持ちが悪い。
まるで、スキューバダイビングの時に履く大きな足ひれをつけて歩いているような、そんな気味の悪さなのだ。
それにー。
もう一つの疑問は、更に私を震え上がらせた。
この部屋は、コの字型の廊下の二本目の縦線から、そこに直角に交わる横線を少し曲がった所に位置している。
大浴場と宴会場は一本目の縦線沿いにあるから、私の部屋の前を通って行く先といえば、突き当りのあの部屋しかない。
あの部屋ー。
そう、涼音さんに「絶対に入るな」と釘を刺された、開かずの間である。
あの部屋には、家主の涼音さんですら、中に入ったことがないと言っていた。
なのに…。
ー誰かが、その、開かずの間に行こうとしてる?
その認識に、私は完全に目覚め、ガバッと布団の上に上体を起こした。
パジャマのまま寝床から這い出て、廊下との境目の襖に手をかける。
ぺた、ぺた、ぺた…。
足音は、少しずつ遠ざかっていくようだ。
にわかに動悸が激しくなり、心臓が今にも口から飛び出しそうになる。
見ちゃいけない。
頭の隅でもう一人の私がささやいた。
あなたには関係ないんだから。
さあ、早くお布団の中へ戻りなさい。
あなたはただ、何も知らずに寝てればいいんだからー。
けど。
恐怖より、好奇心のほうが強かった。
好奇心は猫をも殺す、だなんて、昔の人はよく言ったものだ。
音を立てないよう、そっと襖を引いた。
少しずつ広がる隙間から、暗い部屋の中にミルク色の月光が這い込んできた。
なに? この匂い…。
変に生臭い匂いが鼻を衝き、私は思わず顔をしかめた。
思い切って、廊下に首を突き出した。
開かずの間のほうに目をやると、月光に照らされた”それ”が、いきなり視界に飛び込んできた。
げっ。
喉が鳴り、私はあわてて両手で口を押さえた。
廊下の突き当りー。
開かずの間の扉に手をかけようとしているものは、明らかに人とは異なる姿をしていたからである。
ー後編に続くー
その日は過疎化の進む村も賑わいを見せ、その大部分が老人とはいえ、料亭の近所でも人の姿が散見された。
この地方の風習なのか、涼音さんは店の玄関とコの字型の廊下の角に爪楊枝を足に見立てた茄子を飾った。
お盆には、先祖の霊が、馬に見立てたこの茄子の背に乗って、あの世から帰ってくるというのである。
その日の夜は異様に蒸し暑く、寝苦しかったため、遅くに床についた私は、ほどなくして目を覚ましてしまった。
ぺた、ぺた、ぺた。
外の廊下を歩く、妙に湿った足音ー。
それが、浅い眠りから私を現実に引き戻したのである。
こんな時間に、誰?
目覚まし時計代わりの枕もとのスマホに目をやると、時刻は夜中の2時。
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けれど、それにしてもあの音…。
なんだかひどく気持ちが悪い。
まるで、スキューバダイビングの時に履く大きな足ひれをつけて歩いているような、そんな気味の悪さなのだ。
それにー。
もう一つの疑問は、更に私を震え上がらせた。
この部屋は、コの字型の廊下の二本目の縦線から、そこに直角に交わる横線を少し曲がった所に位置している。
大浴場と宴会場は一本目の縦線沿いにあるから、私の部屋の前を通って行く先といえば、突き当りのあの部屋しかない。
あの部屋ー。
そう、涼音さんに「絶対に入るな」と釘を刺された、開かずの間である。
あの部屋には、家主の涼音さんですら、中に入ったことがないと言っていた。
なのに…。
ー誰かが、その、開かずの間に行こうとしてる?
その認識に、私は完全に目覚め、ガバッと布団の上に上体を起こした。
パジャマのまま寝床から這い出て、廊下との境目の襖に手をかける。
ぺた、ぺた、ぺた…。
足音は、少しずつ遠ざかっていくようだ。
にわかに動悸が激しくなり、心臓が今にも口から飛び出しそうになる。
見ちゃいけない。
頭の隅でもう一人の私がささやいた。
あなたには関係ないんだから。
さあ、早くお布団の中へ戻りなさい。
あなたはただ、何も知らずに寝てればいいんだからー。
けど。
恐怖より、好奇心のほうが強かった。
好奇心は猫をも殺す、だなんて、昔の人はよく言ったものだ。
音を立てないよう、そっと襖を引いた。
少しずつ広がる隙間から、暗い部屋の中にミルク色の月光が這い込んできた。
なに? この匂い…。
変に生臭い匂いが鼻を衝き、私は思わず顔をしかめた。
思い切って、廊下に首を突き出した。
開かずの間のほうに目をやると、月光に照らされた”それ”が、いきなり視界に飛び込んできた。
げっ。
喉が鳴り、私はあわてて両手で口を押さえた。
廊下の突き当りー。
開かずの間の扉に手をかけようとしているものは、明らかに人とは異なる姿をしていたからである。
ー後編に続くー
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