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第223話 形見

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「それどうしたの?」
 和也の首元に巻かれたマフラーを見て、私は言った。
 生地は何なのだろう。
 色はつやのある黒で、光沢を放っている。
「ああ、これ」
 少し気まずそうな表情をして、和也が答えた。
「妻の形見なんだ。ほら、話しただろ? 僕はバツ一で、去年、癌で妻を亡くしたって」
 私たちはレストランの予約席についたところだった。
 大事な話がある、と和也に呼び出されたのである。
「うん」
 私はうなずいた。
 和也に離婚歴があることは聞いている。
 なんでも前の奥さんは乳がんで、発見された時はすでにステージ4にまで進行しており、入院後半年で亡くなったのだという。
「このマフラーは、妻が死んだ後、病室から見つかったんだ。彼女、手芸が趣味だったから、闘病中、ずっと編んでたらしい」
 脳裏に、薬の副作用で髪が抜け落ちてやせ衰えた女性がベッドに半身を起こし、編み物をするシーンが浮かんだ。
 夫の誕生日プレゼントのつもりだったのだろうか。
 それとも、自分が生きた証を最後にこの世に残していきたかったのか。
 胸の詰まる話だった。
「素敵なマフラーだと思うよ。でも、お店の中では外したらどうかな」
 気を取り直して、私は言った。
 会社の同僚でもある和也と交際し始めてから今日で半年。
 交際は順調で、私を呼び出した目的にもうすうす見当がつく。
「そ、そうだね。けど、それが」
 首に両手をやった和也が、泣き笑いのような表情を顔に浮かべた。
「さっきからやってるんだけど、取れないんだよ。いや、それどころか…」
 な、なに?
 顔から血の気が引くのがわかった。
 ズリッ。
 ズリッ。
 和也の首で、マフラーが動いているのだ。
 まるで、蛇みたいに。
 しかも、和也の首を絞めようとするかのようにー。
「ウググググ…」
 喉首がくびれ、和也の顔が赤紫色に膨れ上がった。
 口から白い泡が噴き出し、鼻の穴から鮮血が溢れ出す。
 ずるずると首に絡みついていくマフラーを茫然と見守るうちに、ふと気づいた。
 あれは、髪の毛…。
 髪の毛で編んだものなのでは…?
「ぐわ」
 和也が白目を剥き、血を吐いた。
「た、たすけ、て…」
 和也の眼窩から落ちそうなくらい眼球がせり出したところで、私は立ち上がって叫んだ。
「だ、誰か,来て!」
 その拍子に、和也の身体がぐらりと傾いた。
 そのまま、棒切れのように床に昏倒する。
 と。
 コートのポケットから、何か小箱のようなものが転がり出た。
 開いた蓋の下から現れたのは、店の照明に燦然と輝く婚約指輪だった。
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