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第219話 水子(前編)

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 突然、それはやってきた。
 下腹部に錐を揉みこまれるような激痛だった。
 それこそ、叫び出したいほど。
 あたしは下腹を押さえてうずくまった。
 全身から冷たい汗がどっと噴き出した。
 何かがおかしい。
 ここのところずっと体調が悪かったけど、いくらなんでもこれは限界だ。
 もしや、と思う。
 このおなかの張り具合。
 そしてここ1か月止まったままの生理。
 いつ?
 考えたくない。
 だいたい、考えたってわからない。
 誰と何回したかなんて、いちいち数えていなかったからだ。
 まわりにたむろしている”仲間”たちがこちらを見ている。
 あたしが新入りで、まだ顔見知りが少ないせいか、声をかけてくる子もいない。
 通行人もあたしのことなんかガン無視で、素知らぬ顔をして足早に通り過ぎていくだけ。
 どうせまた家出少女のひとりがオーバードーズで発作を起こしたとでも思っているのだろう。
 このドン横界隈では、腹を押さえて苦しむ少女の姿なんて、日常的な光景にすぎないからだ。
 必死で近くの公園までたどり着いた。
 よろめきながら女子トイレの個室に転がり込む。
 古いトイレだから、当然のように和式だった。
 最悪だ。
 こっちは死ぬほど苦しいのに。
 仕方なく、制服のスカートをたくし上げ、下着を膝まで下げて、便器の上にしゃがみ込んだ。
 突き出たおなかが腿に当たって圧迫された、その瞬間だった。
 内臓が破裂するようなすさまじい痛みが下腹で炸裂し、あたしは思わず叫んでいた。
 同時に、身体の体の中から何かが押し出されるような、なんとも形容しがたい感覚に襲われた。
 それは、排便とは明らかに異なる、強烈な痛みを伴った、生まれて初めて感じるものだった。
 冷や汗が目に入り、染みてくる。
 歯を食いしばっても、唸り声が漏れ出るのがわかった。
 やっぱり。
 その思いが、強い。
 あたし、妊娠、してたんだ。
 そういうこともあると、どこかで聞くか読んだ気がする。
 人によっては子を孕んでも体形がほとんど変わらず、臨月になるまで妊娠に気づかないことがあると。
 あたしがそうだったんだ。 
 生きるために始めたパパ活。
 ここ1年で何度だまされ、中出しされたことか。
 父親が誰かなんて、わかりっこない。
 それにあたしはまだ16歳。
 まともに学校へ行っていれば、まだ高校2年生の歳なのだ。
 子供なんて、絶対ほしくない。
 出しちゃおう。
 出して、捨ててくしかない。
 がー。
 いくらいきんでも、異物はかなり大きく、なかなか出てこなかった。
 正直、泣きたかった。
 でも、途中でやめるわけにはいかない。
 そんなことをしたら、あたしまで死んでしまう。
 その恐怖で、幾度か叫び出しそうになった。
 性器から少しずつ異物が顔を出すにつれ、ドバドバと便器に鮮血が滴り落ちた。
 下を見るのがこわかった。
 今頃便器の中は血の海と化しているに違いないからだ。
 そうして激痛と何時間格闘したことだろう。
 もう、ダメ…。
 気を失う寸前、それは起こった。
 下腹が激烈な内圧で膨張し、性器が引き裂けるかと思った刹那ー。
 凄まじい破裂音とともに、大量の血に混じって、何やら大きな塊が便器の底に吐き出されたのだ。
 やった…。
 どっと襲い来る安堵感。
 半ば反射的に腰を浮かせたあたしは、見るともなく便器の中に目をやった。
 そして、文字通り、凍りついた。
 便器の底に溜まった赤黒い経血の海に、奇怪なものが浮かんでいる。
 こ、これが、あたしの…?

 -後編に続くー

 
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