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第216話 防人(前編)

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「確かこの辺だったはずなんだけどんあ」
 母さんにもらった地図と周囲の風景を見比べると、進行方向左手に妙なものが見えた。
 駐車場の向こうに5階建ての古いマンションが建っていて、各戸のベランダ部分が見えているのだが、その1階右端の部屋が変なのだ。
 窓一面に貼られた習字紙。
 紙には下手糞な字で「悪霊退散」だの「殺戮」だの「殲滅」だの、不気味な言葉が殴り書きされている。
 ベランダの左半分はブルーシートで覆われ、奥のサッシ窓の中は暗くてよく見えない。
 そして最も目を引くのはベランダ中央から空に向けて突き出したビニール傘である。
 ビニール傘にはなぜかアルミ箔がびっしりと貼りつけられ、骨の先から電気コードみたいなものが垂れていた。
「まさかあそこじゃ…」
 念のため、表側に回ってマンションの名を確かめると、やはりそうだった。
 母の弟、つまり僕の叔父である尾久勇作のすまいである。
「弟と連絡がつかないのよ。もう何年も、ずっと。ちょっとあんた、そんなに暇なら様子を見てきてくれない?」
 母にそう頼まれたのは今朝のこと。
 大学が春休みに入り、部屋でゴロゴロしている俺を見るに見かねてか、母が言ったのだ。
 母の話によると叔父はかつて神童と呼ばれ、親戚一同の期待の星だったのだという。
 ところがー。
 名門高校、一流大学を出て、IT関連の大手企業へ就職し、順風満帆の人生を送っているはずだったその叔父が、突然仕事を辞め、引きこもりになったのが、3年ほど前のこと。
 以来、音信不通が続いているというのである。
「どうせ暇だから、いいけど」
 臨時の小遣いをくれると言うので、二つ返事で家を出てきたのはいいものの、まさかこんな有様だとは…。
「すみませーん」
 インターホンもないので、ドアをノックしながら呼んでみた。
 反応なし。
 次呼んで無反応だったら帰ることにしよう。
 母さんには「いなかった」と報告すればいい…。
 と、ガチャリ。
 ドアが薄く開いた。
 隙間から顔を出したのは、異様な人物である。
 熊みたいに顔中ひげだらけの男が、頭にヘルメットをかぶっている。
 しかも、そのヘルメットには、ベランダに出ていた傘と同じように、びっしりとアルミ箔が貼ってあるのだ。
「誰だ?」
「尾久勇作さん、ですよね。か、母さんから、頼まれまして…」
 しどろもどろになりながら名乗って手土産を差し出すと、男は警戒するように通路の左右に目を走らせ、
「ちょうどいい。入れ」
 いきなり俺の右手をつかみ、中へ引きずり込んだ。

 ー中編に続くー
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