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第211話 落とし物③
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今思い返すと、その日は最初から呪われていた。
不穏なフラグが立ちっ放しだったのだ。
アユミとの約束は、JRの駅のコンコースにある金時計の下に正午ぴったり。
ところが、まず電車が遅れた。
人身事故のせいである。
環境が変わる春先はこの手の事故が多い。
気持ちがわかるが、電車に飛び込むのだけはやめてほしいと思う。
更に、駅についてからが大変だった。
休日の午後ということもあり、大混雑。
駅ビルと合体している百貨店のセールとぶつかったのが、痛かった。
エキセントリックなところがあるアユミは、いろいろ細かく、時間にうるさい。
1分でも遅れようものなら、一気に機嫌が悪くなる。
経験上、身に染みてそれを知っている俺としては、死に物狂いで急ぐしかない。
で、人ごみの中を汗だくで疾走していたら、右腕に衝撃があり、
「あ」
という声がした。
見ると、俺とぶつかったらしく、ベージュのコート姿の女性が地面にかがみこんでしまっている。
「す、すみません、大丈夫ですか?」
「え、ええ…」
何か落としたらしく、女性は両手で地面を撫でるように探している。
明らかに目が見えないときにするしぐさだ。
「コンタクトですか?」
声をかけたその瞬間、女性が顔を上げた。
「う」
思わず声が出てしまった。
女性の顔には目がなく、真っ赤な空洞がふたつ。
ま、マジか?
落としたのって、もしかして眼球?
「どどどど…」
どうしたんですか? と訊こうとした瞬間、
ぶちゅ。
足元で何かがつぶれる嫌な感触。
え?
踵を上げ、こわごわ視線を送ると、やっぱり…。
潰れた目玉が靴の裏に貼りついていた。
しまった…。
たたらを踏んだ刹那、
くちゅ。
う、まただ。
今度は左足の裏。
もう、見るまでもなかった。
二つ目の眼球も、俺が踏み潰してしまったのだ。
「あなた、今、潰しちゃいましたよね?」
顔にぽっかり空いたふたつの穴からだらだら血を流しながら、女が言った。
うらめしそうに顔をゆがめ、詰め寄ってくる。
「す、すみません。わ、わざとじゃないんです。きゅ、救急車、呼びましょうか?」
必死で謝る俺はそこでまた「うぐ」と絶句する。
「その必要はありません。この通り、すぐ元に戻りますから」
そう言った女の顔の血まみれの穴からにゅうっと伸び出してのは、長い柄の先についた蛞蝓の目玉みたいなやつ。
「でも許せませんね。あなたのしたことは」
一歩、二歩と蛞蝓女が近づいてくる。
「ご、ごめんなさい!」
半泣き状態で下座を始めようとした、そのときだった。
「うざいんだよ、このお化け。うちの婚約者に何すんだ」
肩越しにすっと手が伸びたかと思うと、いきなり蛞蝓女の顔を鷲掴みにして握り潰しにかかった。
「あ、アユミ…」
振り仰ぐと、後ろにきつい目をした娘が仁王立ちになっていた。
俺の交際相手。
何事にもスーパーな女、鮎歩実である。
頭部を握り潰されてぐにゃぐにゃとくず折れる蛞蝓女から俺に視線を移すと、ため息混じりにアユミが言った。
「だから気を付けなっていつも言ってるでしょ? この社会に生きてるのは人間だけじゃないんだって。中にはこういうヒトモドキも、けっこうな割合で混じってるんだから」
不穏なフラグが立ちっ放しだったのだ。
アユミとの約束は、JRの駅のコンコースにある金時計の下に正午ぴったり。
ところが、まず電車が遅れた。
人身事故のせいである。
環境が変わる春先はこの手の事故が多い。
気持ちがわかるが、電車に飛び込むのだけはやめてほしいと思う。
更に、駅についてからが大変だった。
休日の午後ということもあり、大混雑。
駅ビルと合体している百貨店のセールとぶつかったのが、痛かった。
エキセントリックなところがあるアユミは、いろいろ細かく、時間にうるさい。
1分でも遅れようものなら、一気に機嫌が悪くなる。
経験上、身に染みてそれを知っている俺としては、死に物狂いで急ぐしかない。
で、人ごみの中を汗だくで疾走していたら、右腕に衝撃があり、
「あ」
という声がした。
見ると、俺とぶつかったらしく、ベージュのコート姿の女性が地面にかがみこんでしまっている。
「す、すみません、大丈夫ですか?」
「え、ええ…」
何か落としたらしく、女性は両手で地面を撫でるように探している。
明らかに目が見えないときにするしぐさだ。
「コンタクトですか?」
声をかけたその瞬間、女性が顔を上げた。
「う」
思わず声が出てしまった。
女性の顔には目がなく、真っ赤な空洞がふたつ。
ま、マジか?
落としたのって、もしかして眼球?
「どどどど…」
どうしたんですか? と訊こうとした瞬間、
ぶちゅ。
足元で何かがつぶれる嫌な感触。
え?
踵を上げ、こわごわ視線を送ると、やっぱり…。
潰れた目玉が靴の裏に貼りついていた。
しまった…。
たたらを踏んだ刹那、
くちゅ。
う、まただ。
今度は左足の裏。
もう、見るまでもなかった。
二つ目の眼球も、俺が踏み潰してしまったのだ。
「あなた、今、潰しちゃいましたよね?」
顔にぽっかり空いたふたつの穴からだらだら血を流しながら、女が言った。
うらめしそうに顔をゆがめ、詰め寄ってくる。
「す、すみません。わ、わざとじゃないんです。きゅ、救急車、呼びましょうか?」
必死で謝る俺はそこでまた「うぐ」と絶句する。
「その必要はありません。この通り、すぐ元に戻りますから」
そう言った女の顔の血まみれの穴からにゅうっと伸び出してのは、長い柄の先についた蛞蝓の目玉みたいなやつ。
「でも許せませんね。あなたのしたことは」
一歩、二歩と蛞蝓女が近づいてくる。
「ご、ごめんなさい!」
半泣き状態で下座を始めようとした、そのときだった。
「うざいんだよ、このお化け。うちの婚約者に何すんだ」
肩越しにすっと手が伸びたかと思うと、いきなり蛞蝓女の顔を鷲掴みにして握り潰しにかかった。
「あ、アユミ…」
振り仰ぐと、後ろにきつい目をした娘が仁王立ちになっていた。
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頭部を握り潰されてぐにゃぐにゃとくず折れる蛞蝓女から俺に視線を移すと、ため息混じりにアユミが言った。
「だから気を付けなっていつも言ってるでしょ? この社会に生きてるのは人間だけじゃないんだって。中にはこういうヒトモドキも、けっこうな割合で混じってるんだから」
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