上 下
218 / 434

第211話 落とし物③

しおりを挟む
 今思い返すと、その日は最初から呪われていた。
 不穏なフラグが立ちっ放しだったのだ。
 アユミとの約束は、JRの駅のコンコースにある金時計の下に正午ぴったり。
 ところが、まず電車が遅れた。
 人身事故のせいである。
 環境が変わる春先はこの手の事故が多い。
 気持ちがわかるが、電車に飛び込むのだけはやめてほしいと思う。
 更に、駅についてからが大変だった。
 休日の午後ということもあり、大混雑。 
 駅ビルと合体している百貨店のセールとぶつかったのが、痛かった。
 エキセントリックなところがあるアユミは、いろいろ細かく、時間にうるさい。
 1分でも遅れようものなら、一気に機嫌が悪くなる。
 経験上、身に染みてそれを知っている俺としては、死に物狂いで急ぐしかない。
 で、人ごみの中を汗だくで疾走していたら、右腕に衝撃があり、
「あ」
 という声がした。
 見ると、俺とぶつかったらしく、ベージュのコート姿の女性が地面にかがみこんでしまっている。
「す、すみません、大丈夫ですか?」
「え、ええ…」
 何か落としたらしく、女性は両手で地面を撫でるように探している。
 明らかに目が見えないときにするしぐさだ。
「コンタクトですか?」
 声をかけたその瞬間、女性が顔を上げた。
「う」
 思わず声が出てしまった。
 女性の顔には目がなく、真っ赤な空洞がふたつ。
 ま、マジか?
 落としたのって、もしかして眼球?
「どどどど…」
 どうしたんですか? と訊こうとした瞬間、
 ぶちゅ。
 足元で何かがつぶれる嫌な感触。
 え?
 踵を上げ、こわごわ視線を送ると、やっぱり…。
 潰れた目玉が靴の裏に貼りついていた。
 しまった…。
 たたらを踏んだ刹那、
 くちゅ。
 う、まただ。
 今度は左足の裏。
 もう、見るまでもなかった。
 二つ目の眼球も、俺が踏み潰してしまったのだ。
「あなた、今、潰しちゃいましたよね?」
 顔にぽっかり空いたふたつの穴からだらだら血を流しながら、女が言った。
 うらめしそうに顔をゆがめ、詰め寄ってくる。
「す、すみません。わ、わざとじゃないんです。きゅ、救急車、呼びましょうか?」
 必死で謝る俺はそこでまた「うぐ」と絶句する。
「その必要はありません。この通り、すぐ元に戻りますから」
 そう言った女の顔の血まみれの穴からにゅうっと伸び出してのは、長い柄の先についた蛞蝓の目玉みたいなやつ。
「でも許せませんね。あなたのしたことは」
 一歩、二歩と蛞蝓女が近づいてくる。
「ご、ごめんなさい!」
 半泣き状態で下座を始めようとした、そのときだった。
「うざいんだよ、このお化け。うちの婚約者に何すんだ」
 肩越しにすっと手が伸びたかと思うと、いきなり蛞蝓女の顔を鷲掴みにして握り潰しにかかった。
「あ、アユミ…」
 振り仰ぐと、後ろにきつい目をした娘が仁王立ちになっていた。
 俺の交際相手。
 何事にもスーパーな女、鮎歩実である。
 頭部を握り潰されてぐにゃぐにゃとくず折れる蛞蝓女から俺に視線を移すと、ため息混じりにアユミが言った。
「だから気を付けなっていつも言ってるでしょ? この社会に生きてるのは人間だけじゃないんだって。中にはこういうヒトモドキも、けっこうな割合で混じってるんだから」 
 
 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

意味がわかると怖い話ファイル01

永遠の2組
ホラー
意味怖を更新します。 意味怖の意味も考えて感想に書いてみてね。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...