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第188話 進化の過程
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「人間ってのはな、母親の子宮のなかで進化の過程をたどるんだ」
理科の授業で先生が言った。
「よく見てなさい」
指差したのはホワイトボードに映し出された子宮の断面図。
イラストだからリアルさには欠けるけど、カラーなのでそれなりに引き込まれる。
「最初は魚、ほら、この段階ではエラがあるのがわかるだろう? そして次に両生類、爬虫類へと進化していく」
なるほど。
植物の胚珠みたいな形の子宮の真ん中に浮かぶ胎児の形が、先生の言うようにみるみるうちに変わっていく。
タツノオトシゴみたいなのからサンショウウオ、そして目の大きなトカゲ、更には裸のネズミ…。
尻尾がなくなり、なんとか人間に見えるようになったのは、妊娠5か月を過ぎてからだ。
授業が終わると、クラスメイトの来栖重人が近寄ってきた。
シゲトは髪の毛が長くてふけだらけで、夏も冬もいつも同じ汚れたTシャツを着ている。
要はクラスの鼻つまみ者なのだが、公明正大をモットーにしている学級委員長の僕だけにはなついているのだ。
「ねえねえ、委員長、さっきの話、どう思う?」
鼻水をすすり上げながらシゲトが言った。
「ほら、理科でやってた進化がどうのこうのってやつ」
意外だった。
シゲトは勉強がまったくといっていいほどできない。
テストは零点ばかりだし、通知表も△だらけだから、あの授業内容を理解できたというのは奇跡に近い。
「さあ、どうかな」
僕は首をかしげた。
「実際に見てみたわけじゃないからわかんないけど、少しデフォルメされすぎって気はするな」
「デフォルメって?」
「誇張というか、単純化というか」
「よくわかんねーけど」
シゲトが意味ありげに目を光らせた。
「本当だったらすごいよな。ニンゲンの女の腹ん中に、魚だのトカゲだのが住んでるなんて」
「そういうんじゃないと思うが」
「おいら、この目で確かめてみるよ」
「は?」
「結果は明日、教えてやる」
なんのことだ?
シゲトの謎めいた言葉の意味がわかったのは、翌朝の始業前だった。
シゲトはTシャツに赤茶色の染みをいっぱいつけ、右手に血の滴るコンビニの袋を提げていた。
「あれ、ホントだったぜ」
机の上に赤い液体と一緒に流れ出てきたのは、手足の生えた魚のような生き物だった。
おなかから白い紐みたいなものが出ていて、まだ生きているのか、ヒクヒク動いている。
集まってきたクラスメイト達の間から、次々に悲鳴が上がった。
「これ、どうしたんだ?」
恐怖で逃げ出したくなるのを懸命にこらえながら訊いてみると、得意満面の表情でシゲトが答えた。
「おいらの姉ちゃん、高校生のくせに妊娠しやがってさ、誰のガキかも言わねえし、それで家族でもめてたんだけど、いい機会だから、理科の宿題だって言って腹かっさばいて中身、引きずり出してやったんだ」
「お、おまえ…」
狂ってる…。
そう口にしようとした、その時だった。
女の子たちの悲鳴に続いて扉の開く音。
そしてー。
振り向くと、教室の戸口に血だらけの服を着た背の高い女が立っていた。
「姉貴…」
絶句するシゲト。
女の手に握られた包丁の刃が、きらりと光りー。
「返してよ! あたしの赤ちゃん!」
僕の目の前で、新たな血潮が飛び散った。
理科の授業で先生が言った。
「よく見てなさい」
指差したのはホワイトボードに映し出された子宮の断面図。
イラストだからリアルさには欠けるけど、カラーなのでそれなりに引き込まれる。
「最初は魚、ほら、この段階ではエラがあるのがわかるだろう? そして次に両生類、爬虫類へと進化していく」
なるほど。
植物の胚珠みたいな形の子宮の真ん中に浮かぶ胎児の形が、先生の言うようにみるみるうちに変わっていく。
タツノオトシゴみたいなのからサンショウウオ、そして目の大きなトカゲ、更には裸のネズミ…。
尻尾がなくなり、なんとか人間に見えるようになったのは、妊娠5か月を過ぎてからだ。
授業が終わると、クラスメイトの来栖重人が近寄ってきた。
シゲトは髪の毛が長くてふけだらけで、夏も冬もいつも同じ汚れたTシャツを着ている。
要はクラスの鼻つまみ者なのだが、公明正大をモットーにしている学級委員長の僕だけにはなついているのだ。
「ねえねえ、委員長、さっきの話、どう思う?」
鼻水をすすり上げながらシゲトが言った。
「ほら、理科でやってた進化がどうのこうのってやつ」
意外だった。
シゲトは勉強がまったくといっていいほどできない。
テストは零点ばかりだし、通知表も△だらけだから、あの授業内容を理解できたというのは奇跡に近い。
「さあ、どうかな」
僕は首をかしげた。
「実際に見てみたわけじゃないからわかんないけど、少しデフォルメされすぎって気はするな」
「デフォルメって?」
「誇張というか、単純化というか」
「よくわかんねーけど」
シゲトが意味ありげに目を光らせた。
「本当だったらすごいよな。ニンゲンの女の腹ん中に、魚だのトカゲだのが住んでるなんて」
「そういうんじゃないと思うが」
「おいら、この目で確かめてみるよ」
「は?」
「結果は明日、教えてやる」
なんのことだ?
シゲトの謎めいた言葉の意味がわかったのは、翌朝の始業前だった。
シゲトはTシャツに赤茶色の染みをいっぱいつけ、右手に血の滴るコンビニの袋を提げていた。
「あれ、ホントだったぜ」
机の上に赤い液体と一緒に流れ出てきたのは、手足の生えた魚のような生き物だった。
おなかから白い紐みたいなものが出ていて、まだ生きているのか、ヒクヒク動いている。
集まってきたクラスメイト達の間から、次々に悲鳴が上がった。
「これ、どうしたんだ?」
恐怖で逃げ出したくなるのを懸命にこらえながら訊いてみると、得意満面の表情でシゲトが答えた。
「おいらの姉ちゃん、高校生のくせに妊娠しやがってさ、誰のガキかも言わねえし、それで家族でもめてたんだけど、いい機会だから、理科の宿題だって言って腹かっさばいて中身、引きずり出してやったんだ」
「お、おまえ…」
狂ってる…。
そう口にしようとした、その時だった。
女の子たちの悲鳴に続いて扉の開く音。
そしてー。
振り向くと、教室の戸口に血だらけの服を着た背の高い女が立っていた。
「姉貴…」
絶句するシゲト。
女の手に握られた包丁の刃が、きらりと光りー。
「返してよ! あたしの赤ちゃん!」
僕の目の前で、新たな血潮が飛び散った。
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