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第163話 頂き女子(前編)

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 私がマリエと出会ったのは、暮れも押し迫る年の瀬の繁華街だった。
 その時のマリエはホームレスの一歩手前といったありさまで、歩道に新聞紙を敷き、両膝を抱えて蹲っていた。
 足元には、
 ーきのうからなにもたべてません。たすけてくださいー
 と殴り書きされた段ボール紙の切れ端が置いてあるだけで、縮こまった身体の横にはリュックがひとつ。
 汚れてはいるものの、セーラー服を着ていることから高校生くらいだろうと思われた。
 が、そんな彼女を目にしても、立ち止まろうとする者はいない。
 年末の夜で忙しいせいもあるだろうが、通行人たちはみな足早に通り過ぎていくばかり。
 私も一度は前を通り過ぎたのだが、逡巡の末、結局戻ってきてしまった。
 私の場合、家に帰っても、待ってくれている家族は誰もいない。
 定年間近にして独身だし、両親もすでに他界してこの世にいなかった。
 今年もいつものように、絶望的に孤独な年越しか。
 そう実感して、うそ寒い気分に陥りかけていたところだったのだ。
「あ、あの、よかったら、な、何か食べに行こうか」
 子供とはいえ、仕事以外で女性に自分から話しかけるなんて、何十年ぶりだろう。
 そんな自分を恥じながら反応を待っていると、少女が蝋人形のように白い顔を上げて猫みたいな眼で私を見た。
「ほんと?」
 意外にあどけない表情に、私はその瞬間、心の奥底で眠っていた柔らかい部分をぎゅっとつかまれるのを感じないではいられなかった。

 少女はマリエとだけ、名乗った。
 両親が離婚し、どちらにも引き取ってもらえず、一か月前に都会に出てきたのだという。
 以来ずっとネットカフェを泊まり歩いていたが、昨日ついにお金がなくなり、仕方なく今朝から乞食まがいの手段に出ることにした…。
 そんな悲惨な身の上話を、すごい勢いでハンバーグ定食を平らげながら、生来の舌ったらずの妙なしゃべり方でとつとつと語ってくれたものだった。
 18歳という割には体つきも顔つきも幼く、中学生のように見えた。
 食事の後、泊まるところはどうすると訊くと、ネットカフェに戻りたいと言うので、いくらかまとまったお金を持たせてやった。本当は家に呼んで泊めてやりたかったのだが、それを言い出す勇気が出なかったし、何より身体目当てと思われるのがいやだった。それに、マリエは見るからに未成年だったから、法に触れる可能性もある。
「困ったらいつでも連絡してよ」
 連絡先を交換しながら私は言ったものだ。
「僕にできることならなんでもするから」
 今どきの子らしく、マリエはスマートフォンだけは一人前に持っていたからである。
「うんっ」
 満腹して上機嫌な顔になった少女は元気よくうなずいた。
「おじさん、好きだよ。明日も会えるといいな」
 
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