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第145話 見えない強姦魔(前編)

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「律子もさあ、もう少し身だしなみに気を遣ったらどうなの?」
 事務机から顔を上げた旧友を一目見るなり、あたしは呆れ声で言った。
 ここは不可能犯罪研究室、略して”不可研”の一室。
 目の前にいるぼさぼさ頭の化粧っ気のない女性は、大学時代の同期、本庄律子である。
「うちは無駄なことはしない主義なの。第一、最初に『その顔では、何をしたって無駄』って言ったのは、恋、あんたでしょ」
 そばかすだらけの顔をしかめて、律子がだるそうな口調で言い返す。
「そんなこと言ったっけ?」
「言った。大学1年の春、新歓コンパの時」
「記憶にない」
「政治家かよ」
「えへへへへ」
 あたしの名は赤城恋。
 よくモデルに間違えられるが、こう見えても県警一課の刑事である。
 まったくタイプが違うことが功を奏してか、律子とはなんでも話せる仲だ。
 仕事のできるイイ女の常として敵の多いあたしにとり、この冴えない女だけが親友と呼べる存在なのだ。
「そんなことより、何か調べてほしいことがあるんじゃないの?」
 キーボードを打つ手を止めて、律子が椅子を回し、こちらに向き直る。
 よれよれの白衣の下からは、いつもの着古したTシャツがのぞいている。
「例によって、まあ、そうなんだけどね」
 うなずくと、間髪を入れず、律子が言った。
「当ててやろうか。あれでしょ。最近世間を騒がせてる、”見えない強姦魔事件”」
「さすが」
 あたしはペロッと舌を出した。
「ちょっと、見てほしいものがあるんだ」
 来客用のソファに移り、テーブルの上に持参した写真を並べにかかる。
 ホテルの浴室、地下鉄の多機能トイレ、トレーニングジムの更衣室、デパートの試着室。
 エリアも広く、場所もバラバラだ。
 どれも、”見えない強姦魔”の犯行現場の写真である。
 事件はここ1か月で立て続けに起こっていた。
 襲われたのは10代後半から30代前半の女性5人。
 全員、密室の中で何者かに強姦されているのだが、犯人を目撃していないのだ。
 それどころか、どの事件も、現場に不審者が出入りした痕跡がないのである。
 どの現場にも出入口近くには防犯カメラが設置されていたのだが、犯行時刻の前後、被害者以外の姿は猫の子一匹映っていなかったというわけだ。
「先週のデパートの試着室事件、これだけ未遂で終わってるんだけど、その時なんか、被害者の悲鳴を聞きつけて、店員がすぐにカーテンを開けて中を見てるの。でも、被害者の女子大生以外、誰もいなかったんだって。これいったい、どういうことだと思う? 犯人はマジシャンってか?」
 わけがわからない、というのが、あたしたち捜査員の偽らざる感想だった。
 密室なんて、推理小説ならまだしも、現実に起こりうるなんて。
「そうだねえ。ま、可能性は無限にあるわな」
 律子はおっさんみたいな口調でつぶやくと、ぼさぼさの髪の毛をかき上げてあたしを見た。
「たとえばさ、写真見て気づかない? この現場、ばらばらに見えて、その実、ひとつだけ大きな共通点あるよね」
「共通点?」
 あたしはテーブルの上に身を乗り出した。
 手垢にまみれるほど繰り返して見た写真である。
 はあ?
 そんなの、あったっけ?
 
 

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