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第10部 姦禁のリリス
#5 由羅の事情
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蘇生に失敗した人体が捨てられる廃棄場に、由羅は捨てられていたのだという。
その時の由羅は、手足の欠けた達磨みたいな状態で、頭も半分潰されていたらしい。
そんな瀕死の由羅の残骸を北海道のラボに運んで奇跡的に蘇生させたのが、富樫という名の博士だった。
蘇生には、雌外来種一匹分の血液と骨髄液を使った。
そう、博士は言った。
だから、ひとつ間違えば、おまえは怪物になりかねないのだ、と。
が、由羅にとっては、どうでもいいことだった。
所詮、パトスもタナトスも、元を正せば外来種のミトコンドリアを死んだばかりの人間の死体に注入してつくりあげた、フランケンシュタインの怪物みたいなものなのだ。
今更化け物の成分が増えたところで、痛くもかゆくもない。
重要なのは、由羅自身が生き延びたというそのことだけだった。
しかも、零と同じ、雌外来種の力を借りて…。
これであいつと対等に戦える。
サンドバックを殴りつけながら、由羅は思う。
今度会ったら、絶対に殺してやる。
あの時の痛み、屈辱を味わわせてやる。
博士はまだ無理だと言ったが、そんなはずはない。
体にみなぎるこの力を見ろ。
負ける気がしない。
あいつを殺して、杏里を取り戻す。
全身の力をこめた渾身の一撃が、革のサンドバックを粉砕した。
「うち、行くからな」
御門塔子と名乗る女が投げてよこしたタオルで首筋を拭いて、由羅は言った。
「しょうがないやつだな」
塔子と一緒に由羅のスパークリングを見ていた老人が、かすかに肩をすくめた。
「パワーが倍加したのはいいが、その分気も短くなっているようだ。それが、外来種化の前兆でなければいいが」
「化け物になっちまったら、その時はその時だよ。戦車でも持ってきて、殺すんだな」
ふたりが見ている前だというのに、由羅は汗ばんだタンクトップとボクサーパンツを脱ぎ出した。
恥ずかしげもなく全裸になると、小さなタオルで身体の隅々を拭く。
均整の取れた肢体は、うっすらと筋肉に覆われ、野生の獣の美しさをたたえている。
「あてはあるのか」
その由羅の肉体美に目を細めながら、老人が訊く。
「闇雲に歩き回っても、笹原杏里は見つからないぞ。むしろ、最近はあちこちに変異外来種が出没して、きわめて危険な状況だ。同類のおまえは、まっさきに狙われるおそれがある」
「変異外来種? なんだ、それは」
体を拭き終え、衣服を身につけながら、由羅は訊き返した。
「DNAが暴走して、ヒトとしての原型を留められなくなったいわば妖怪みたいなものだ。知性より、殺戮本能だけで生きている厄介な連中だよ」
「ちっ、そんなものまで現れたのか」
「世界のあちこちで、歯車が狂い出している。その前兆だろうな」
そんなものは、怖くもなんともない。
あてならあるし。
由羅は黒い革のベストに、おそろいのマイクロミニというスタイルだ。
脚には膝まである黒いブーツを履いている。
「夜には帰る。飯の準備を頼む」
言い置いて、工場を出た。
それにしても、ここはどこなのだろう。
さびれた工場群を見回して、思う。
まあ、駅まで行けば、わかるからいいが。
そして、100メートル6秒台の俊足で、走り出した。
その時の由羅は、手足の欠けた達磨みたいな状態で、頭も半分潰されていたらしい。
そんな瀕死の由羅の残骸を北海道のラボに運んで奇跡的に蘇生させたのが、富樫という名の博士だった。
蘇生には、雌外来種一匹分の血液と骨髄液を使った。
そう、博士は言った。
だから、ひとつ間違えば、おまえは怪物になりかねないのだ、と。
が、由羅にとっては、どうでもいいことだった。
所詮、パトスもタナトスも、元を正せば外来種のミトコンドリアを死んだばかりの人間の死体に注入してつくりあげた、フランケンシュタインの怪物みたいなものなのだ。
今更化け物の成分が増えたところで、痛くもかゆくもない。
重要なのは、由羅自身が生き延びたというそのことだけだった。
しかも、零と同じ、雌外来種の力を借りて…。
これであいつと対等に戦える。
サンドバックを殴りつけながら、由羅は思う。
今度会ったら、絶対に殺してやる。
あの時の痛み、屈辱を味わわせてやる。
博士はまだ無理だと言ったが、そんなはずはない。
体にみなぎるこの力を見ろ。
負ける気がしない。
あいつを殺して、杏里を取り戻す。
全身の力をこめた渾身の一撃が、革のサンドバックを粉砕した。
「うち、行くからな」
御門塔子と名乗る女が投げてよこしたタオルで首筋を拭いて、由羅は言った。
「しょうがないやつだな」
塔子と一緒に由羅のスパークリングを見ていた老人が、かすかに肩をすくめた。
「パワーが倍加したのはいいが、その分気も短くなっているようだ。それが、外来種化の前兆でなければいいが」
「化け物になっちまったら、その時はその時だよ。戦車でも持ってきて、殺すんだな」
ふたりが見ている前だというのに、由羅は汗ばんだタンクトップとボクサーパンツを脱ぎ出した。
恥ずかしげもなく全裸になると、小さなタオルで身体の隅々を拭く。
均整の取れた肢体は、うっすらと筋肉に覆われ、野生の獣の美しさをたたえている。
「あてはあるのか」
その由羅の肉体美に目を細めながら、老人が訊く。
「闇雲に歩き回っても、笹原杏里は見つからないぞ。むしろ、最近はあちこちに変異外来種が出没して、きわめて危険な状況だ。同類のおまえは、まっさきに狙われるおそれがある」
「変異外来種? なんだ、それは」
体を拭き終え、衣服を身につけながら、由羅は訊き返した。
「DNAが暴走して、ヒトとしての原型を留められなくなったいわば妖怪みたいなものだ。知性より、殺戮本能だけで生きている厄介な連中だよ」
「ちっ、そんなものまで現れたのか」
「世界のあちこちで、歯車が狂い出している。その前兆だろうな」
そんなものは、怖くもなんともない。
あてならあるし。
由羅は黒い革のベストに、おそろいのマイクロミニというスタイルだ。
脚には膝まである黒いブーツを履いている。
「夜には帰る。飯の準備を頼む」
言い置いて、工場を出た。
それにしても、ここはどこなのだろう。
さびれた工場群を見回して、思う。
まあ、駅まで行けば、わかるからいいが。
そして、100メートル6秒台の俊足で、走り出した。
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