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第9部 倒錯のイグニス

#352 もうひとつのエピローグ①

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 紅蓮の炎が燃え盛るなか、巨大な黒い塊が蠢いていた。
 炎に包まれた肉塊には豚に酷似した顔があり、甲高い声で切れ切れに悲鳴をあげている。
 あれは…?
 息苦しさに意識を取り戻したルナは、煙の向こうに二重にぶれる瞳を凝らした。
 あれは確か、杏里の同級生…。
 レスリング部の紅白戦の時、出場していた選手のひとりだ…。
 すぐ近くで爆発が起こり、ガラガラと壁が崩れ落ちてきた。
 逃げようにも身体が動かない。
 いったいこの身に何が起こったのか、下半身に力が入らないのだ。
 記憶にあるのは、あの画家のアトリエで得体の知れぬ女に襲われ、深手を負ったこと。
 その傷を押してなんとかここ、曙中学にたどり着き、最後の力を振り絞って杏里を化け物の魔手から救ったこと…。
 でも、その後は…?
 その後の記憶が、完全に飛んでしまっている。
 もうだめなのか…。
 煙にかすむ天井を見上げて、心の中でそうつぶやいた時だった。
「立てるか?」
 煙の中から声がした。
 目だけ動かして声のほうを見ると、銀色の髪の少女がルナを見下ろしていた。
 三白眼のきつい眼をした、野生の猫を思わせる顔立ちの少女である。
 今まで泣いていたのか、目の周りが赤く腫れているのが、その剃刀のような雰囲気にそぐわない。
「ふみはもうだめみたいだ。仕方ない。おまえだけでも助けてやる」
「あんたは、誰?」
 いがらっぽい空気にむせながら、ルナはたずねた。
「誰でもいいだろ」
 無愛想に少女が言った。
「おまえがノコノコ現れるから、うちの役割がひとつ増えちまったんだよ。ほら、肩貸してやるから、黙って立つんだよ。ここでふみみたいに丸焼けになりたくなければな」


 それが、いつのことだったのか。
 次に目を覚ますと、そこは清潔なベッドの中だった。
 シーツをはねのけ、上体を起こす。
 左手に窓があり、薄いカーテンがかかっている。
 体を見回すと、いつのまにか、ほとんど透明に近いネグリジェに着替えさせられていた。
 ネグリジェの下はブラジャーとパンティだけだ。
 いったい、誰が…?
 あの猫みたいな少女だろうか。
 あの子がわたしをここに連れてきて、裸にして着替えを…?
 ひとりでに顔が熱くなる。
 あたりには、強い柔軟剤の香りが漂っている。
 ベッドから足を下ろし、スリッパを履く。
 右手に机、左手にクローゼットがあるだけの簡素な部屋である。
 立ち上がろうとした時、半分ほどドアが開いているのに気づいた。
 そのドアに背をもたせかけ、すらりとした肢体の女性が立っている。
「目が覚めたようね」
 サングラスを額に上げ、シャープな素顔を晒して、あの画家の女、ヤチカが言った。

 その頃。
 別の場所で、もうひとりの少女が永い眠りから醒めようとしていた。

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