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第9部 倒錯のイグニス
#239 嵐の予感⑯
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後ろ髪引かれる思いで校内に戻ると、杏里はまっすぐ教室に向かった。
学園祭は終盤にさしかかっているらしく、入る人より出てくる人のほうが多くなっている。
すれ違う誰もが振り向くのは、ブレザーを押しのけるようにして突き出した杏里の胸と股下ギリギリの短さのスカートのせいだろう。しかも杏里はアイドル並みの美少女ときているから、歩いているだけでも異様に目立つ。
絡みつく視線の集中砲火を振り切って、西棟の2階へ上がる。
教室の前まで来ると、杏里たちのクラスの模擬店は早々と撤収を決めたようで、後片付けの最中だった。
「あれ? 杏里、どうしたの?」
重そうな可燃ごみの袋を両手に提げて中から出てきたのは、長身の純である。
「えー、ちょっとね、忘れ物」
「なあんだ。手伝いにきてくれたんじゃないんだ。まあ、人手は足りてるから、いいんだけどね」
「だって私は、最初から頭数に入れてもらってなかったんだから」
ちょっぴりすねてみせると、
「だよね。仲間外れにしといて、後片づけだけ手伝わせるなんて、よくないよね。ごめん」
と、気のいい純は、済まなさそうな顔で杏里を見た。
「あ、でも、ゴミ捨てくらい手伝うよ。純に聞きたいこともあるし。ちょっと待っててくれる?」
「無理しなくていいよ」
純の声を背中に聞きながら教室に入ると、楽しげなざわめきがピタリとやんだ。
杏里のむき出しの太腿や膨らんだ胸に、粘るような視線が絡みつく。
無理もない、と思う。
一夜明けて明日になれば、杏里は獲物なのである。
600人分の性欲のターゲットにされるのだ。
それは自分のクラスとて、例外ではない。
この部屋も、明日には杏里を陥れるためのトラップと化すのだから…。
杏里の教科書一式は、他の生徒の荷物と一緒に、パーテーションで仕切られた一角に放り込まれていた。
それを一緒に置いてあった手提げ袋に詰め、肩に引っ掛けると、杏里は足早に教室を出た。
廊下では、純が待っていた。
「なんなの? 訊きたいことって?」
純から半ば無理やりゴミ袋を受け取ると、廊下を早足で歩きながら杏里は言った。
「凛子とふみはどうしたの? ずっと姿が見えないけど」
重人と校内を1周した時も、ふたりの姿はなかった気がする。
だいたい、あのふみが教室内に居れば、杏里とは別の意味で悪目立ちするのだから、たとえ厨房を手伝っていたとしても、まず見落とすはずがないのだった。
「ああ、あのふたり」
杏里に合わせて歩調を速めながら、純が答えた。
「凛子がね、ふみがいると営業妨害になるからって、開店と同時にどこかへ連れてっちゃったの」
それはそうだろう。
杏里は妙に納得した。
模擬店にふみが居座っているのを見るや否や、大半の客は入口でUターンしてしまうに違いないからだ。
「それだけじゃなくってね。明日のオープニングイベントにも、あのふたりは出ないんだって」
「オープニングイベント?」
杏里は足を止めて純を見上げた。
そうだった。
すっかり忘れていた。
明日の朝一番、あの即席シアターのステージで杏里の相手をするのは、レスリング部のメンバーなのだ。
「やだ、杏里が知らないはずないでしょ? 主役なんだからさ」
気のせいか、純の頬が赤くなっている。
浄化は済んでいるはずなのに、杏里を見つめるまなざしが潤んでいるのはどういうわけなのか。
「もちろん知ってるけど…凛子たちが出ないって、それは初耳」
「よくわかんないんだよね。あのふたり。クラスメイトで、部活も同じなのに。いったいどういう関係なんだか」
純が天を仰いでため息をついた。
その頃。
コンビニの2階では、百足丸が驚愕のあまり、椅子からずり落ちかけていた。
「なんだと? それ、マジで言ってんのか?」
顔が青ざめ、脂汗が額ににじんでいる。
信じられないといったふうに、目を見開いていた。
「よりによって、俺にこの化け物のチャクラを開けっていうのかよ?」
苦渋に満ちた声で、その百足丸がつぶやいた。
学園祭は終盤にさしかかっているらしく、入る人より出てくる人のほうが多くなっている。
すれ違う誰もが振り向くのは、ブレザーを押しのけるようにして突き出した杏里の胸と股下ギリギリの短さのスカートのせいだろう。しかも杏里はアイドル並みの美少女ときているから、歩いているだけでも異様に目立つ。
絡みつく視線の集中砲火を振り切って、西棟の2階へ上がる。
教室の前まで来ると、杏里たちのクラスの模擬店は早々と撤収を決めたようで、後片付けの最中だった。
「あれ? 杏里、どうしたの?」
重そうな可燃ごみの袋を両手に提げて中から出てきたのは、長身の純である。
「えー、ちょっとね、忘れ物」
「なあんだ。手伝いにきてくれたんじゃないんだ。まあ、人手は足りてるから、いいんだけどね」
「だって私は、最初から頭数に入れてもらってなかったんだから」
ちょっぴりすねてみせると、
「だよね。仲間外れにしといて、後片づけだけ手伝わせるなんて、よくないよね。ごめん」
と、気のいい純は、済まなさそうな顔で杏里を見た。
「あ、でも、ゴミ捨てくらい手伝うよ。純に聞きたいこともあるし。ちょっと待っててくれる?」
「無理しなくていいよ」
純の声を背中に聞きながら教室に入ると、楽しげなざわめきがピタリとやんだ。
杏里のむき出しの太腿や膨らんだ胸に、粘るような視線が絡みつく。
無理もない、と思う。
一夜明けて明日になれば、杏里は獲物なのである。
600人分の性欲のターゲットにされるのだ。
それは自分のクラスとて、例外ではない。
この部屋も、明日には杏里を陥れるためのトラップと化すのだから…。
杏里の教科書一式は、他の生徒の荷物と一緒に、パーテーションで仕切られた一角に放り込まれていた。
それを一緒に置いてあった手提げ袋に詰め、肩に引っ掛けると、杏里は足早に教室を出た。
廊下では、純が待っていた。
「なんなの? 訊きたいことって?」
純から半ば無理やりゴミ袋を受け取ると、廊下を早足で歩きながら杏里は言った。
「凛子とふみはどうしたの? ずっと姿が見えないけど」
重人と校内を1周した時も、ふたりの姿はなかった気がする。
だいたい、あのふみが教室内に居れば、杏里とは別の意味で悪目立ちするのだから、たとえ厨房を手伝っていたとしても、まず見落とすはずがないのだった。
「ああ、あのふたり」
杏里に合わせて歩調を速めながら、純が答えた。
「凛子がね、ふみがいると営業妨害になるからって、開店と同時にどこかへ連れてっちゃったの」
それはそうだろう。
杏里は妙に納得した。
模擬店にふみが居座っているのを見るや否や、大半の客は入口でUターンしてしまうに違いないからだ。
「それだけじゃなくってね。明日のオープニングイベントにも、あのふたりは出ないんだって」
「オープニングイベント?」
杏里は足を止めて純を見上げた。
そうだった。
すっかり忘れていた。
明日の朝一番、あの即席シアターのステージで杏里の相手をするのは、レスリング部のメンバーなのだ。
「やだ、杏里が知らないはずないでしょ? 主役なんだからさ」
気のせいか、純の頬が赤くなっている。
浄化は済んでいるはずなのに、杏里を見つめるまなざしが潤んでいるのはどういうわけなのか。
「もちろん知ってるけど…凛子たちが出ないって、それは初耳」
「よくわかんないんだよね。あのふたり。クラスメイトで、部活も同じなのに。いったいどういう関係なんだか」
純が天を仰いでため息をついた。
その頃。
コンビニの2階では、百足丸が驚愕のあまり、椅子からずり落ちかけていた。
「なんだと? それ、マジで言ってんのか?」
顔が青ざめ、脂汗が額ににじんでいる。
信じられないといったふうに、目を見開いていた。
「よりによって、俺にこの化け物のチャクラを開けっていうのかよ?」
苦渋に満ちた声で、その百足丸がつぶやいた。
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