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第9部 倒錯のイグニス

#232 嵐の予感⑨

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「あれ? どうしちゃったの、僕? うわあ、こりゃなんだ?」
 地面に尻もちをついた重人が、己の股間を見て叫んだ。
 非常口から垂れ下がったしなびたペニスが、精液にまみれていることに驚いているらしい。
「こりゃなんだ、じゃないよ」
 その前にしゃがみこむと、杏里はやにわに重人の頬を平手で打った。
「わ、何すんだよ? いたっ! 痛いって!」
 いきなりの往復ビンタに、悲鳴を上げて尻で後じさる重人。
「あんたが急に襲ってきたんじゃない! 私を強姦しようとしたでしょ! その証拠に、ほら!」
 重人の前には、牛乳をこぼしたような白い水たまりができている。
 精液の青臭い臭いに、杏里は息が詰まりそうだった。
「そ、そんなあ…」
「何があったの? 怒らないから、言ってみなさいよ」
 茫然自失の重人を、そう問い詰める。
「何がって言われても…。突然、誰かに手を引っ張られて、人混みの中に引きずりこまれて…。ズボンのチャックを下ろされたと思ったら、急にあそこにチクッときて…その後のことは、よく覚えてない…」
 困惑の色を顔に浮かべて、重人が答えた。
「チクッて、何よ」
 杏里は重人のペニスに手を伸ばした。
 しおれたペニスは、いつもの仮性包茎に戻っている。
 包皮を剥いて、亀頭を空気にさらしてみた。
 尿道口に血がにじんでいる。
 ヘアピンで刺した傷だろうか?
 それとも、その前に誰かが…。
「もしそれが本当なら、誤るよ」
 杏里の手からペニスを取り戻し、非常口にしまいこみながら、重人が言った。
「でも、なんだろう? 催眠術かな?」
 重人のほうを向いてしゃがんでいるため、重人の目からは杏里のスカートの中が丸見えのはずだ。
 なのに重人のペニスはぴくりとも動かなかった。
 下着をわざと見せつけながら、嵐のようなの獣欲が去った証拠だろうと杏里は思った。
「だとしても、いったい誰が?」
「あいつじゃないかな。ヤチカさんの隣にいた男」
 杏里の問いに、確信ありげに重人が答えた。
「きっと、僕たち、あいつに見つかってたんだよ。それで、先手を打ってきた。そういうことだと思う」
「催眠術かなんだか知らないけど、強敵って感じがする」
 眉根を寄せて、杏里はつぶやいた。
「ジェニーに去勢されたはずの重人があんなになるんだもの。おそろしく性的な技を使う相手って気がするけど」
「も、もう大丈夫だよ。さっきから杏里のパンツ、丸見えだけど、僕、平気だから」
 泡を食ったように重人が言った。
「でも、あのふたり、どこへ行ったんだろう?」
 重人のたわ言を無視して、杏里は腰を上げた。
 次の催しが始まったのだろう。
 すでに渡り廊下に人影はない。
「出ていく人に紛れてたなら、もう体育館にはいないよね。もう少し、探してみよっか」
「えー?」
 重人が泣き声を上げた。
「僕、もう家に帰りたいんだけどな」
 
 


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