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第9部 倒錯のイグニス

#124 女王覚醒②

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 爆発音に似た音が耳をつんざき、みしりと扉がたわんだ。
 間一髪、顔をそらした百足丸は、衝撃で大きくよろめいた。
 肝っ玉が縮む思いとはこのことだった。
 零がむき出しの腕を伸ばし、扉にこぶしを打ちつけている。
 赤く輝くその眼は、己の腕と腕の間にはさまれた井沢をじっと睨みつけている。
 それは、こんな時でなければ、つい吹き出してしまいそうな光景だった。
 扉に押しつけられた井沢と、その井沢を見下ろす零の姿は、いわゆる漫画などでよくある”壁ドン”の構図そのものだったからである。
 だが、百足丸は笑わなかった。
 井沢と零の間で、不可視の火花が散っているのがひしひしと伝わってくる。
 サングラスをはずした井沢の眼からは、毛細血管に覆われたふたつの眼球がせり出し、眼窩から今にもこぼれ落ちそうなほど膨れ上がってしまっている。
 その奇妙なにらみ合いは、どれほどの時間、続いたのだろうか。
 ふいに零が腕の力をゆるめ、ゆらりと上体を起こした。
「いい子だ」
 零が離れていくのに合わせ、井沢が慎重に身を起こす。
「そう、それでいい。そのまま、ゆっくり、もとの場所にもどるんだ」
 零は答えなかった。
 井沢に言われるがまま、足をひきずるようにして後じさると、零は崩れるようにベッドの端に座り込んだ。
 見ると、瞳孔の輝きが薄れかけていた。
 あれほど強烈だった赤が、今は消えかけた炭火のように、おぼろげに瞳の奥でくすぶっているだけだ。
「零、心配することはない。我々は同類のあなたに危害を加えるつもりはないし、ましてやそんなことができるとも思っていない。我々はただ、種の繁栄のために、あなたに協力してもらいたいだけなのだ。それにはまず、あなたに生殖の悦びを知ってもらわなければならない。ここにいる百足丸は、そのために連れてきた」
 井沢の言葉が聞こえているのかいないのか、零は何の反応も示さない。
 ただ小首をかしげて井沢の口元を眺めている。
 零も零だが、井沢も井沢だ、と百足丸は舌を巻く思いだった。
 催眠術というにはあまりにも強力なマインドコントロール能力である。
 井沢の視線には、何か未知の物理的な力でも備わっているのだろうか。
 あれほど殺意に燃えていた零を、多少時間がかかったとはいえ、ひとにらみで手なずけてしまったのだ。
 サングラスで眼を隠し、井沢が百足丸を振り向いた。
「では、さっそく、調教を始めよう。その衝立の向こうに、椅子がある。それをこっちに持ってきてくれないか」
 ユニットバスとトイレのほうを顎で示して、そう言った。
「椅子だって?」
 のぞいてみると、衝立に隠れるようにして、この独房にはおよそ不似合いな豪華な椅子が置いてある。
「こ、これか?」
 幸い、キャスターがついているので、運び出すのに骨は折れなかった。
 背もたれの長い、黒革張りの肘掛椅子である。
 奥行きが深く、幅もあり、まるで王宮の調度のひとつのような、そんなぜいたくなつくりだった。
 ただ不気味なのは、肘掛けや椅子の基板の部分に、革の拘束具がついていることである。
 百足丸が椅子を部屋の中央に置くと、ベッドにかけた零に向かって、井沢が命じた。
「さあ、零、ここにきて、この椅子に座りなさい」
 抵抗のそぶりも見せず、ふらりと零が立ち上がる。
「座ったら、膝を曲げて、椅子の上に足を乗せるんだ」
 大きな椅子に深々と腰かけ、零が長くしなやかな脚を持ちあげる。
「百足丸、拘束しろ」
「お、俺がか…?」
 渋々近づき、零が動かないのを確認すると、百足丸はその手首を肘掛けに、足首を基板に革バンドで固定した。
 思いきり膝を曲げ、これ以上ないというくらい股を開いた零は、産婦人科の診察台の上の妊婦さながらだ。
 青白い太腿の内側で縦長の唇がぴたりと閉じているのが、白熱灯の光に照らされて丸見えになっている。
 陰毛の影すらもない綺麗な股間だが、陰裂には指をこじ入れる隙間もなさそうだ。
 こいつは、なかなかガードが堅い…。
 ふとそんなことを思った時、すべてに興味を失ったような口調で、井沢が言った。
「それじゃ、百足丸、あとは頼んだぞ」
 

 

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