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第9部 倒錯のイグニス
#98 サイキック⑧
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その直後に起こった現象を、いったいどう表現したらいいのだろうか。
ルナの瞳が、傍から見てもわかるほど黄金色に変わったと思った瞬間、獣人の動きがぴたりと止まった。
それも、ただ止まっただけではない。
剛毛に覆われた首から上が、瞬時にして、石膏像のような色に変色してしまったのだ。
ルナが抑え込まれていた右腕を抜き、指先でその鼻づらを弾いた。
パリン。
乾いた音がして、獣人の頭部に細かいひび割れが走る。
ルナの肘が一閃し、石膏像と化した獣人の頭部を砕いた。
ガラガラと無数の石のかけらが崩れ落ち、微細な粒子が煙となって渦を巻いた。
首から上を失った巨体がゆらりと傾き、仰向けにひっくり返る。
その下から、ルナが身を起こした。
「ルナ…」
杏里が言葉を失ったのは、ほかでもない。
ルナの両目から、涙の代わりに血が噴き出していることに気づいたからである。
真っ赤な血の筋が目尻から流れ出し、音もなくそのシャープな頬の輪郭を伝っていく。
「だから、気が進まないと言ったんだ」
ルナが手の甲で血の糸を拭った。
「これをやると、しばらく目が見えなくなる。当然、力も使えない」
「何を…したの?」
獣人の死体につまづいて倒れそうになるルナに、杏里はあわてて手を差し出した。
「見ての通りさ。石にしてやったんだよ」
「石…」
「石化能力…。わたしは、21世紀に復活したメデューサなのさ」
杏里の首に腕を回し、肩を借りて歩き出しながら、ルナが投げやりな口調で言った。
「だからといって、『どうやって?』とか訊くなよな。そんなの、訊かれたって答えられっこない。コウモリに、どうして暗闇でも飛べるのかってたずねるようなもんさ。わたしには力がある。だから、使いたい時にそれを使う。原理なんて知らなくても、力を駆使することはできる。そういうことだ」
なるほど、それはルナの言う通りだろう。
でも、と杏里は戦慄を禁じえない。
相手を睨んだだけで石に変えてしまうだなんて…。
これはもう、超能力などと呼べるものではない。
当てはまる概念があるとすれば、それは”魔法”だ。
そうとしか、形容のしようがない。
「おまえの相手は、どうなった? ちゃんとやっつけたのか?」
「たぶん…」
ルナに肩を貸しながら、杏里は元の場所に戻ってみた。
アナルと膣に己の舌を根元まで挿入し、胎児のように丸まってメス外来種は息絶えていた。
あまりに激しいオナニーに、心臓麻痺でも起こしてしまったのだろうか。
眼窩から飛び出した大きな眼球に、夕空を流れていく雲が映っている。
「大丈夫。こっちも死んでる」
込み上げる嫌悪感をこらえながら、杏里は言った。
「たいしたやつだな」
耳元でルナが笑った。
「まったくの丸腰で、外来種を倒すだなんて。見たかったよ。おまえの戦いぶり」
「私のは、戦いなんてものじゃないから…」
杏里はうなだれた。
なんとなく、ルナには見られたくない、と思った。
化け物に犯され、感じている自分の姿…。
それは、性に対してノーマルなルナのような者から見たら、さぞかし異常に感じられるに違いない。
「あれ? どうしたの、ふたりとも? ひょっとして、もう終わっちゃった?」
間の抜けた声がして、振り向くと、重人が目を覚ましたところだった。
地面に座り込んで、ボブカットの頭をしきりに左右に振っている。
んもう、重人ったら。
今頃起きてきて、ほんと、役立たずなんだから。
「とにかく、わかったのは、どうやら、ヤチカさんも拉致されたらしいってことね」
重人を無視して、杏里はルナに話しかけた。
「で、わたしたちが探しに来るのを見越して、ここに罠を張ってたというわけか」
血のにじむ目を杏里に向けて、ルナが言う。
「敵は私だけじゃなくて、ルナのことも狙ってると思う。だから、気をつけて。早く帰って、休まなきゃ」
「目は一晩寝れば治るさ。いつもそうなんだ。治ったら、いずなとそのヤチカって画家、探しに行かなきゃな」
「うん。でも、ルナが完全によくなったらでいいよ。それまでは、委員会の調査に任せておこうよ」
「すまない」
「新種薔薇育成委員会か」
小走りについてきた重人が、会話の断片を聞き取ったのか、横から口をはさんできた。
「なんか、ヤバい組織だって気がするね。こんな化け物を、次から次に寄こしてくるなんてさあ」
「なんて力だ」
モニター画面の映像を何度も巻き戻し、井沢は喉の奥で唸り声を上げた。
井沢が見ているのは、ヤチカの屋敷の前庭に仕掛けた監視カメラからの映像である。
「呆れたサイキッカーだな。あんなとほうもない能力、初めてだ。あんなの、変異外来種の中にもいないだろう」
下唇に、火のついた煙草が貼りついていることにも、気づいていなかった。
何度繰り返して見ても、それは目の錯覚などではなかった。
井沢が差し向けた獣化外来種は、ルナの不可視の力によって、確かに石化してしまったのである。
「言っただろ? あの金髪の用心棒がそばにいる限り、うかつには杏里に手を出せないって」
我が事を自慢するように、真布がうなずいた。
「その意味ではやっぱり、ルナの眼をくらますことのできる学園祭が、杏里捕獲には一番いい。そうに違いないんだよ」
ルナの瞳が、傍から見てもわかるほど黄金色に変わったと思った瞬間、獣人の動きがぴたりと止まった。
それも、ただ止まっただけではない。
剛毛に覆われた首から上が、瞬時にして、石膏像のような色に変色してしまったのだ。
ルナが抑え込まれていた右腕を抜き、指先でその鼻づらを弾いた。
パリン。
乾いた音がして、獣人の頭部に細かいひび割れが走る。
ルナの肘が一閃し、石膏像と化した獣人の頭部を砕いた。
ガラガラと無数の石のかけらが崩れ落ち、微細な粒子が煙となって渦を巻いた。
首から上を失った巨体がゆらりと傾き、仰向けにひっくり返る。
その下から、ルナが身を起こした。
「ルナ…」
杏里が言葉を失ったのは、ほかでもない。
ルナの両目から、涙の代わりに血が噴き出していることに気づいたからである。
真っ赤な血の筋が目尻から流れ出し、音もなくそのシャープな頬の輪郭を伝っていく。
「だから、気が進まないと言ったんだ」
ルナが手の甲で血の糸を拭った。
「これをやると、しばらく目が見えなくなる。当然、力も使えない」
「何を…したの?」
獣人の死体につまづいて倒れそうになるルナに、杏里はあわてて手を差し出した。
「見ての通りさ。石にしてやったんだよ」
「石…」
「石化能力…。わたしは、21世紀に復活したメデューサなのさ」
杏里の首に腕を回し、肩を借りて歩き出しながら、ルナが投げやりな口調で言った。
「だからといって、『どうやって?』とか訊くなよな。そんなの、訊かれたって答えられっこない。コウモリに、どうして暗闇でも飛べるのかってたずねるようなもんさ。わたしには力がある。だから、使いたい時にそれを使う。原理なんて知らなくても、力を駆使することはできる。そういうことだ」
なるほど、それはルナの言う通りだろう。
でも、と杏里は戦慄を禁じえない。
相手を睨んだだけで石に変えてしまうだなんて…。
これはもう、超能力などと呼べるものではない。
当てはまる概念があるとすれば、それは”魔法”だ。
そうとしか、形容のしようがない。
「おまえの相手は、どうなった? ちゃんとやっつけたのか?」
「たぶん…」
ルナに肩を貸しながら、杏里は元の場所に戻ってみた。
アナルと膣に己の舌を根元まで挿入し、胎児のように丸まってメス外来種は息絶えていた。
あまりに激しいオナニーに、心臓麻痺でも起こしてしまったのだろうか。
眼窩から飛び出した大きな眼球に、夕空を流れていく雲が映っている。
「大丈夫。こっちも死んでる」
込み上げる嫌悪感をこらえながら、杏里は言った。
「たいしたやつだな」
耳元でルナが笑った。
「まったくの丸腰で、外来種を倒すだなんて。見たかったよ。おまえの戦いぶり」
「私のは、戦いなんてものじゃないから…」
杏里はうなだれた。
なんとなく、ルナには見られたくない、と思った。
化け物に犯され、感じている自分の姿…。
それは、性に対してノーマルなルナのような者から見たら、さぞかし異常に感じられるに違いない。
「あれ? どうしたの、ふたりとも? ひょっとして、もう終わっちゃった?」
間の抜けた声がして、振り向くと、重人が目を覚ましたところだった。
地面に座り込んで、ボブカットの頭をしきりに左右に振っている。
んもう、重人ったら。
今頃起きてきて、ほんと、役立たずなんだから。
「とにかく、わかったのは、どうやら、ヤチカさんも拉致されたらしいってことね」
重人を無視して、杏里はルナに話しかけた。
「で、わたしたちが探しに来るのを見越して、ここに罠を張ってたというわけか」
血のにじむ目を杏里に向けて、ルナが言う。
「敵は私だけじゃなくて、ルナのことも狙ってると思う。だから、気をつけて。早く帰って、休まなきゃ」
「目は一晩寝れば治るさ。いつもそうなんだ。治ったら、いずなとそのヤチカって画家、探しに行かなきゃな」
「うん。でも、ルナが完全によくなったらでいいよ。それまでは、委員会の調査に任せておこうよ」
「すまない」
「新種薔薇育成委員会か」
小走りについてきた重人が、会話の断片を聞き取ったのか、横から口をはさんできた。
「なんか、ヤバい組織だって気がするね。こんな化け物を、次から次に寄こしてくるなんてさあ」
「なんて力だ」
モニター画面の映像を何度も巻き戻し、井沢は喉の奥で唸り声を上げた。
井沢が見ているのは、ヤチカの屋敷の前庭に仕掛けた監視カメラからの映像である。
「呆れたサイキッカーだな。あんなとほうもない能力、初めてだ。あんなの、変異外来種の中にもいないだろう」
下唇に、火のついた煙草が貼りついていることにも、気づいていなかった。
何度繰り返して見ても、それは目の錯覚などではなかった。
井沢が差し向けた獣化外来種は、ルナの不可視の力によって、確かに石化してしまったのである。
「言っただろ? あの金髪の用心棒がそばにいる限り、うかつには杏里に手を出せないって」
我が事を自慢するように、真布がうなずいた。
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