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第9部 倒錯のイグニス

#5 黄金色の降臨

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 外来種に触れると、タナトスの肌には五芒星の形の痣が浮かび上がる。
 杏里の胸に現れたのはそれだった。
 零との戦いの間もずっと鎖骨の間に浮かんでいたその刻印が、今また薄い皮膚の下で複雑な幾何学模様を描いている。
 外来種は、外見だけでは人間と区別がつかない。
 だから、多くの者と性的接触の機会を持つタナトスに、その機能が加えられたのはある意味必然と言えた。
 タナトスは外来種を探知し、性交渉に持ち込むことで時間を稼ぎ、パトスの救援を待つ。
 その連係プレーでこれまで何人もの外来種を葬ってきた杏里だったが、あいにく今回はそのパトスである由羅がいない。
 自分ひとりで立ち向かわねばならないのはわかっていた。
 だが、いざ本番となると、恐怖で足がすくんでどうしていいかわからない。
「さあ、やろうよ、やろうよ」
 男は子どもが人形から衣服をはぎとるように、杏里のブラウスをびりびり引き裂いていく。
 襟元の青いリボンが吹っ飛び、布がすだれのように破れていった。
 見たところ真面目そうな30代くらいのサラリーマンなのだが、その口調は明らかに常軌を逸している。
 たちまちのうちに服を引きちぎられ、小さなブラに押し上げられた杏里の真っ白な乳房があらわになる。
 抵抗しようにも、片手で喉を絞められているため、思うように身体を動かせない。
 万力のように情け容赦なく締めつけてくるその手を引き剥がそうと、相手の腕にしがみつくのが精いっぱいだ。
 外来種の特徴のひとつは、その性急さだった。
 彼らの流儀に、前戯のような生ぬるいものはない。
 種族保存のために、相手の子宮に精液をぶちまける。
 そのことしか考えていないから、自ずと行為が粗暴になる。
 そして次の特徴は、その怪力だった。
 パトスの原型でもある外来種は、人間に比べ骨密度が異様に高く、筋肉も発達している。
 更に、腰のあたりに第二の脳があるため、動きも敏捷なのだ。
 人間と比較しても非力な杏里が、膂力やスピードででかなうはずがない。
 ブラウスだけでは飽き足らず、杏里のスカートまでをも引き裂くと、男は空いたほうの手でズボンのファスナーをむしり取るように引き下げた。
 鞭がうなるような音とともに飛び出してきたのは、異様な形状の物体だった。
 雄外来種と人間の男性との決定的な違い。
 それがこの性器である。
 外来種の男性器は、いったん雌の膣に挿入されたが最後、射精を終えるまで抜けないように、海綿体に逆棘が生えている。そのせいで、巨大なムカデのような形に見えるのだ。
 今、そのおぞましいムカデが、杏里の股間を狙ってぐっと鎌首をもたげたところだった。
「知ってるぞ。おまえは、最高級のタナトスなんだろ? ずっと待ってた、おまえが通りかかるのを。おまえとしたくてしたくてたまらなかった。でも、なかなか来ないから、しょうがなくほかの女を…」
 熱に浮かされたように、男がしゃべった。
 杏里の頸をつかんで動きを封じたまま、もう一方の手を杏里の尻に回し、奇怪なペニスを近づけてくる。
 河原で殺された女性は、おそらくこのおぞましい器官で、子宮ごと腹を引き裂かれたのだ。
 それは、とても人間の女性器に収まるサイズでも形状でもなかった。
 挿入と同時に相手を死に至らしめる、まさに凶器としかいいようのない肉の棒だった。
「く…」
 杏里がうめいたのは、喉への圧迫がほんのわずかにだが、快感に変わり始めたからである。
 男の手首に爪を立てていた両手が離れた。
 その手が邪魔なブラウスとスカートのなれの果てを取り除けて、豊満な肢体をあらわにする。
 更に指でパンティの端をめくり上げ、男の凶器を中に迎え入れようとした時だった。
「ぐわっ!」
 ふいに男が吹っ飛んだ。
 目に見えないロープに引かれるかのように、後ろ向きに数メートル、文字通り空を飛んだのだ。
 え?
 杏里は驚愕に目を見開いた。
 なに?
 何が起こったの?
 そして、気づいた。
 尻もちをついた男の向こうで、金色の髪がなびいている。
 グレーのスカートから伸びた、すらりとした脚。
 純白のブラウスの胸ではためく真紅のリボン。
「あんた、何やってんのよ、そんな雑魚に」
 アクアマリンの瞳で杏里を見据え、強い口調で少女が言った。

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