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第3話 ずっとあなたとしたかった
#10 地獄からのメッセージ③
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「ひどい…」
口にこぶしを当て、杏里は固まってしまった。
誰がこんなひどい悪戯を…。
せっかくの新居だというのに、悪ふざけにもほどがある。
周りを見渡してみたが、当然だれもいない。
通路の手すりから身を乗り出して、下の道路を確かめてみても、人の姿はなかった。
「んもう、大家さんに叱られちゃうよ」
ドアに向き直り、腰に手を当て、杏里は深々とため息をついた。
犯してやる
へたくそな字で書かれたその落書きには、背筋が寒くなるような憎悪がこもっているようだった。
ペンキを叩きつけたような筆致に、強烈な怒りのようなものを感じて、杏里は無意識にぶるっと身を震わせた。
身に覚えは…ありすぎてわからない。
杏里は普段から目立っている。
学校でも外を歩いている時でも、卑猥な視線にさらされることは日常茶飯事だ。
大人しい格好をしていても、隠しきれないその熟れた肢体は、老若男女の関心を惹きつけてやまないのである。
「犯してやる…か」
それにしても、ストレートなメッセージだ。
バスや地下鉄の中でよく遭遇する痴漢のうちの誰かだろうか。
もしそうなら、いつのまにか尾行されていたことになる。
なぜって、この新しい下宿先のことは、まだクラスメートにすら話していないのだから。
知っているのは、小田切と紗彩、それからみいくらいのものである。
「困ったな」
杏里は途方に暮れた。
落書きを消そうにも、まだ引っ越し前だから部屋の中には何もない。
ためしにハンカチに唾をつけてこすってみたけれど、油性の太マジックで書かれているためか、まるで消えてくれる様子がない。
そんなふうに途方に暮れていた時だった。
ふいにチンという澄んだ音が響いて、階段の登り口脇にあるエレベーターのドアが開いた。
現れたのは、車椅子に乗った若者である。
年のころは、十代後半だろうか。
眼鏡の奥の涼し気な目が、けげんそうに杏里のほうを眺めている。
「どうかしましたか?」
まごまごしていると、青年のほうから声をかけてきた。
「は、はあ…」
なんて答えていいかわからない。
だいたいこの人、誰なのかしら?
杏里は顔が熱くなるのを感じた。
青年は、透き通るような肌をしたイケメンである。
けっこう、杏里の好みのタイプと言っていい。
「声がしたから、見に来たんですけど」
器用に車椅子を操ると、杏里の近くまで寄ってきて青年が言った。
「あの、これ…」
杏里は、おずおずとドアの落書きを指差した。
「部屋から出てみたら、こんなふうになっていて…」
「ひどいな」
落書きを一瞥して、青年が細い眉を吊り上げた。
「女性の部屋にこんなことするなんて…許せませんね」
「私…何も消すもの、持っていなくって」
済まなさそうに弁解すると、青年が杏里を見上げてにっこり微笑んだ。
そこだけ陽が射したような、明るい笑顔だった。
「大丈夫です。心配いりません。僕がおばあちゃんのところから、何か道具、取ってきますから」
「おばあちゃん?」
「ええ。僕、ここの管理人、ハナコばあさんの孫なんです」
杏里の問いに、さわたかな口調で青年がそう答えた。
口にこぶしを当て、杏里は固まってしまった。
誰がこんなひどい悪戯を…。
せっかくの新居だというのに、悪ふざけにもほどがある。
周りを見渡してみたが、当然だれもいない。
通路の手すりから身を乗り出して、下の道路を確かめてみても、人の姿はなかった。
「んもう、大家さんに叱られちゃうよ」
ドアに向き直り、腰に手を当て、杏里は深々とため息をついた。
犯してやる
へたくそな字で書かれたその落書きには、背筋が寒くなるような憎悪がこもっているようだった。
ペンキを叩きつけたような筆致に、強烈な怒りのようなものを感じて、杏里は無意識にぶるっと身を震わせた。
身に覚えは…ありすぎてわからない。
杏里は普段から目立っている。
学校でも外を歩いている時でも、卑猥な視線にさらされることは日常茶飯事だ。
大人しい格好をしていても、隠しきれないその熟れた肢体は、老若男女の関心を惹きつけてやまないのである。
「犯してやる…か」
それにしても、ストレートなメッセージだ。
バスや地下鉄の中でよく遭遇する痴漢のうちの誰かだろうか。
もしそうなら、いつのまにか尾行されていたことになる。
なぜって、この新しい下宿先のことは、まだクラスメートにすら話していないのだから。
知っているのは、小田切と紗彩、それからみいくらいのものである。
「困ったな」
杏里は途方に暮れた。
落書きを消そうにも、まだ引っ越し前だから部屋の中には何もない。
ためしにハンカチに唾をつけてこすってみたけれど、油性の太マジックで書かれているためか、まるで消えてくれる様子がない。
そんなふうに途方に暮れていた時だった。
ふいにチンという澄んだ音が響いて、階段の登り口脇にあるエレベーターのドアが開いた。
現れたのは、車椅子に乗った若者である。
年のころは、十代後半だろうか。
眼鏡の奥の涼し気な目が、けげんそうに杏里のほうを眺めている。
「どうかしましたか?」
まごまごしていると、青年のほうから声をかけてきた。
「は、はあ…」
なんて答えていいかわからない。
だいたいこの人、誰なのかしら?
杏里は顔が熱くなるのを感じた。
青年は、透き通るような肌をしたイケメンである。
けっこう、杏里の好みのタイプと言っていい。
「声がしたから、見に来たんですけど」
器用に車椅子を操ると、杏里の近くまで寄ってきて青年が言った。
「あの、これ…」
杏里は、おずおずとドアの落書きを指差した。
「部屋から出てみたら、こんなふうになっていて…」
「ひどいな」
落書きを一瞥して、青年が細い眉を吊り上げた。
「女性の部屋にこんなことするなんて…許せませんね」
「私…何も消すもの、持っていなくって」
済まなさそうに弁解すると、青年が杏里を見上げてにっこり微笑んだ。
そこだけ陽が射したような、明るい笑顔だった。
「大丈夫です。心配いりません。僕がおばあちゃんのところから、何か道具、取ってきますから」
「おばあちゃん?」
「ええ。僕、ここの管理人、ハナコばあさんの孫なんです」
杏里の問いに、さわたかな口調で青年がそう答えた。
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