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最終章~桜~
桜⑦
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昼休憩の時間になって携帯電話の画面を見ると留守電が入っていた。再生するとタケルの声で「夕夏、誕生日おめでとう」と吹き込まれていた。
タケルが私の家に寄った時、母が電話で誕生日のプレゼントを送ると言ったのが聞こえていたみたいだ。誕生日をひと月間違えて祝ったことを気負いしてないといいけど…
タケルにメールを送った。
メッセージありがとう。頭痛は治った?
今夜は遥人君のお店に行こうと考えた。
「いらっしゃいま…せ」
遥人君は忙しさからか顔が引き攣っている。タケルは休みだと言った。カウンター席が2つだけ空いている。
「休みなんだ、そっか」
カウンター席に座ってメニューを眺めた。お気に入りの天津飯を注文すると遥人君は大声で厨房に注文を伝えた。
運ばれてきた天津飯を淡々と口にして完食した。会えるつもりでいただけに、今日はどうしてもタケルに会いたい。昼間のメールに返信は来ていない。
店を出て自分の家の方へと歩いた、途中もどかしくなって踵を返し駅を目指した。
ハイツの2階へと階段を上がりインターホンを鳴らすと通話口から『はい』と声がした。私、と言うと無言のまま通話が切れた。覗き穴から射していた光が消えた、なのにドアは開かない。
「タケル?」
小さくドアが開いてタケルが顔を覗かせた。
「… 何か用ですか」
「え?」
変な対応をするタケルを笑おうとした。でも、冗談とは思えない表情を見て何を言えばいいのかわからなくなった。
「寝てたの?」
「… 誰ですか?」
タケルの目は私を拒んでいる。
「すみません、部屋間違えました」
そう言ってタケルをじっと見た、やっぱり表情は同じままで私は頭を下げた。
茫然としながら通路を歩き階段を降りた。振り返って見上げるとタケルの姿は既になかった。
記憶喪失、それは一言でまとめられるようなものではない。タケルがうちに来た頃、ネットで事例を色々と調べた。ある人は過去を取り戻せたと同時に一定期間の記憶が抜け落ちてしまったという。
タケルは私を忘れてしまった?…………
数日が立った。タケルからの連絡はなく、不安でいっぱいだった。出勤しているか遥人君にメールで訊ねると『来てます』と返信があった。状況がよくわからない。
その日の夜、タケルに電話を掛けてみた。やっぱり出ない。週末まで連絡がなければ、思い切ってもう一度会いに行こうと思う。
金曜日、やっと仕事が終わって家路を急いだ。待ちきれず遥人君の店に行った。遥人君は私に気が付くと苦い顔をした。
「タケルさん、休みです」
遥人君は俯いた。
「いつも金曜日は忙しいからいると思ったんだけど、体調不良?」
「… あの」
遥人君が言いかけた時、店のドアが開いて家族連れが入ってきた。父親らしき人が店内を見まわした。
「4人だけど、いっぱいかな?」
テーブル席は満席だ。
「あー、そうっすね…」
「ここ空きますよ!」
テーブル席にいた客が言い出て上着を羽織りだした。
「ありがとうございます!お客さん、すぐ片付けるんで待ってもらえますか?」
奥にいた遥人君のお母さんが出てきて私に小声で話し掛けた。
「夕夏ちゃんごめんね。カウンターならすぐ空くと思うけど」
「いえ、また今度来ます。遥人君によろしく言って下さい」
「わかった。ごめんね、また来てね」
会釈をして店を出た。私を見たとき、遥人君は明らかに動揺していた。タケルが店に来ているというのは嘘なような気がした。先週家に行った時、タケルは私が誰かわかっていなかった。でも、嘘をついてるとしたら何を隠しているんだろう。
インターホンの呼び出し音がうるさくて堪らない。さっきからもう5回は鳴っている。宅急便ならこの間受け取った。ネットで注文した物がなかったか寝ぼけた頭で考えた。重い体で左右に寝返りを打ちながら、静かになった空間で再び眠りかけた時、携帯電話の着信音が鳴った。
――――遥人君だ。
時計を見ると朝10時を過ぎたところだった。
「おはよう、どうしたの?」
「夕夏さん!!ドア開けて下さい!」
「あれ?オートロックは?」
「人が入ってったからついてきました、早く開けてください!!」
髪を適当に手で整えてふらつく足で玄関に向かった。鍵を開けてドアを押すと冷たい風が玄関に入って来た。同時に何かが地面に落ちた音がした。遥人君は真冬の朝に薄着で立っている。
「夕夏さんすいません、俺、どうしても黙ってられなくて。今すぐ追いかけて下さい、タケルさん行っちゃうんっすよ!」
遥人君は切羽詰まった顔でいる。足元に小さな紙袋が落ちていて中に箱のような物が見えた。
「それ、何?」
「え?…… 知らないです、いいから早く!」
「待って、よくわからないんだけど」
「時間ないんです、もう会えないかもしれないんっすよ!」
そう言って遥人君は片手に持っていた物を渡してきた。
「これ後でいいから読んで下さい」
白い封筒を渡された。表も裏も、何も書かれていない。
「わかった。どこに行けばいいの?」
遥人君は今日タケルの家で退去の立ち合いがあると言った。他の事は一切知らせないまま遥人君は店に戻っていった。落ちていた紙袋を拾いあげ部屋に入った。気になって先に白い封筒から手紙を取り出した。
タケルが私の家に寄った時、母が電話で誕生日のプレゼントを送ると言ったのが聞こえていたみたいだ。誕生日をひと月間違えて祝ったことを気負いしてないといいけど…
タケルにメールを送った。
メッセージありがとう。頭痛は治った?
今夜は遥人君のお店に行こうと考えた。
「いらっしゃいま…せ」
遥人君は忙しさからか顔が引き攣っている。タケルは休みだと言った。カウンター席が2つだけ空いている。
「休みなんだ、そっか」
カウンター席に座ってメニューを眺めた。お気に入りの天津飯を注文すると遥人君は大声で厨房に注文を伝えた。
運ばれてきた天津飯を淡々と口にして完食した。会えるつもりでいただけに、今日はどうしてもタケルに会いたい。昼間のメールに返信は来ていない。
店を出て自分の家の方へと歩いた、途中もどかしくなって踵を返し駅を目指した。
ハイツの2階へと階段を上がりインターホンを鳴らすと通話口から『はい』と声がした。私、と言うと無言のまま通話が切れた。覗き穴から射していた光が消えた、なのにドアは開かない。
「タケル?」
小さくドアが開いてタケルが顔を覗かせた。
「… 何か用ですか」
「え?」
変な対応をするタケルを笑おうとした。でも、冗談とは思えない表情を見て何を言えばいいのかわからなくなった。
「寝てたの?」
「… 誰ですか?」
タケルの目は私を拒んでいる。
「すみません、部屋間違えました」
そう言ってタケルをじっと見た、やっぱり表情は同じままで私は頭を下げた。
茫然としながら通路を歩き階段を降りた。振り返って見上げるとタケルの姿は既になかった。
記憶喪失、それは一言でまとめられるようなものではない。タケルがうちに来た頃、ネットで事例を色々と調べた。ある人は過去を取り戻せたと同時に一定期間の記憶が抜け落ちてしまったという。
タケルは私を忘れてしまった?…………
数日が立った。タケルからの連絡はなく、不安でいっぱいだった。出勤しているか遥人君にメールで訊ねると『来てます』と返信があった。状況がよくわからない。
その日の夜、タケルに電話を掛けてみた。やっぱり出ない。週末まで連絡がなければ、思い切ってもう一度会いに行こうと思う。
金曜日、やっと仕事が終わって家路を急いだ。待ちきれず遥人君の店に行った。遥人君は私に気が付くと苦い顔をした。
「タケルさん、休みです」
遥人君は俯いた。
「いつも金曜日は忙しいからいると思ったんだけど、体調不良?」
「… あの」
遥人君が言いかけた時、店のドアが開いて家族連れが入ってきた。父親らしき人が店内を見まわした。
「4人だけど、いっぱいかな?」
テーブル席は満席だ。
「あー、そうっすね…」
「ここ空きますよ!」
テーブル席にいた客が言い出て上着を羽織りだした。
「ありがとうございます!お客さん、すぐ片付けるんで待ってもらえますか?」
奥にいた遥人君のお母さんが出てきて私に小声で話し掛けた。
「夕夏ちゃんごめんね。カウンターならすぐ空くと思うけど」
「いえ、また今度来ます。遥人君によろしく言って下さい」
「わかった。ごめんね、また来てね」
会釈をして店を出た。私を見たとき、遥人君は明らかに動揺していた。タケルが店に来ているというのは嘘なような気がした。先週家に行った時、タケルは私が誰かわかっていなかった。でも、嘘をついてるとしたら何を隠しているんだろう。
インターホンの呼び出し音がうるさくて堪らない。さっきからもう5回は鳴っている。宅急便ならこの間受け取った。ネットで注文した物がなかったか寝ぼけた頭で考えた。重い体で左右に寝返りを打ちながら、静かになった空間で再び眠りかけた時、携帯電話の着信音が鳴った。
――――遥人君だ。
時計を見ると朝10時を過ぎたところだった。
「おはよう、どうしたの?」
「夕夏さん!!ドア開けて下さい!」
「あれ?オートロックは?」
「人が入ってったからついてきました、早く開けてください!!」
髪を適当に手で整えてふらつく足で玄関に向かった。鍵を開けてドアを押すと冷たい風が玄関に入って来た。同時に何かが地面に落ちた音がした。遥人君は真冬の朝に薄着で立っている。
「夕夏さんすいません、俺、どうしても黙ってられなくて。今すぐ追いかけて下さい、タケルさん行っちゃうんっすよ!」
遥人君は切羽詰まった顔でいる。足元に小さな紙袋が落ちていて中に箱のような物が見えた。
「それ、何?」
「え?…… 知らないです、いいから早く!」
「待って、よくわからないんだけど」
「時間ないんです、もう会えないかもしれないんっすよ!」
そう言って遥人君は片手に持っていた物を渡してきた。
「これ後でいいから読んで下さい」
白い封筒を渡された。表も裏も、何も書かれていない。
「わかった。どこに行けばいいの?」
遥人君は今日タケルの家で退去の立ち合いがあると言った。他の事は一切知らせないまま遥人君は店に戻っていった。落ちていた紙袋を拾いあげ部屋に入った。気になって先に白い封筒から手紙を取り出した。
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