花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

文字の大きさ
上 下
80 / 95
恭也

恭也⑦

しおりを挟む
「お兄ちゃんは今日からここに住むんです。あなたの家には帰りません」
「そんな急に?」
「だってここが元々お兄ちゃんの家だったんだから、ここに住むのが当然でしょ?」
タケルは言った。
「僕はここに住んでた時の記憶すら思い出せない」
「思い出せなくてもここで暮らす事はできるじゃん、お兄ちゃんは私がパパとママを説得させるまでここに居て。それと」
麗華ちゃんは私を見た。
「お兄ちゃんの面倒見てくれた時のお金だったら払いますからいくら必要か言って下さい」
「お金は求めてないよ」
「だったらもうお兄ちゃんに構わないで下さい、これから先は私がどうにかしますから」
呆気にとられて黙った。考えてみれば妹が言う通りかもしれない、住んでいた家に戻るのは当然の事だ。私の家で暮らさなければいけない理由なんて無い。
「でも、働いてるお店はどうするの?」
「あなたが心配しなくても、お兄ちゃんが決めればいいと思います」
「じゃあ、お昼ご飯はどうしようか…」
「こっちは勝手にしますから、あなたは帰って下さい」
とどめを刺されて何も言えなくなった。するとタケルが珍しく怒り気味に言った。
「そんな言い方ないんじゃない?助けてくれた人に言う事じゃないだろ」
妹は少し萎縮してから反抗した。
「とにかく、この人の家に泊まるのはやめて。じゃないと私ここで一緒に住むから!」
沈黙が流れた。私にはどうしようもないという事を思い知らされて立ち尽くした。
「ごめん、私帰るね」
鞄を持って玄関に向かった。
「夕夏!」
追ってきたタケルに来ないでほしいと笑みを作り目で訴えた。


電車に乗ってまっすぐ家に帰った。あの部屋のドアが閉まる音が胸の中に響いている。もしかしてタケルとはこれで最後なんだろうか。タケルは携帯電話を持っていない。
家に着いて携帯電話にお母さんから3回、遥人君から2回着信があった。遥人君にまだあれからどうなったかを知らせていない。けど、今は話す気分じゃない。それでお母さんから電話する事にした。呼び出し音が鳴るとすぐに通話になった。
『もしもし、夕夏?』
「着信あったんだけど」
『着信あった、じゃないわよ!ほんと電話出ないんだから』
「ごめん、忙しくて」
『はいはい、忙しい時にごめんなさいね』
「本当だってば」
『何に忙しいのよ』
「… 用事は何なの?」
『今度のお正月、帰って来るわよね?』
長野に来て初めての正月、どうするか全く決めていなかった。
「帰ると思う」
『思うじゃなくて帰りなさい。お父さんも楽しみにしてるから』
「うん」
『この間そっちに荷物送ったけど、届いてる?』
「…まだ」
先週ポストに不在票が入っていた、再配達依頼を依頼するのをすっかり忘れていた。
『箱の中全部確認してね』
「全部って?」
『届いてからのお楽しみ~』
やけに上機嫌だ。
「受け取ったら連絡する」
『はいはーい』
電話を切って、さっそく不在票を探した。明日は日曜だから午前中には受け取れる。再配達ダイヤルのガイダンスに沿って番号を入力した。
「遥人君、気になってるよね」
結局電話する事にした。着信履歴から遥人君の電話番号を選択して発信ボタンを押した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...