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赤
赤③
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車内で私が口を利かない理由を洋介は知らない。頭の中であの母親の言葉を反芻しながら時々奥歯を軋ませた。
「そろそろ何か言えよ。気に入らない事でもあったのか?」
洋介は苛立ってきている。
「とにかく親父がいる日曜にもう1回来ないとな」
洋介が容易くそう言う。さっき玄関で見送った母親の態度と発言は次回を期待するかのような愛想だった。二度と接触するなと言っていたはずの母親は何を思ってか洋介に私を家まで送るよう言いつけた。
ようやく口を開く事ができたのは車が高速道路を降りた時だった。
「来週」
「え?」
「来週、実家に帰る用事ってある?」
「帰るっていうよりも家族で外食する予定だけど」
「家族って、洋介の?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「なんでもない」
「なんだよそれ、やっと喋ったと思ったら」
洋介は弱ったという顔をしてハンドルを切った。
「ほら、もう着くぞ」
私の住むマンションの前に車を止めて洋介は大きく溜息をついた。
「あゆみ、どうしたんだよ。変だぞ?」
このまま何も言わずに車を降りようと思った、ドアに手を掛けると洋介に右腕を掴まれた。心配そうに私を見つめている。
「おい」
その一言で私の目からは涙が溢れ出した。喉の奥が痛くなって嗚咽が出そうなのを堪えながら呼吸を整えた。母親に言われた事を全て話すと洋介は携帯電話を取り出した。
「そんな事聞いてない、俺が言ってやるからちょっと待ってろ」
洋介は声に怒りを滲ませた。
「お母さんに電話するの?」
「そうだよ、何勝手な事言ってんだか。俺はあゆみと結婚する」
「やめて、今電話しないで」
「は?」
「何言ってもきっと無駄よ」
「じゃあどうするんだよ」
「説得してきてよ。洋介のお父さんがいる時じゃなきゃ意味ないでしょ?」
洋介は考えるように遠くを見た。
「そうだな。親父がどう思ってるのか聞いてないし」
ようやく止まりつつある涙をハンカチで拭い、私は言った。
「洋介、私を裏切らないで」
「わかってる。何とかするから」
洋介はCDの再生ボタンを押し、アコースティックギターの音色が流れ出した。
「落ち着くまでゆっくりしていけよ」
さっきまであんなに興奮していたのに眠気が襲ってきた。昨夜から緊張したままで疲労が絶えなかった。洋介の手が私の指先を包むと温もりで心がほぐれていき瞼はゆっくりと閉じた。そして全ては夢だったかのように周りの景色は消えていった。
洋介は説得したらまた連絡すると言っていた。翌週の深夜0時を過ぎて電話が鳴った。
「はい」
「あゆみ…」
洋介は名前を呼ぶと何故か黙り込んだ。
「どうなったの?」
「……悪い」
「何が?」
「詳しい事は会って話すから」
「だから、何がよ」
「えっと…」
洋介が話す内容を聞いて私は携帯電話をベッドに落とした。画面に通話時間が刻まれていくのを見ながら何が起こっているのか考えた。端末から洋介の声が微かに聞こえてくる、程なくして通話終了の文字が現れると画面は待ち受けへと切り替わった。
「そろそろ何か言えよ。気に入らない事でもあったのか?」
洋介は苛立ってきている。
「とにかく親父がいる日曜にもう1回来ないとな」
洋介が容易くそう言う。さっき玄関で見送った母親の態度と発言は次回を期待するかのような愛想だった。二度と接触するなと言っていたはずの母親は何を思ってか洋介に私を家まで送るよう言いつけた。
ようやく口を開く事ができたのは車が高速道路を降りた時だった。
「来週」
「え?」
「来週、実家に帰る用事ってある?」
「帰るっていうよりも家族で外食する予定だけど」
「家族って、洋介の?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「なんでもない」
「なんだよそれ、やっと喋ったと思ったら」
洋介は弱ったという顔をしてハンドルを切った。
「ほら、もう着くぞ」
私の住むマンションの前に車を止めて洋介は大きく溜息をついた。
「あゆみ、どうしたんだよ。変だぞ?」
このまま何も言わずに車を降りようと思った、ドアに手を掛けると洋介に右腕を掴まれた。心配そうに私を見つめている。
「おい」
その一言で私の目からは涙が溢れ出した。喉の奥が痛くなって嗚咽が出そうなのを堪えながら呼吸を整えた。母親に言われた事を全て話すと洋介は携帯電話を取り出した。
「そんな事聞いてない、俺が言ってやるからちょっと待ってろ」
洋介は声に怒りを滲ませた。
「お母さんに電話するの?」
「そうだよ、何勝手な事言ってんだか。俺はあゆみと結婚する」
「やめて、今電話しないで」
「は?」
「何言ってもきっと無駄よ」
「じゃあどうするんだよ」
「説得してきてよ。洋介のお父さんがいる時じゃなきゃ意味ないでしょ?」
洋介は考えるように遠くを見た。
「そうだな。親父がどう思ってるのか聞いてないし」
ようやく止まりつつある涙をハンカチで拭い、私は言った。
「洋介、私を裏切らないで」
「わかってる。何とかするから」
洋介はCDの再生ボタンを押し、アコースティックギターの音色が流れ出した。
「落ち着くまでゆっくりしていけよ」
さっきまであんなに興奮していたのに眠気が襲ってきた。昨夜から緊張したままで疲労が絶えなかった。洋介の手が私の指先を包むと温もりで心がほぐれていき瞼はゆっくりと閉じた。そして全ては夢だったかのように周りの景色は消えていった。
洋介は説得したらまた連絡すると言っていた。翌週の深夜0時を過ぎて電話が鳴った。
「はい」
「あゆみ…」
洋介は名前を呼ぶと何故か黙り込んだ。
「どうなったの?」
「……悪い」
「何が?」
「詳しい事は会って話すから」
「だから、何がよ」
「えっと…」
洋介が話す内容を聞いて私は携帯電話をベッドに落とした。画面に通話時間が刻まれていくのを見ながら何が起こっているのか考えた。端末から洋介の声が微かに聞こえてくる、程なくして通話終了の文字が現れると画面は待ち受けへと切り替わった。
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