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疑惑
疑惑⑬
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タケルがいない。少し前まではいつでもこの部屋の電気はついていてテレビの音が賑やかだった。タケルが遥人君の店に行きだしてからは私が先に帰宅していることが多くなった。お店を手伝うのは夕方までだと言っていたのにお店が繁盛しているからなのかほとんど夜に帰って来る。毎回随分疲れた様子で帰って来るので夕飯は私が作ることにした。タケルは前に作った料理があまりにも不味かったのを気にしているらしく台所に立たなくなった。
鍵を差し込む音が聞こえて玄関を見た、タケルが帰ってきた。
「ただいま」
タケルは目元に笑みを浮かべた。
「おかえり。いつもより早いね」
「うん、今日はお客さんの入りが少なかったから」
靴を脱ぐ時バランスを崩したタケルは転んで尻もちをついた。それを自分で可笑しく思ったのか声を出して笑った。私はどこか気に入らなかった。そんなことで笑っている能天気さに苛立ちながら言った。
「夕飯もうすぐ出来るから、その間に浴槽洗ってくれる?」
「わかった」
タケルはあっけらかんとした顔で風呂場に行った。
夕飯を食べ終わり洗濯機を回すとタケルはリラックスしてテレビを見始めた。
「タケル、店で働くようになってから記憶のほうはどう?」
「うーん、まだ何も」
その返事の何がいけなかったというのか、私は機嫌を悪くして部屋の掃除にも手を付けた。
「どうしたの?」
やっと気付いたタケルは真面目な顔になる。
「なんでもないよ」
「会社で嫌なことでもあったの?」
ストレートに質問してくるタケルに怒りが込み上げた。
「だったら何?聞かせたら解決してくれるの?」
「それは」
「もういい。ねえ、いつまでこのままでいるの?ずっとここで暮らしていくつもり?」
言ってはいけない事だとわかっていても感情が治まらない。
「・・ごめん、迷惑掛けてるよね。早くなんとかしないといけないとは思ってるんだ」
「そんなふうに見えないけど」
タケルはテレビの電源を切った。
「洗い物するよ、洗濯も干しておくから」
急に涙が溢れてきた。それを隠すように部屋と台所のゴミを集めたまま私は玄関の鍵を開けた。
「ゴミ、出してくる」
タケルの返事は聞こえなかった。
夜道を歩いて公園に辿り着いた、私は既に泣いていた。少し冷えた風が通りすぎていく。タケルに対する自分の言動が横山さんの姿と重なり醜く感じる。
ベンチに座って暫く涙が止まるまで待った。誰もいない静かな公園、時々車道にライトが走り偶然ナオさんが声を掛けてくれそうな気がした。そんな都合良く現れる訳がない、けど、会って慰めてもらいたい。この感情が何なのかわからない、ナオさんに兄のような親しみを覚え始めているのかもしれない。
携帯電話を持ってくるのを忘れた、どれくらい時間ぎ経ったのかわからない。涙の痕を消すように服の袖でしっかりと頬を拭いた。タケルに何と言って謝ろうか考えながら家に向かった。
玄関の鍵は開いたままだった。そっと中に入ると台所が綺麗に片付けられていた。風呂場からほんのりボディソープの匂いが漂っている。
「ただいま」
タケルは横になっている。テーブルにはメモが置いてあった。
先に寝るね ごめん
綺麗な字・・・タケルが字を書いたのを初めて見た。
携帯電話を探してメールを確認した、ナオさんから1通届いていた。
今朝の事は気にしないで。鍵当番お疲れ様。
メールを見てもあまり嬉しく感じない。
タケルの寝ている背中を見て小さく呟いた。
「ごめんね」
お風呂に入る準備をしながら安西さんからの返信がない事が気になり携帯電話を見つめた。
鍵を差し込む音が聞こえて玄関を見た、タケルが帰ってきた。
「ただいま」
タケルは目元に笑みを浮かべた。
「おかえり。いつもより早いね」
「うん、今日はお客さんの入りが少なかったから」
靴を脱ぐ時バランスを崩したタケルは転んで尻もちをついた。それを自分で可笑しく思ったのか声を出して笑った。私はどこか気に入らなかった。そんなことで笑っている能天気さに苛立ちながら言った。
「夕飯もうすぐ出来るから、その間に浴槽洗ってくれる?」
「わかった」
タケルはあっけらかんとした顔で風呂場に行った。
夕飯を食べ終わり洗濯機を回すとタケルはリラックスしてテレビを見始めた。
「タケル、店で働くようになってから記憶のほうはどう?」
「うーん、まだ何も」
その返事の何がいけなかったというのか、私は機嫌を悪くして部屋の掃除にも手を付けた。
「どうしたの?」
やっと気付いたタケルは真面目な顔になる。
「なんでもないよ」
「会社で嫌なことでもあったの?」
ストレートに質問してくるタケルに怒りが込み上げた。
「だったら何?聞かせたら解決してくれるの?」
「それは」
「もういい。ねえ、いつまでこのままでいるの?ずっとここで暮らしていくつもり?」
言ってはいけない事だとわかっていても感情が治まらない。
「・・ごめん、迷惑掛けてるよね。早くなんとかしないといけないとは思ってるんだ」
「そんなふうに見えないけど」
タケルはテレビの電源を切った。
「洗い物するよ、洗濯も干しておくから」
急に涙が溢れてきた。それを隠すように部屋と台所のゴミを集めたまま私は玄関の鍵を開けた。
「ゴミ、出してくる」
タケルの返事は聞こえなかった。
夜道を歩いて公園に辿り着いた、私は既に泣いていた。少し冷えた風が通りすぎていく。タケルに対する自分の言動が横山さんの姿と重なり醜く感じる。
ベンチに座って暫く涙が止まるまで待った。誰もいない静かな公園、時々車道にライトが走り偶然ナオさんが声を掛けてくれそうな気がした。そんな都合良く現れる訳がない、けど、会って慰めてもらいたい。この感情が何なのかわからない、ナオさんに兄のような親しみを覚え始めているのかもしれない。
携帯電話を持ってくるのを忘れた、どれくらい時間ぎ経ったのかわからない。涙の痕を消すように服の袖でしっかりと頬を拭いた。タケルに何と言って謝ろうか考えながら家に向かった。
玄関の鍵は開いたままだった。そっと中に入ると台所が綺麗に片付けられていた。風呂場からほんのりボディソープの匂いが漂っている。
「ただいま」
タケルは横になっている。テーブルにはメモが置いてあった。
先に寝るね ごめん
綺麗な字・・・タケルが字を書いたのを初めて見た。
携帯電話を探してメールを確認した、ナオさんから1通届いていた。
今朝の事は気にしないで。鍵当番お疲れ様。
メールを見てもあまり嬉しく感じない。
タケルの寝ている背中を見て小さく呟いた。
「ごめんね」
お風呂に入る準備をしながら安西さんからの返信がない事が気になり携帯電話を見つめた。
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