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疑惑
疑惑⑧
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「ただいまー」
玄関のドアを開けると焦げ臭い空気が私を包んだ。慌てて台所を見ると野菜の破片や黒い塊が散らばっていた。部屋に入るとタケルが苦い顔をして私を見た。
「タケル、何か作ったの?」
テーブルの上にはそれらしく皿に盛られた不器用な物体が用意されていた、茶碗に盛られたご飯は既にかぴかぴになっている。どんな顔をすればいいのか迷った。
「夕夏がいつもやってるみたいに試してみたんだ」
「ありがとう。じゃあ、後で食べようかな」
クローゼットから部屋着を取り出して浴室へ向かった。途中、台所の換気扇を回して異臭を吸い込ませた。シャワーで汗を流しながらあの夕飯の味を予想してみる。フォローの言葉を考えていると昼間お母さんと電話してた事を思い出した。
花絵が結婚・・・中学の時に失恋した、ただそれだけの事をいつまでも引き摺っている幼稚な自分に嫌気がさす。隆平は花絵が好きなんだと知って、いつの間にか花絵と自分を比べるようになった。獣医になるという目標を持っている真っ直ぐな花絵が羨ましくて劣等感が膨らんでいった。大学卒業も間近な時、母は就活もせずに平然としている私に花絵の事を言ってきた。大学卒業後に獣医の国家試験を控えてる、それを聞いて尚更何もしたくなくなった。比べる相手が悪い。私に未来へのビジョンというものがない事を心配してお父さんは知り合いが経営する食品会社に就職することを勧めた。それが現在の勤務先「三宝(さんぽう)食品」だ。
就職先が他県だから地元を離れなければいけないという理由を得られた時、これで心が開放されると思った。知らない土地に移ることに全く抵抗がない訳ではなかったけど、思い出を捨てられるなら苦じゃないと思い決心した。
シャワーを止めてタオルを手に取った。部屋着を身に纏い風呂場を出ると台所の焦げ臭さが私に課題を思い出させた。
「携帯鳴ってたよ」
タケルはテーブルの上に置いたグラスにお茶を注いだ。
「ありがとう」
着信を確認するとお母さんからだった。花絵の結婚相手をどうしても知らせたいらしい。携帯を待ち受け画面に戻しベッドへ投げた。
「いただきます」
慎重に口へ運んだ物体はかなりの代物だった。まずは焦げた匂いが鼻腔を突きさした、そして噛んだ瞬間嫌に柔らかい中身が汁をだして何かが込み上げた。たぶんこれは鶏肉で生焼けだ。飲み込む事ができない、もう駄目だ。
「タケル、ちょっとあっち向いてて」
「うん」
ティッシュに吐き出し見られないようにとゴミ箱に捨てた。
「頑張って作ってくれてありがと。食欲ないからちょっとだけにしておくね」
振り返ったタケルは自分もその塊を口にすると暫く口をもごつかせて飲み込んだ、私は生焼けが心配になった。
「ごめん」
タケルは心底申し訳なさそうにする、あまりに落ち込む様子に焦って言った。
「全然、火の加減がわかんなかったんだよね。私も最初に料理したときはそんなんだったから」
ご飯と野菜だけをなんとか食べる。
「台所全部片付けるから、本当にごめん」
「気にしなくていいよ、また今度料理教えるね」
何か気になる音がして耳を澄ますと携帯電話が震える音だった。まだ花絵の事を言おうとしてるのかとしつこく思いながら画面を見ると遥人君からだった。
「もしもし」
「あっ夕夏さん。タケルさんいますか?」
「いるけど、どうしたの?」
「ちょっとお願いしたいことがあって。でも、夕夏さんに聞いたほうがいいのかな」
「どんな事?」
「俺んちの店、昼も定食でやってるんすけど手が足りなくて、もし良かったらタケルさんに手伝いに来てもらえないかなって」
台所の方を見た。タケルが散らばった野菜を掃除している。
「タケルができる事って何があるかな?」
「定食運んだり片付けたり、時々洗い物とか。注文は俺が取るんで大丈夫です」
それくらいならできそうだ。それに、もしかしたら誰かタケルを知っている人に会えるチャンスかもしれない。
「タケルに聞いとくね。多分行くって言うと思うけど」
「まじっすか!助かります、お願いします。詳しい事はメールするんで!」
「わかった」
遥人君は電話を切った。
「タケル?」
スポンジを片手に焦げ付いたフライパン洗いに苦戦するタケルに遥人君の店の話をした。
「行きたい」
タケルも家にずっといるより人と接する機会があるほうが絶対にいい。家事はやり方を教えればすぐに実行してくれるし料理以外の事は何かとこなしている。
早速遥人君から来たメールには、いつも10時に開店準備を始めるからそれまでに来てほしいと書いてある。おじさんとおばさんにはタケルは私の親戚で事情あって暫くこっちにいると言ってあるらしい。
「今日買い物行ってどうだった?誰か話しかけてきたりしなかった?」
「ううん、誰も」
返事は短い。
「またお願いすると思うから道覚えててね」
「大丈夫」
部屋に戻って時計を見た、まだ9時だけど明日は鍵当番だ。ベッドに仰向けで寝ころんだ。寝るつもりはないのにタケルが洗い物をする音が耳に心地よく、髪を乾かさないといけないと思いながら自然と瞼が下りていく。夢との境目でナオさんの話していた内容が断片的に浮かび上がった。
玄関のドアを開けると焦げ臭い空気が私を包んだ。慌てて台所を見ると野菜の破片や黒い塊が散らばっていた。部屋に入るとタケルが苦い顔をして私を見た。
「タケル、何か作ったの?」
テーブルの上にはそれらしく皿に盛られた不器用な物体が用意されていた、茶碗に盛られたご飯は既にかぴかぴになっている。どんな顔をすればいいのか迷った。
「夕夏がいつもやってるみたいに試してみたんだ」
「ありがとう。じゃあ、後で食べようかな」
クローゼットから部屋着を取り出して浴室へ向かった。途中、台所の換気扇を回して異臭を吸い込ませた。シャワーで汗を流しながらあの夕飯の味を予想してみる。フォローの言葉を考えていると昼間お母さんと電話してた事を思い出した。
花絵が結婚・・・中学の時に失恋した、ただそれだけの事をいつまでも引き摺っている幼稚な自分に嫌気がさす。隆平は花絵が好きなんだと知って、いつの間にか花絵と自分を比べるようになった。獣医になるという目標を持っている真っ直ぐな花絵が羨ましくて劣等感が膨らんでいった。大学卒業も間近な時、母は就活もせずに平然としている私に花絵の事を言ってきた。大学卒業後に獣医の国家試験を控えてる、それを聞いて尚更何もしたくなくなった。比べる相手が悪い。私に未来へのビジョンというものがない事を心配してお父さんは知り合いが経営する食品会社に就職することを勧めた。それが現在の勤務先「三宝(さんぽう)食品」だ。
就職先が他県だから地元を離れなければいけないという理由を得られた時、これで心が開放されると思った。知らない土地に移ることに全く抵抗がない訳ではなかったけど、思い出を捨てられるなら苦じゃないと思い決心した。
シャワーを止めてタオルを手に取った。部屋着を身に纏い風呂場を出ると台所の焦げ臭さが私に課題を思い出させた。
「携帯鳴ってたよ」
タケルはテーブルの上に置いたグラスにお茶を注いだ。
「ありがとう」
着信を確認するとお母さんからだった。花絵の結婚相手をどうしても知らせたいらしい。携帯を待ち受け画面に戻しベッドへ投げた。
「いただきます」
慎重に口へ運んだ物体はかなりの代物だった。まずは焦げた匂いが鼻腔を突きさした、そして噛んだ瞬間嫌に柔らかい中身が汁をだして何かが込み上げた。たぶんこれは鶏肉で生焼けだ。飲み込む事ができない、もう駄目だ。
「タケル、ちょっとあっち向いてて」
「うん」
ティッシュに吐き出し見られないようにとゴミ箱に捨てた。
「頑張って作ってくれてありがと。食欲ないからちょっとだけにしておくね」
振り返ったタケルは自分もその塊を口にすると暫く口をもごつかせて飲み込んだ、私は生焼けが心配になった。
「ごめん」
タケルは心底申し訳なさそうにする、あまりに落ち込む様子に焦って言った。
「全然、火の加減がわかんなかったんだよね。私も最初に料理したときはそんなんだったから」
ご飯と野菜だけをなんとか食べる。
「台所全部片付けるから、本当にごめん」
「気にしなくていいよ、また今度料理教えるね」
何か気になる音がして耳を澄ますと携帯電話が震える音だった。まだ花絵の事を言おうとしてるのかとしつこく思いながら画面を見ると遥人君からだった。
「もしもし」
「あっ夕夏さん。タケルさんいますか?」
「いるけど、どうしたの?」
「ちょっとお願いしたいことがあって。でも、夕夏さんに聞いたほうがいいのかな」
「どんな事?」
「俺んちの店、昼も定食でやってるんすけど手が足りなくて、もし良かったらタケルさんに手伝いに来てもらえないかなって」
台所の方を見た。タケルが散らばった野菜を掃除している。
「タケルができる事って何があるかな?」
「定食運んだり片付けたり、時々洗い物とか。注文は俺が取るんで大丈夫です」
それくらいならできそうだ。それに、もしかしたら誰かタケルを知っている人に会えるチャンスかもしれない。
「タケルに聞いとくね。多分行くって言うと思うけど」
「まじっすか!助かります、お願いします。詳しい事はメールするんで!」
「わかった」
遥人君は電話を切った。
「タケル?」
スポンジを片手に焦げ付いたフライパン洗いに苦戦するタケルに遥人君の店の話をした。
「行きたい」
タケルも家にずっといるより人と接する機会があるほうが絶対にいい。家事はやり方を教えればすぐに実行してくれるし料理以外の事は何かとこなしている。
早速遥人君から来たメールには、いつも10時に開店準備を始めるからそれまでに来てほしいと書いてある。おじさんとおばさんにはタケルは私の親戚で事情あって暫くこっちにいると言ってあるらしい。
「今日買い物行ってどうだった?誰か話しかけてきたりしなかった?」
「ううん、誰も」
返事は短い。
「またお願いすると思うから道覚えててね」
「大丈夫」
部屋に戻って時計を見た、まだ9時だけど明日は鍵当番だ。ベッドに仰向けで寝ころんだ。寝るつもりはないのにタケルが洗い物をする音が耳に心地よく、髪を乾かさないといけないと思いながら自然と瞼が下りていく。夢との境目でナオさんの話していた内容が断片的に浮かび上がった。
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