46 / 95
疑惑
疑惑⑧
しおりを挟む
「ただいまー」
玄関のドアを開けると焦げ臭い空気が私を包んだ。慌てて台所を見ると野菜の破片や黒い塊が散らばっていた。部屋に入るとタケルが苦い顔をして私を見た。
「タケル、何か作ったの?」
テーブルの上にはそれらしく皿に盛られた不器用な物体が用意されていた、茶碗に盛られたご飯は既にかぴかぴになっている。どんな顔をすればいいのか迷った。
「夕夏がいつもやってるみたいに試してみたんだ」
「ありがとう。じゃあ、後で食べようかな」
クローゼットから部屋着を取り出して浴室へ向かった。途中、台所の換気扇を回して異臭を吸い込ませた。シャワーで汗を流しながらあの夕飯の味を予想してみる。フォローの言葉を考えていると昼間お母さんと電話してた事を思い出した。
花絵が結婚・・・中学の時に失恋した、ただそれだけの事をいつまでも引き摺っている幼稚な自分に嫌気がさす。隆平は花絵が好きなんだと知って、いつの間にか花絵と自分を比べるようになった。獣医になるという目標を持っている真っ直ぐな花絵が羨ましくて劣等感が膨らんでいった。大学卒業も間近な時、母は就活もせずに平然としている私に花絵の事を言ってきた。大学卒業後に獣医の国家試験を控えてる、それを聞いて尚更何もしたくなくなった。比べる相手が悪い。私に未来へのビジョンというものがない事を心配してお父さんは知り合いが経営する食品会社に就職することを勧めた。それが現在の勤務先「三宝(さんぽう)食品」だ。
就職先が他県だから地元を離れなければいけないという理由を得られた時、これで心が開放されると思った。知らない土地に移ることに全く抵抗がない訳ではなかったけど、思い出を捨てられるなら苦じゃないと思い決心した。
シャワーを止めてタオルを手に取った。部屋着を身に纏い風呂場を出ると台所の焦げ臭さが私に課題を思い出させた。
「携帯鳴ってたよ」
タケルはテーブルの上に置いたグラスにお茶を注いだ。
「ありがとう」
着信を確認するとお母さんからだった。花絵の結婚相手をどうしても知らせたいらしい。携帯を待ち受け画面に戻しベッドへ投げた。
「いただきます」
慎重に口へ運んだ物体はかなりの代物だった。まずは焦げた匂いが鼻腔を突きさした、そして噛んだ瞬間嫌に柔らかい中身が汁をだして何かが込み上げた。たぶんこれは鶏肉で生焼けだ。飲み込む事ができない、もう駄目だ。
「タケル、ちょっとあっち向いてて」
「うん」
ティッシュに吐き出し見られないようにとゴミ箱に捨てた。
「頑張って作ってくれてありがと。食欲ないからちょっとだけにしておくね」
振り返ったタケルは自分もその塊を口にすると暫く口をもごつかせて飲み込んだ、私は生焼けが心配になった。
「ごめん」
タケルは心底申し訳なさそうにする、あまりに落ち込む様子に焦って言った。
「全然、火の加減がわかんなかったんだよね。私も最初に料理したときはそんなんだったから」
ご飯と野菜だけをなんとか食べる。
「台所全部片付けるから、本当にごめん」
「気にしなくていいよ、また今度料理教えるね」
何か気になる音がして耳を澄ますと携帯電話が震える音だった。まだ花絵の事を言おうとしてるのかとしつこく思いながら画面を見ると遥人君からだった。
「もしもし」
「あっ夕夏さん。タケルさんいますか?」
「いるけど、どうしたの?」
「ちょっとお願いしたいことがあって。でも、夕夏さんに聞いたほうがいいのかな」
「どんな事?」
「俺んちの店、昼も定食でやってるんすけど手が足りなくて、もし良かったらタケルさんに手伝いに来てもらえないかなって」
台所の方を見た。タケルが散らばった野菜を掃除している。
「タケルができる事って何があるかな?」
「定食運んだり片付けたり、時々洗い物とか。注文は俺が取るんで大丈夫です」
それくらいならできそうだ。それに、もしかしたら誰かタケルを知っている人に会えるチャンスかもしれない。
「タケルに聞いとくね。多分行くって言うと思うけど」
「まじっすか!助かります、お願いします。詳しい事はメールするんで!」
「わかった」
遥人君は電話を切った。
「タケル?」
スポンジを片手に焦げ付いたフライパン洗いに苦戦するタケルに遥人君の店の話をした。
「行きたい」
タケルも家にずっといるより人と接する機会があるほうが絶対にいい。家事はやり方を教えればすぐに実行してくれるし料理以外の事は何かとこなしている。
早速遥人君から来たメールには、いつも10時に開店準備を始めるからそれまでに来てほしいと書いてある。おじさんとおばさんにはタケルは私の親戚で事情あって暫くこっちにいると言ってあるらしい。
「今日買い物行ってどうだった?誰か話しかけてきたりしなかった?」
「ううん、誰も」
返事は短い。
「またお願いすると思うから道覚えててね」
「大丈夫」
部屋に戻って時計を見た、まだ9時だけど明日は鍵当番だ。ベッドに仰向けで寝ころんだ。寝るつもりはないのにタケルが洗い物をする音が耳に心地よく、髪を乾かさないといけないと思いながら自然と瞼が下りていく。夢との境目でナオさんの話していた内容が断片的に浮かび上がった。
玄関のドアを開けると焦げ臭い空気が私を包んだ。慌てて台所を見ると野菜の破片や黒い塊が散らばっていた。部屋に入るとタケルが苦い顔をして私を見た。
「タケル、何か作ったの?」
テーブルの上にはそれらしく皿に盛られた不器用な物体が用意されていた、茶碗に盛られたご飯は既にかぴかぴになっている。どんな顔をすればいいのか迷った。
「夕夏がいつもやってるみたいに試してみたんだ」
「ありがとう。じゃあ、後で食べようかな」
クローゼットから部屋着を取り出して浴室へ向かった。途中、台所の換気扇を回して異臭を吸い込ませた。シャワーで汗を流しながらあの夕飯の味を予想してみる。フォローの言葉を考えていると昼間お母さんと電話してた事を思い出した。
花絵が結婚・・・中学の時に失恋した、ただそれだけの事をいつまでも引き摺っている幼稚な自分に嫌気がさす。隆平は花絵が好きなんだと知って、いつの間にか花絵と自分を比べるようになった。獣医になるという目標を持っている真っ直ぐな花絵が羨ましくて劣等感が膨らんでいった。大学卒業も間近な時、母は就活もせずに平然としている私に花絵の事を言ってきた。大学卒業後に獣医の国家試験を控えてる、それを聞いて尚更何もしたくなくなった。比べる相手が悪い。私に未来へのビジョンというものがない事を心配してお父さんは知り合いが経営する食品会社に就職することを勧めた。それが現在の勤務先「三宝(さんぽう)食品」だ。
就職先が他県だから地元を離れなければいけないという理由を得られた時、これで心が開放されると思った。知らない土地に移ることに全く抵抗がない訳ではなかったけど、思い出を捨てられるなら苦じゃないと思い決心した。
シャワーを止めてタオルを手に取った。部屋着を身に纏い風呂場を出ると台所の焦げ臭さが私に課題を思い出させた。
「携帯鳴ってたよ」
タケルはテーブルの上に置いたグラスにお茶を注いだ。
「ありがとう」
着信を確認するとお母さんからだった。花絵の結婚相手をどうしても知らせたいらしい。携帯を待ち受け画面に戻しベッドへ投げた。
「いただきます」
慎重に口へ運んだ物体はかなりの代物だった。まずは焦げた匂いが鼻腔を突きさした、そして噛んだ瞬間嫌に柔らかい中身が汁をだして何かが込み上げた。たぶんこれは鶏肉で生焼けだ。飲み込む事ができない、もう駄目だ。
「タケル、ちょっとあっち向いてて」
「うん」
ティッシュに吐き出し見られないようにとゴミ箱に捨てた。
「頑張って作ってくれてありがと。食欲ないからちょっとだけにしておくね」
振り返ったタケルは自分もその塊を口にすると暫く口をもごつかせて飲み込んだ、私は生焼けが心配になった。
「ごめん」
タケルは心底申し訳なさそうにする、あまりに落ち込む様子に焦って言った。
「全然、火の加減がわかんなかったんだよね。私も最初に料理したときはそんなんだったから」
ご飯と野菜だけをなんとか食べる。
「台所全部片付けるから、本当にごめん」
「気にしなくていいよ、また今度料理教えるね」
何か気になる音がして耳を澄ますと携帯電話が震える音だった。まだ花絵の事を言おうとしてるのかとしつこく思いながら画面を見ると遥人君からだった。
「もしもし」
「あっ夕夏さん。タケルさんいますか?」
「いるけど、どうしたの?」
「ちょっとお願いしたいことがあって。でも、夕夏さんに聞いたほうがいいのかな」
「どんな事?」
「俺んちの店、昼も定食でやってるんすけど手が足りなくて、もし良かったらタケルさんに手伝いに来てもらえないかなって」
台所の方を見た。タケルが散らばった野菜を掃除している。
「タケルができる事って何があるかな?」
「定食運んだり片付けたり、時々洗い物とか。注文は俺が取るんで大丈夫です」
それくらいならできそうだ。それに、もしかしたら誰かタケルを知っている人に会えるチャンスかもしれない。
「タケルに聞いとくね。多分行くって言うと思うけど」
「まじっすか!助かります、お願いします。詳しい事はメールするんで!」
「わかった」
遥人君は電話を切った。
「タケル?」
スポンジを片手に焦げ付いたフライパン洗いに苦戦するタケルに遥人君の店の話をした。
「行きたい」
タケルも家にずっといるより人と接する機会があるほうが絶対にいい。家事はやり方を教えればすぐに実行してくれるし料理以外の事は何かとこなしている。
早速遥人君から来たメールには、いつも10時に開店準備を始めるからそれまでに来てほしいと書いてある。おじさんとおばさんにはタケルは私の親戚で事情あって暫くこっちにいると言ってあるらしい。
「今日買い物行ってどうだった?誰か話しかけてきたりしなかった?」
「ううん、誰も」
返事は短い。
「またお願いすると思うから道覚えててね」
「大丈夫」
部屋に戻って時計を見た、まだ9時だけど明日は鍵当番だ。ベッドに仰向けで寝ころんだ。寝るつもりはないのにタケルが洗い物をする音が耳に心地よく、髪を乾かさないといけないと思いながら自然と瞼が下りていく。夢との境目でナオさんの話していた内容が断片的に浮かび上がった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる