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封筒
封筒⑯
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「橋詰さん、おはよう」
トイレから出て手を洗おうとすると横山さんが入って来た。タイミングが悪い。
「おはようございます」
手を洗いながら鏡を見た、腕組みをして後ろに立っている。
「仕事終わりに何かあるの?」
私が化粧をいつもより丁寧にしている事が気になっているらしい。
「ちょっと友達とご飯に」
合コンだなんてこの人にだけは口が裂けても言いたくない。
「ふ~ん。綺麗なアイシャドウね」
ハンカチで手を拭き振り返った。横を通ろうとすると顔を近づけてきた。
「男受けしそう」
頬が引きつった、見透かすように私の口元と目を交互に観察してくる。ふわりと漂う香水の匂いを脳が“嫌悪”と記憶した。
「横山さん程ではないですけど」
何か一言と思って出た言葉だった。横山さんはそれを鼻で笑った。
事務所は張り詰めた空気になっている。いつもよりパソコンの打つ音が荒く聞こえる。昨日発注漏れの大きなミスがあったことで仕事が増えて通常の業務が大幅に遅れていた。部長は何度も大きな溜め息をつきながら書類に目を通している。ミスをしたのは安西さんだった。つい先日も伝票の計算を間違った事で横山さんに指摘されたところに重ねて今回の失敗はかなりの痛手だ。
「安西さん、頼んでおいた納品書の作成出来てる?」
経理の山下さんがデスク越しに聞いた。
「まだです、すみません。お昼までには仕上げます」
「出来るだけ急いで。あと橋詰さん、伝票整理は今しなくていいからこっちを先にしてくれる?」
「はい、すみません」
席を立ちあがりファイルを受け取った。安西さんは私を見て申し訳なさそうに会釈した。
安西さんの気持ちを考えると辛くなった。精神面が業務に支障をきたしているのは確かだ。
「11時のアポ行って来ます」
柳瀬さんが部長に向かって言った。ホワイトボードに予定が書いてあるのを確認すると部長は浮いた返事をした。柳瀬さんは営業で出掛ける時ドアを閉める直前にいつも安西さんを見る、でも今日は皆が慌ただしいせいか振り向きもせず出て行った。
退勤時間が近付いてきた、定時ならあと40分で上がれる。ただ、言い出しにくい。時計を気にしていると横山さんが口を開いた。
「橋詰さんも入社時に比べたら慣れてきたみたいだし、私の仕事手伝ってくれないかしら」
「それは、今日ですか」
「駄目?皆まだ仕事が終わらないみたいだし、橋詰さんならできるかと思って頼んでるんだけど。あ、でも今日何か約束があるって言ってたわよね」
部長と経理の山下さんが聞き耳を立てている気がした。
「いえ、大丈夫です。手伝います」
意地になって引き受けてしまった。会社が大変な時に合コンを優先するなんて知られたらどんな目で見られるか。
渡された企業名を見て調べた情報をフォーマットに打ち込んでいく。おまけに地図まで貼り付けないといけない。頼まれたのは営業先リストの作成だった。見るからに時間が掛かりそうな内容だ。智香にメールしておかないと・・・
「それ、すごく大事なリストだから間違わないように気を付けてね」
鮮やかなチェリーピンクの口紅が嫌に目につく。今朝の香水の匂いを思い出した。
「わかりました」
「いらっしゃませー、何名様ですか?」
「あの、先に入ってるので探します」
白シャツに黒の長いエプロンを巻いて洒落た店員は奥の席を見た。
「あっ夕夏!遅いよー。お疲れ様~」
智香が大きく手を振った。席に近づくと7人全員が私を見た。
「この子が夕夏、私の高校の時の同級生だよ」
「はじめまして、橋詰夕夏です」
「ゆうかちゃん初めましてー」
シルバーのアクセサリーを付けてキャップを被った男が気さくに挨拶をした。
「ここ座って」
智香の隣が空いていた、端の席だ。智香以外は女子も皆初対面、間に挟まれない事にほっとした。鞄をどこに置こうか迷っていると向かい席の男が指で足元を示した。
「下に籠があるから入れたら?」
「ありがとうございます」
椅子に座ると店員がお絞りを広げて手渡してくれた。
「じゃあみんな揃った事だし、もう1回乾杯するか!」キャップを被った男が仕切っている。このタイプは苦手だ。
「乾杯~」
他の席の人達がこっちを見ている。いかにも合コンという感じの席並びに恥ずかしくなった。
「中田さんから話は聞いてます、僕が同じ職場の長谷川です」
白と紺のストライプシャツを着ている智香の先輩はさわやかな印象で挨拶をした。焼けた肌が遊び人のように見えるけど、智香曰く面倒見の良いお兄さんタイプらしい。
「よろしくお願いします」
「何、固いよ~。もっと楽に話していいから」
キャップの男が割り込んできた。
「そうそう、俺達さっきあだ名付けたところなんだよね。ゆうかちゃんもなんかあだ名付けようよ」反対の端の席で顔を赤くしたパーマヘアが余計な事を言ってくる。お酒に弱いのが見るからにわかる。
「あっ、夕夏高校の時に”ゆっか”って呼ばれてたよね?」
「うん、そう呼ばれてる時もあったね」
「ゆっか!いいじゃん、それにしよう。はいっ、ゆっかが今から自己紹介しま~す」
キャップ男・・・
苦い顔をしていると間の席に座っている一番まともそうな人がキャップ男の肩を手の甲で叩いた。
「お前いきなりやりにくい空気作るなよ。困ってるだろ」
「えっ、俺ハードル上げちゃった?」
キャップ男がおどけて見せると女子に笑いが起きた。何が面白いんだか。
「ゆっかの自己紹介はもう少ししてからね」
智香が甘い声を出す。
コース料理のメインが運ばれて来た、女の子たちは手を軽く叩いて可愛い仕草を見せた。皆楽しそうにしている。合わせようと思ってはいるものの、安西さんの事が気掛かりでうわの空になっている私を時々智香が肘で突いた。
トイレから出て手を洗おうとすると横山さんが入って来た。タイミングが悪い。
「おはようございます」
手を洗いながら鏡を見た、腕組みをして後ろに立っている。
「仕事終わりに何かあるの?」
私が化粧をいつもより丁寧にしている事が気になっているらしい。
「ちょっと友達とご飯に」
合コンだなんてこの人にだけは口が裂けても言いたくない。
「ふ~ん。綺麗なアイシャドウね」
ハンカチで手を拭き振り返った。横を通ろうとすると顔を近づけてきた。
「男受けしそう」
頬が引きつった、見透かすように私の口元と目を交互に観察してくる。ふわりと漂う香水の匂いを脳が“嫌悪”と記憶した。
「横山さん程ではないですけど」
何か一言と思って出た言葉だった。横山さんはそれを鼻で笑った。
事務所は張り詰めた空気になっている。いつもよりパソコンの打つ音が荒く聞こえる。昨日発注漏れの大きなミスがあったことで仕事が増えて通常の業務が大幅に遅れていた。部長は何度も大きな溜め息をつきながら書類に目を通している。ミスをしたのは安西さんだった。つい先日も伝票の計算を間違った事で横山さんに指摘されたところに重ねて今回の失敗はかなりの痛手だ。
「安西さん、頼んでおいた納品書の作成出来てる?」
経理の山下さんがデスク越しに聞いた。
「まだです、すみません。お昼までには仕上げます」
「出来るだけ急いで。あと橋詰さん、伝票整理は今しなくていいからこっちを先にしてくれる?」
「はい、すみません」
席を立ちあがりファイルを受け取った。安西さんは私を見て申し訳なさそうに会釈した。
安西さんの気持ちを考えると辛くなった。精神面が業務に支障をきたしているのは確かだ。
「11時のアポ行って来ます」
柳瀬さんが部長に向かって言った。ホワイトボードに予定が書いてあるのを確認すると部長は浮いた返事をした。柳瀬さんは営業で出掛ける時ドアを閉める直前にいつも安西さんを見る、でも今日は皆が慌ただしいせいか振り向きもせず出て行った。
退勤時間が近付いてきた、定時ならあと40分で上がれる。ただ、言い出しにくい。時計を気にしていると横山さんが口を開いた。
「橋詰さんも入社時に比べたら慣れてきたみたいだし、私の仕事手伝ってくれないかしら」
「それは、今日ですか」
「駄目?皆まだ仕事が終わらないみたいだし、橋詰さんならできるかと思って頼んでるんだけど。あ、でも今日何か約束があるって言ってたわよね」
部長と経理の山下さんが聞き耳を立てている気がした。
「いえ、大丈夫です。手伝います」
意地になって引き受けてしまった。会社が大変な時に合コンを優先するなんて知られたらどんな目で見られるか。
渡された企業名を見て調べた情報をフォーマットに打ち込んでいく。おまけに地図まで貼り付けないといけない。頼まれたのは営業先リストの作成だった。見るからに時間が掛かりそうな内容だ。智香にメールしておかないと・・・
「それ、すごく大事なリストだから間違わないように気を付けてね」
鮮やかなチェリーピンクの口紅が嫌に目につく。今朝の香水の匂いを思い出した。
「わかりました」
「いらっしゃませー、何名様ですか?」
「あの、先に入ってるので探します」
白シャツに黒の長いエプロンを巻いて洒落た店員は奥の席を見た。
「あっ夕夏!遅いよー。お疲れ様~」
智香が大きく手を振った。席に近づくと7人全員が私を見た。
「この子が夕夏、私の高校の時の同級生だよ」
「はじめまして、橋詰夕夏です」
「ゆうかちゃん初めましてー」
シルバーのアクセサリーを付けてキャップを被った男が気さくに挨拶をした。
「ここ座って」
智香の隣が空いていた、端の席だ。智香以外は女子も皆初対面、間に挟まれない事にほっとした。鞄をどこに置こうか迷っていると向かい席の男が指で足元を示した。
「下に籠があるから入れたら?」
「ありがとうございます」
椅子に座ると店員がお絞りを広げて手渡してくれた。
「じゃあみんな揃った事だし、もう1回乾杯するか!」キャップを被った男が仕切っている。このタイプは苦手だ。
「乾杯~」
他の席の人達がこっちを見ている。いかにも合コンという感じの席並びに恥ずかしくなった。
「中田さんから話は聞いてます、僕が同じ職場の長谷川です」
白と紺のストライプシャツを着ている智香の先輩はさわやかな印象で挨拶をした。焼けた肌が遊び人のように見えるけど、智香曰く面倒見の良いお兄さんタイプらしい。
「よろしくお願いします」
「何、固いよ~。もっと楽に話していいから」
キャップの男が割り込んできた。
「そうそう、俺達さっきあだ名付けたところなんだよね。ゆうかちゃんもなんかあだ名付けようよ」反対の端の席で顔を赤くしたパーマヘアが余計な事を言ってくる。お酒に弱いのが見るからにわかる。
「あっ、夕夏高校の時に”ゆっか”って呼ばれてたよね?」
「うん、そう呼ばれてる時もあったね」
「ゆっか!いいじゃん、それにしよう。はいっ、ゆっかが今から自己紹介しま~す」
キャップ男・・・
苦い顔をしていると間の席に座っている一番まともそうな人がキャップ男の肩を手の甲で叩いた。
「お前いきなりやりにくい空気作るなよ。困ってるだろ」
「えっ、俺ハードル上げちゃった?」
キャップ男がおどけて見せると女子に笑いが起きた。何が面白いんだか。
「ゆっかの自己紹介はもう少ししてからね」
智香が甘い声を出す。
コース料理のメインが運ばれて来た、女の子たちは手を軽く叩いて可愛い仕草を見せた。皆楽しそうにしている。合わせようと思ってはいるものの、安西さんの事が気掛かりでうわの空になっている私を時々智香が肘で突いた。
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