花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

文字の大きさ
上 下
23 / 95
封筒

封筒⑫

しおりを挟む
「ハシヅメ ユウカさん?」
「はい、名前を言ったら通してもらえると聞きました」 
「患者さんのお名前は?」
「名前がわからないんです。記憶喪失でここへ検査しに来てる人なんですけど」
受付のお姉さんは怪訝な顔をしてファイルを調べている。
「確認して来ますのでお待ちいただけますか」
「はい、お願いします」
遥人君と莉奈ちゃんはそわそわしている。
「すげー、めっちゃワクワクする」
「うんうん、早く部屋行きたいね」
暫くしてお姉さんが戻ってきた。
「今日はおひとりで来られると聞いてるようですけど、後ろの方は?」
「私の親戚です、ちょうどそこで会って」
「そしたら後ろのお2人にも帳簿に名前を記入してもらいますね」
「はい」


受付を無事通過してエレベーターで彼がいるという5階に向かった。病室は相部屋だった、他のベッドには面会者が来ているのか静かな話声が聞こえる。
彼のベッドは空だった。
「あれ、いないじゃん。緊張して損しちゃった」
莉奈ちゃんは頬を膨らます。
「売店にでも行ってるんすかね?」
「ちょっと聞いてくるからここで待ってて」
部屋を出ようとすると看護師が入ってきた。
「すみません、そこのベッドの患者さんどこにいるか分かりますか?」
「今は検査に行ってますね。だいたい1時間だから、もうすぐ戻ってくるはず」
「そうですか。ありがとうございます」
「失礼ですけど、どなたですか?」
「私は」と言いかけたところで邪魔が入った。
「この人が記憶喪失のお兄さんを助けたんです!」
後ろから肩にずっしりと重みが加わり、耳元で弾けたような声がした。
「莉奈ちゃん声大きいよ」
「ごめんなさーい」
莉奈ちゃんは乗り出した顔を引っ込めた。
「そうだったんですか。来てもらった事、喜ぶと思います。唯一知ってる人だろうから」
「まだ何も思い出せないんですか?」
「そうですね、他にもちょっと悩みがあって」
病室が静まり返っている事に気が付いた、看護師さんが左右に大きく目線を動かしたのでこれ以上話すのは止めることにした。彼のベッドに戻ると遥人君がパイプ椅子を広げて用意してくれていた。
「この棚、なんもないな」
「ほんとだ、なんか寂しー」
確かにティッシュの箱すら見当たらない。
「私、トイレに行ってくるね」
廊下を歩きながら色々な思いが巡った。昨日は特に痛がったり苦しそうな様子はなかったけど、記憶を失くしたのは何かの病気が原因なのか、それとも辛い経験からなのか。昨晩ここに泊まりながら何を思っただろうーーー
角から出てきた人が足を止めて私を見ている、その人が彼だと気付くのに数秒かかった。青い病衣を着ているせいでそう見えるのか、随分と顔色が悪い。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺

NOV
恋愛
俺の名前は『五十鈴 隆』 四十九歳の独身だ。 俺は最近、リストラにあい、それが理由で新たな職も探すことなく引きこもり生活が続いていた。 そんなある日、家に客が来る。 その客は喪服を着ている女性で俺の小・中学校時代の大先輩の鎌田志保さんだった。 志保さんは若い頃、幼稚園の先生をしていたんだが…… その志保さんは今から『幼稚園の先生時代』の先輩だった人の『告別式』に行くということだった。 しかし告別式に行く前にその亡くなった先輩がもしかすると俺の知っている先生かもしれないと思い俺に確認しに来たそうだ。 でも亡くなった先生の名前は『山本香織』……俺は名前を聞いても覚えていなかった。 しかし志保さんが帰り際に先輩の旧姓を言った途端、俺の身体に衝撃が走る。 旧姓「常谷香織」…… 常谷……つ、つ、つねちゃん!! あの『つねちゃん』が…… 亡くなった先輩、その人こそ俺が大好きだった人、一番お世話になった人、『常谷香織』先生だったのだ。 その時から俺の頭のでは『つねちゃん』との思い出が次から次へと甦ってくる。 そして俺は気付いたんだ。『つねちゃん』は俺の初恋の人なんだと…… それに気付くと同時に俺は卒園してから一度も『つねちゃん』に会っていなかったことを後悔する。 何で俺はあれだけ好きだった『つねちゃん』に会わなかったんだ!? もし会っていたら……ずっと付き合いが続いていたら……俺がもっと大事にしていれば……俺が『つねちゃん』と結婚していたら……俺が『つねちゃん』を幸せにしてあげたかった…… あくる日、最近、頻繁に起こる頭痛に悩まされていた俺に今までで一番の激痛が起こった!! あまりの激痛に布団に潜り込み目を閉じていたが少しずつ痛みが和らいできたので俺はゆっくり目を開けたのだが…… 目を開けた瞬間、どこか懐かしい光景が目の前に現れる。 何で部屋にいるはずの俺が駅のプラットホームにいるんだ!? 母さんが俺よりも身長が高いうえに若く見えるぞ。 俺の手ってこんなにも小さかったか? そ、それに……な、なぜ俺の目の前に……あ、あの、つねちゃんがいるんだ!? これは夢なのか? それとも……

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...