3 / 95
花絵
花絵③
しおりを挟む
お風呂から上がって部屋に戻るとランプが点滅しているのが見えて携帯を手に取った。
―――隆平だ。
「もしもし」
『夕夏、明日ってなんか予定ある?』
「ないよ」
思い出す前に答える。
『じゃ買い物付き合ってほしいんだけど』
「いいよ、何時からがいい?」
待ち合わせを決めて電話を切った。それからは髪も乾かさずにクローゼットを物色し始めた。
「この機会に服買い替えろって言われてさ」
隆平は面倒そうに言った。私だったら大喜びで服を買いに行くけど。
「で、私に選んで欲しいって?」
「頼むわ」
私が隆平の服を選ぶのは小学校ぶりだった。隆平のお母さんと3人でCモールに行って、服選びに付き合った事がある。そして帰りに駅前の喫茶店で一緒にパフェを食べたのを覚えている。
「あ、これいいんじゃない?」
「じゃそれにする」
「ちょっとぐらい迷いなよ」
と、言いながらも選んだ服にすんなりOKが出た事が嬉しかったりもする。まあ、正直なんでもいいんだろうけど。
「サイズ合うのかな…」
シャツを広げて隆平の背中に当ててみる、すると毎日見ているはずなのに思ったよりも背が高く感じた。
「あんまり小さいと動きにくいから余裕ある方がいい」
振り返って私を見下ろす隆平の顔をまともに見ると、一瞬体が動かなくなった。
「わかった、もうひとつ上のサイズにしとく」ハンガーに掛けなおそうとすると手が滑ってシャツを落としてしまった。すぐに拾うと今度は肘を隣にあったカートにぶつけて痛っと小さな悲鳴をあげてしまう。
「大丈夫か?」
「うん」
半笑いの隆平と顔を赤くした私はジャージのセットアップを探しにフロアを移動した。
買い物を終えてエスカレーターで2階へ移動する途中、甘い匂いが漂ってきた。シュークリームだ。店の横にある今月のおすすめには、「レモン香る塩バニラ」と書いてある。
「あれ食おうぜ、奢る」
「やったー!ありがと」
日曜日はやっぱり人が多い、シュークリームも並ばなければ買えない。
「後で久々に俺んちでゲームする?」
「いいね、そうしよう」
焼きあがったシュー皮にクリームを絞り入れる様子をガラス越しに眺めながら、ふと進路の事が頭に浮かんだ。花絵は将来獣医になると心に決めている、その為に通う大学と専攻科目まで既にリストアップ済みで勉強に励んでいる。花絵の場合、励んでいるというよりは勉強している姿が自然体なんだと思う、動物の事になるとあんなに熱心になれる花絵を羨ましいと思う時がある。
「隆平さあ、最近花絵が怒るような事何かした?」また騒音に紛れてあの質問をしてみる。
シュークリームを作る工程に興味がないのか、隆平はイートインコーナーを眺めている。聞こえていないようなのでもう一度言おうと口を開くと声が重なった。
「怒らせるような事って?」
「んー、例えば……そういえば花絵の怒ったとこ見たことないね」
「あいつは怒ってても表に出さないタイプだろ」
「まあ、そうだね」
幼稚園からずっと一緒だけど、誰かに感情をぶつけるような場面を一度も見た事がない。花絵のあまりに無口で淡々としている態度にクラスメイトが陰口を言っているところを目撃した時も花絵自身は物怖じせず、言い返しもせず堂々と目の前を通り抜けていった。それからも愚痴ひとつ溢さない。
人の言う事は気にしない、花絵のそんなところが私はとても好きだ。
隆平の家に向かって川沿いを歩きながらシュークリームを頬張った。期間限定のレモン塩バニラは来年も出るんだろうかと話していると、交差点を横切るクラスメイトを見つけた。
「今あそこ通ったの高橋じゃない?」
そっちの方向を指して友達であろう隆平に訊いてみる。
「高橋だな」
声は掛けないらしい。
「塾に行くのかな、リュック背負ってた」
「俺らこれでも受験生だからな」
そうだね、と返事をしながら日曜の昼間こんなに呑気にしている私達は多分まずいと思った。ただ私にとっては特別な時間であって今が大切なのだからこれでいい。
「夕夏は好きな奴いる?」
質問に聞き間違いがないか頭の中で何度か繰り返した後、私の両足は停止した。
「急に何?」
「だから、お前って好きな奴いるの?」
軽くも重くもない、どこか腑抜けな感じで聞いてくるのにはどんな意図があるんだろう。
「いると思う?」
「質問で返すなよ」
「いない」
咄嗟に嘘が出た。
「ふーん…」
立ち止まった私を気にも留めず隆平はまた歩き出した。いる、と答えていたら隆平はそれは誰かと尋ねただろうか。大きく風が吹いて黄色いTシャツが私の目に焼き付いた。まだここに立ち止まったままだと気付いてないのは、誰が頭に居るせいなのか。考えると少し不安になり、急いで後を追いかけた。
―――隆平だ。
「もしもし」
『夕夏、明日ってなんか予定ある?』
「ないよ」
思い出す前に答える。
『じゃ買い物付き合ってほしいんだけど』
「いいよ、何時からがいい?」
待ち合わせを決めて電話を切った。それからは髪も乾かさずにクローゼットを物色し始めた。
「この機会に服買い替えろって言われてさ」
隆平は面倒そうに言った。私だったら大喜びで服を買いに行くけど。
「で、私に選んで欲しいって?」
「頼むわ」
私が隆平の服を選ぶのは小学校ぶりだった。隆平のお母さんと3人でCモールに行って、服選びに付き合った事がある。そして帰りに駅前の喫茶店で一緒にパフェを食べたのを覚えている。
「あ、これいいんじゃない?」
「じゃそれにする」
「ちょっとぐらい迷いなよ」
と、言いながらも選んだ服にすんなりOKが出た事が嬉しかったりもする。まあ、正直なんでもいいんだろうけど。
「サイズ合うのかな…」
シャツを広げて隆平の背中に当ててみる、すると毎日見ているはずなのに思ったよりも背が高く感じた。
「あんまり小さいと動きにくいから余裕ある方がいい」
振り返って私を見下ろす隆平の顔をまともに見ると、一瞬体が動かなくなった。
「わかった、もうひとつ上のサイズにしとく」ハンガーに掛けなおそうとすると手が滑ってシャツを落としてしまった。すぐに拾うと今度は肘を隣にあったカートにぶつけて痛っと小さな悲鳴をあげてしまう。
「大丈夫か?」
「うん」
半笑いの隆平と顔を赤くした私はジャージのセットアップを探しにフロアを移動した。
買い物を終えてエスカレーターで2階へ移動する途中、甘い匂いが漂ってきた。シュークリームだ。店の横にある今月のおすすめには、「レモン香る塩バニラ」と書いてある。
「あれ食おうぜ、奢る」
「やったー!ありがと」
日曜日はやっぱり人が多い、シュークリームも並ばなければ買えない。
「後で久々に俺んちでゲームする?」
「いいね、そうしよう」
焼きあがったシュー皮にクリームを絞り入れる様子をガラス越しに眺めながら、ふと進路の事が頭に浮かんだ。花絵は将来獣医になると心に決めている、その為に通う大学と専攻科目まで既にリストアップ済みで勉強に励んでいる。花絵の場合、励んでいるというよりは勉強している姿が自然体なんだと思う、動物の事になるとあんなに熱心になれる花絵を羨ましいと思う時がある。
「隆平さあ、最近花絵が怒るような事何かした?」また騒音に紛れてあの質問をしてみる。
シュークリームを作る工程に興味がないのか、隆平はイートインコーナーを眺めている。聞こえていないようなのでもう一度言おうと口を開くと声が重なった。
「怒らせるような事って?」
「んー、例えば……そういえば花絵の怒ったとこ見たことないね」
「あいつは怒ってても表に出さないタイプだろ」
「まあ、そうだね」
幼稚園からずっと一緒だけど、誰かに感情をぶつけるような場面を一度も見た事がない。花絵のあまりに無口で淡々としている態度にクラスメイトが陰口を言っているところを目撃した時も花絵自身は物怖じせず、言い返しもせず堂々と目の前を通り抜けていった。それからも愚痴ひとつ溢さない。
人の言う事は気にしない、花絵のそんなところが私はとても好きだ。
隆平の家に向かって川沿いを歩きながらシュークリームを頬張った。期間限定のレモン塩バニラは来年も出るんだろうかと話していると、交差点を横切るクラスメイトを見つけた。
「今あそこ通ったの高橋じゃない?」
そっちの方向を指して友達であろう隆平に訊いてみる。
「高橋だな」
声は掛けないらしい。
「塾に行くのかな、リュック背負ってた」
「俺らこれでも受験生だからな」
そうだね、と返事をしながら日曜の昼間こんなに呑気にしている私達は多分まずいと思った。ただ私にとっては特別な時間であって今が大切なのだからこれでいい。
「夕夏は好きな奴いる?」
質問に聞き間違いがないか頭の中で何度か繰り返した後、私の両足は停止した。
「急に何?」
「だから、お前って好きな奴いるの?」
軽くも重くもない、どこか腑抜けな感じで聞いてくるのにはどんな意図があるんだろう。
「いると思う?」
「質問で返すなよ」
「いない」
咄嗟に嘘が出た。
「ふーん…」
立ち止まった私を気にも留めず隆平はまた歩き出した。いる、と答えていたら隆平はそれは誰かと尋ねただろうか。大きく風が吹いて黄色いTシャツが私の目に焼き付いた。まだここに立ち止まったままだと気付いてないのは、誰が頭に居るせいなのか。考えると少し不安になり、急いで後を追いかけた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
社長の×××
恩田璃星
恋愛
真田葵26歳。
ある日突然異動が命じられた。
異動先である秘書課の課長天澤唯人が社長の愛人という噂は、社内では公然の秘密。
不倫が原因で辛い過去を持つ葵は、二人のただならぬ関係を確信し、課長に不倫を止めるよう説得する。
そんな葵に課長は
「社長との関係を止めさせたいなら、俺を誘惑してみて?」
と持ちかける。
決して結ばれることのない、同居人に想いを寄せる葵は、男の人を誘惑するどころかまともに付き合ったこともない。
果たして課長の不倫を止めることができるのか!?
*他サイト掲載作品を、若干修正、公開しております*
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる