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最終章 ~ 掌 ~

最終話 3/3

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店の前に着いて周りをみると駐車スペースが出来ていて、何台か車があった。
「よかった、停められる」
理久君の車を停めるとスペースはいっぱいになった。
車から降りると小学生くらいの子供が1人店から出てきた。手にはソフトクリームを持っている。その後ろから両親らしき人たちが来て擦れ違った。みんな笑顔で満足そうだった。
店のドアを開けて中に入った。すると以前来た時とは随分雰囲気が変わっていて驚いた。
天井にはレトロな感じの大きなシャンデリアが吊るされていて、所々にある小さなライトと窓から入る自然の光が綺麗に調和している。彫刻が施された木のテーブルもひとつずつ存在感がある。
「いらっしゃいませー!」
「えっ、遥人君!?」
声を掛けてきた店員は遥人君だった。
「夕夏さん、やっぱり来てくれたんすね!」
「うん…」
「席、案内しますね」
遥人君に案内されて私達は窓際のテーブル席に座った。他のテーブル席もほぼ埋まっている。
「お客さんいっぱいだね」
「はい!SNSで宣伝しまくったり理久さんのお店にチラシ置いてもらったりしてたんで、結構知ってもらえたみたいです」
「そうなんだ」
「お冷や取ってきます!」
遥人君は奥の方に歩いていった。テーブルに立ててあるメニューを手にとって見ていると誰かが席に来た。
「夕夏さーん!いらっしゃいませ」
見上げると莉奈ちゃんだった。
「びっくりした。2人とも手伝いに来てたんだね」
「はい、もう朝からずっとお客さん来てくれてすっごい好評なんです!」
「素敵なお店になったね」
「そうなんですよ~。奥の方にカウンターがあって、そこでドリンクとか作ってるんで後で見に来てください」
「うん」
「注文どうしますか」
「理久君は決まってる?」
「うん。俺はBランチにする」
「じゃあ私はAランチで」
「はーい!ドリンクは何にしますか?」
「私はアイスコーヒーで」
「俺はアイスティー」
「かしこまりましたー!では少々お待ちください」
2人が手伝いに来ているのを知って、もう1人の姿が頭に浮かんだ。自分でもわかる程そわそわし過ぎているのに理久君はそれを気に止めず楽しい話をしてくれた。
やがて料理が運ばれてきてその仕上がりの鮮やかさに目を引かれ暫くは食事を楽しんだ。
恭也さんの姿が見えないため遥人君に尋ねると、思った以上に注文が入るため2階のキッチンで仕込みをしていると言っていた。
理久君が恭也さんを見たら… そういう心配がやっぱり消えず、理久君に1人で2階へ行ってくると伝えようとしたとき階段から恭也さんが下りてきた。
「来てくれたんだね」
「チケット代、出して頂いてありがとうございます。ランチもコーヒーもすごく美味しかったです。オープンおめでとうございます」
「ありがとう。よかったらまた来て。あと、花を送ってもらって嬉しかった」
後ろの方からお客さんに呼ばれて恭也さんは私達に手を振り席へ向かった。
莉奈ちゃんと遥人君の他にスタッフの人が2人いた。けど、予想したもう1人の姿は最後まで見えなかった。
「さっ、遊びに行こっか」
理久君はにこやかにそう言って車を出した。
どこに行くのか気になりながら頭の中では理久君が恭也さんを見ても全く動じなかった訳を考えてばかりいた。

理久君は行き先を告げずいろんな場所に連れて行ってくれた。
まずはデザートを食べに行って、雑貨店や服屋を見て回ったり海辺をドライブしたりして過ごした。
時計を見るとまもなく16時になろうとしていた。
「理久君、私そろそろ」
「あっそうだね。何時発だっけ?」
「16時55分発。30分前には駅に着いておきたいんだけど…」
「わかった。じゃあ今から駅向かえば充分だね」
「ありがとう」
「またこっちに来ることがあれば次は俺にも言ってよね」
理久君は笑顔でそう言った。
「うん」
日が暮れ始めて空に黄色い光が広がっている。その空色を眺めながら“次”はいつになるだろうと考えた。
こっちに来ることを親しい人にさえ言わずにいたのは、出来るだけあの頃を思い出すような状況を作りたくなかったからだ。そして、やっぱり私は逃げてばっかりだと思った。
朝からあっという間に時間が過ぎた感覚だった。もう目の前には永野駅が見える。
車はロータリーに入っていく。理久君は大型バスが停車している少し後ろで車を止めた。
「到着。忘れ物ない?」
「うん。理久君、いつもありがとう」
「全然。楽しかったし近況知れて良かった」
「元気でね。また連絡する」
「うん」
車を降りるとき、外の柵に気をつけながらゆっくりとドアを開いて外に出た。
突然、理久君が前を向いたまま大きな声を出した。
「あーあ、なんで聞かないんだろうなー」
「え?」
理久君は私を見て言った。
「夕夏ちゃん、あとちょっと時間ちょうだい」
「どうしたの?」
「いいから戻って」
言われるままシートに再び座ってドアを閉めた。すると車は走り出した。
「どこ行くの?」
「……」
理久君は口元に笑みを浮かべたままで何も言わない。

暫くして桜の花びらがフロントガラスに飛んできた。
道を進むにつれてどこからともなくたくさんの花びらが舞い降りてくる。
近くに桜の木はなく、花びらがどこから飛んでくるのか気になって周りを見た。車は速度を落とし始めて道の端で止まった。
苔の生えた高い石の壁、ここは……
「はい。着いたよ」
「なんで、ここなの?」
「上で待ってる奴がいるから、早く行って」
「…わかった」
車を降りて反対側へ渡った。隅に花びらが寄せ集まった石の階段を上っていくと何人かひとが降りてきた。
階段を上りきるとそこはまるで初めて訪れたかのような景色に変わっていた。
“結び桜”と呼ばれる木があるこの神社は春になるとたくさんの桜が開花しそれを見に来る人たちで賑わう、そう聞いたのは中学生の時だった。こんなにも景色が変わるなんて……
見物や参拝をする多くの人の中を歩いて探した。けど、車椅子に乗っている人は見つからない。
考えてみれば階段があるのに車椅子でここに来られるはずはない。理久君が言っていた相手は私の予想と違う人なのかもしれない、そう思いながら境内の方へ歩いた。
「夕夏」
ーーー 振り向くと、あの人が立っていた。
「……蓮」
「久しぶり」
蓮は昨日も会ったかのように落ち着いた様子でいる。
「久しぶり、車椅子は?」
「もう使わなくてよくなった」
「そうなんだ。リハビリ頑張ったんだね」
「うん」
「どうしてここに呼んだの?」
「これ、渡そうと思って」
蓮はポケットに手を入れて何かを取り出した。
「手、出して」
左手を開いて出すと蓮はそれを掌に置いた。
「最後に会ったとき、病室の床に落ちてたんだ」
「……」
「夕夏、そのネックレス」
蓮は私が付けている天然石のネックレスを見ている。
「ピアス、片方失くしてたからネックレスに作り替えたの。でも、病室に落としてたんだね」
「うん」
「拾っておいてくれてありがとう。新幹線の時間もうすぐだから私行くね」
「聞かないの?」
「……何を?」
「思い出したのかどうか」
風が通り抜けていく。桜の木から花びらが溢れ出して宙を舞う。
蓮は返事を待っている。
日差しに目を細めながら蓮の表情を見つめた。胸に微かな希望を抱いてしまう。期待しては失うことを繰り返してきた。またそうなってしまうのが怖くて離れたはずなのに、いま目の前には蓮がいる。
「僕はここで夕夏と出会った。一緒に暮らしたけど離ればなれになって、数年して僕達は再会した。夕夏は手話を教えてくれてたくさん話をしてくれた」
「それって誰かに聞いたの?」
尋ねると蓮は驚いた顔をした。それから考えを探るみたいに私の目を見ると安心したように笑って答えた。
「思い出したんだ。タケルの時の記憶も、蓮として一緒に過ごした時間も全部」
「ほんとに、全部?」
「東京に行く時、新幹線のホームで泣きそうな顔してたのもね」
「あれ、やっぱりタケルだったの?」
「うん。蓮だけどね」
目の前がぼやけ始めて上を向いた。
気がつくと蓮の腕が私を包み込んでいた。私はピアスを握り締めたままの手を蓮の背中に回した。
「悲しませてばっかりだった、ごめん」
「ずっと…忘れられなかった」
そう口にした途端、涙はとうとう流れてしまった。
「遅くなってごめん。リハビリと仕事頑張ってた。これからは側にいるから」
蓮は腕をほどくと真っ直ぐ向き合ったまま言った。
「夕夏のこと好きだ。ずっとそれが言えなかった。またいつか恭也と入れ替わることがあったとしても、それでも僕は夕夏といたい」
「……もう思い出せないとおもってた」
「そのピアスのおかげだよ」 
後ろから誰かに肩を叩かれて振り返ると莉奈ちゃんと遥人君が立っていた。
「夕夏さん!おめでとうございまーす!」
「え、いつここに来たの?お店は?」
「エスポワールは4時閉店でーす。さっきから見てましたよ、あっちの方で」
「うそ!?」
「あと、今から2人のお祝いパーティーするので新幹線のチケットはキャンセルして下さいっ」
「え、でも帰りは」
「帰りは僕が車で送るよ」
「蓮が?埼玉まで?」
「お店予約してあるんです。行きましょう!」
莉奈ちゃんは背を向けたかと思うとすぐに立ち止まった。
「大事なこと忘れてた!ここは神社だからお詣りしないと」
「おお!さっすが莉奈!」
「そうだね…たしかに、ここ神社だもんね」
拝殿の前に立ち、4人でおじぎをして手を合わせた。
「じゃ、行きましょう!!」
階段を下りていくと理久君の車はいなくなっていた。みんなが歩いていく方について行くと蓮が言った。
「車、近くの駐車場がいっぱいだったからちょっと遠いところに
停めてあるんだ」
「そうなんだ。理久君に連れて来てもらったんだけど、どこ行っちゃったの?」
「理久は先に予約の店に行ってるよ」
「理久君も?」
「理久に、本当のこと話したんだ」
「本当の事ってもしかして」
「入れ替わってたこと。あと、夕夏と初めて出会った時のことも」
「……」
「理久はちゃんと信じてくれたよ」
「だから恭也さんを見ても驚かなかったんだ。でも、こんな嘘みたいな話どうしてすぐに信じてくれたんだろう」
「わからない。理久は、お前がそう言うなら信じるって言ってくれた」
「そっか。あ、蓮は隆平のこと知ってるの?」
「ううん。協力してもらえるよう理久が頼んでくれたんだ」
蓮が言ったあと遥人君が振り向いた。
「この前理久さんの店に髪切りに行ったらたまたま降平さんが出張帰りに来てたんすよ!それで知り合いだったってわかってめっちゃ盛り合がって!」
「そうだったんだ。そう言えば、一回隆平と遥人君のお店に食べに行ったことあったね」
「はい!でもまさか理久さんと隆平さんが繋がってるなんて思わなかったっすよ~」
「すごい偶然だね。…あ!!」
みんなが足を止めた。
「どうしたんですか?」
「チケットまだキャンセルしてない。発車時間までに手続きしないといけないのに」
「私と遥人は先に行っとくので2人はゆっくり来て下さい」
「ありがとう、莉奈ちゃん」
莉奈ちゃん達は歩いて行った。
その場で携帯を出してネットで手続きをした。
「ギリギリ間に合った」
「よかった。じゃあ行こうか」
「うん」
持っていた携帯が震えた。通知を見ると恭也さんからメッセージが来ていた。
「あ、ちょっと待って」
画面をタップしてメッセージを読む。


今日は遠い所からありがとう。
おかげ様でたくさんお客さんが来てくれて本当に有難かった。
何よりも、真由那の夢を叶えられた事が嬉しい。改めてお礼を言います。
あと、俺と青谷蓮が今後入れ替わる可能性について、個人的な予測を述べておくね。
今回元に戻ったとき、これまでと違う感覚があったんだ。説明が難しいけど、以前は入れ替わった直後に妙な重だるさがあった。でもそれがさっぱりない。
彼が記憶を取り戻した後にそれを話すと彼も同じだと言った。推測するに、彼が手術のときに輸血をしたことがひとつの要因なんじゃないかと思っている。それと現状、彼は青谷蓮とタケルの記憶が融合している。今までになかったことだ。
この先入れ替わる可能性が全くないとは言いきれない。でも、俺達は互いの中身が定着したように感じている。
同じ顔をしている事については不明なままだけど、それによって病院に居る彼と君が出会って繋がることができた。
そして俺の人生を救ってくれた。
辛い思いをしてきた君には彼と幸せになって欲しいと願ってる。
何かあればいつでも想談して、力になるから。これからもよろしく。


「恭也さんはお店に来るの?」
「いや、恭也は明日の準備があるから来れないって言ってた」
「そっか。お店、すごく素敵だった」
「たぶん明日も忙しいだろうね」
私達は足を進めた。道のあちこちに花びらが落ちている。
「あっ、またメッセージ。莉奈ちゃんだ。お店で待っときますって」
蓮は何かに気付いた顔をして私の頭に手を伸ばした。
「何?」
「これ、ついてた」
蓮は花びらを手にしていた。私はそれを受け取った。
「行こう」
そう言って蓮は私の反対側の手を取った。
「……」
温かな手に引かれて道を歩く。まだ少し信じられずにいる気持ちがほどかれていく。左手に握ったままの花びらの感触が柔らかい。
信号が赤になって足を止めた。私はあの日を思い出して手を開いてみた。はらりと転がった花びらが風にさらわれて飛んでいく。それを見ていた蓮は隣で微笑んだ。
やがて信号が青に変わり、私達は再び歩き始めた。




おわり


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