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最終章 ~ 掌 ~

掌⑰

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夕夏ちゃんの表情は強張った。
「友達だよ」
「…そっか」
笑って手を振った。夕夏ちゃんは手を振り返してまた歩き出した。
胸の中の靄が晴れない。妄想だと思っていたものが段々とリアルになっていく。どうして君は話してくれないんだろう、どうして俺に嘘をつくんだろうーーーーーー


AM 7:20 仕事の疲れがまだ体に溜まってる。ストレッチをしてミネラルウォーターを飲むと疲れは何ともないようになった。そんな調子でいられるのは楽しみで仕方なかったこの日が最高の天気に恵まれたからだ。富山の目的地も一日中晴れ、降水確率は0%、完璧だ。
服を着替えて髪を整えた。余った時間で少し車内の掃除をした。そして約束した8時半に着くよう家を出た。
夕夏ちゃんを迎えに行ってまずはファーストフード店に寄った。移動時間が長いから朝ごはんは車で食べようと2人で決めていた。
片道約2時間半くらいで富山県に入った。眺めのいい静かなレストランで早めのランチを食べてさっそくトロッコ列車の所へ向かった。
山は所々が紅葉していて鮮やかな緑にオレンジや黄色が映えていた。トロッコは窓がないタイプの列車を選んだ。フラットなシートに並んで腰掛けて、峡谷の空気を思いっきり吸い込んだ。トロッコが走り出すと風が気持ちよくて最高で、流れてくる景色は絶景だった。橋を渡る時なんかはさらに開放的で見下ろせば綺麗な川の水がエメラルド色に見えた。
そして次は牧場に行った。山羊や牛がいる豊かな風景に癒された。動物と触れ合いできるコーナーでえさをやったりアイスクリーム作りをした。なんかこういうのっていい。夕夏ちゃんといるとほっとする。
それから気まぐれに美術館や植物園に立ち寄った。コスモス畑に行ったときはここぞとばかりに写真を撮った。夕夏ちゃんと2人で写りたかった。ただ、どこでも2人で撮ろうとしたら嫌に思われるかもしれない、そう考えて我慢してた。せっかくだから、とか言って自撮りで肩を並べて撮った。
あっと言う間に時間が経って、気付けば日が落ち始めていた。
最後に景色を目に焼き付けて惜しみながら長野に向かって車を出発させた。
実はもう一つ夕夏ちゃんを連れていきたい所があった。夜景だ。今夜は満月で雲もほとんど見当たらない。きっといい感じの景色が見られる。
ちょっとだけ寄ろう、そう言って展望広場まで上がって行った。
「足元気をつけて」
「うん」
広場にはベンチがいくつかあった。着いたときに人が2組いたけど少し経つと帰っていった。よっしゃ、と思ったけど告白する勇気はやっぱりない。
「うわ、すげー」
「ビルがたくさんある夜景と違う雰囲気だね」
「確かに。そんな細かいところに気付けるなんてさすが」
「今日は綺麗な景色いっぱい見られて楽しかった。ありがとう」
「喜んでもらえてよかった、俺も楽しかった。そこのベンチ座らない?」
「うん」
すっきりした夜空に満月が浮かんでる。広く光を放っていて、夜だけど太陽みたいだ。柔らかな風を受けながら、夕夏ちゃんも俺も景色を静かに眺めていた。
「理久君、話したいことがあるんだけど」
「え、何?」
夕夏ちゃんは躊躇った様子で俯いた。落ち着いた気分ですっかり忘れてた。もしかしたら、俺は今からあの秘密を打ち明けられるのかもしれない。

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