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最終章 ~ 掌 ~

掌⑮

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扉を開けると店内はたくさんのお客さんで賑わっていた。所々に“祝20周年”の文字が見える。バルーンやお花が贈られている。
若い男の店員は夕夏ちゃんを見ると笑顔で近付いた。
「夕夏さん、来てくれたんすね」
「うん。これ、ささやかだけど」
夕夏ちゃんは抱えていたフラワーアレンジを差し出した。
「え!いいんすか!ありがとうございます」
店員は俺の顔を見ている。
「あ、この人は友達の理久君」
「こんばんは」
「初めまして!」
遥人君は笑顔で会釈した。はつらつとしてて感じがいい。
「今カウンターしか空いてないんすよ」
「いいよ、食べたらすぐに出るから」
「まじすか?すいません。じゃあ、あの真ん中の席にどうぞ!」
「ありがとう」
連れで来てるだけなのにわざわざ紹介してくれたことに驚いた。仲がいいんだなと思った。長野に引っ越してきて独り暮らしを始めた時からお世話になっていると言っていた。そんな馴染みのある店に一緒に来られて嬉しい。また1つ夕夏ちゃんの事を知った。
カウンター席に座ると店の奥さんらしい人がお冷やを出してくれた。
「いらっしゃいませ。夕夏ちゃんお花ありがとねぇ」
「いえ、いつもお世話になってるので」
「何言ってるの、こっちがお世話になってるわよー。この前だって退院したとき迎えに来てもらって本当に助かったんだから。あら、こちらは?」
「友達です」
「理久って言います」
「リクさん?かっこいい人ねぇ、私てっきり付き合ってる人なのかと思っちゃったわ」
「ははっ、友達ですよ」
俺は夕夏ちゃんが訂正する前に言った。
「じゃあまた決まったら聞きにくるわね」
「はい、ありがとうございます」
立て掛けてあるメニュー表を手に取った。厨房でオジサンが大きな鉄鍋を振っている、ここの料理は美味そうだ。
「何にしようかな、夕夏ちゃんは決めてる?」
「うん。今日は五目あんかけ焼きそばにしようかな」
「へぇー、美味そうだね。ずっと通ってるって事はどの料理も頼んだ事あるんじゃないの?」
「一応ね。一番好きなのは天津飯」
「そうなんだ?俺は… 麻婆豆腐と炒飯にしよっと」
手を挙げると遥人君が来てくれた。
「五目あんかけ焼きそば1つと麻婆豆腐1つ、あと炒飯大盛1つで」
「はい!ありがとうございます!」
遥人君はメモを書き終えると威勢のいい声で厨房にオーダーを通した。
「夕夏さん、髪切ったんすね」
「うん。理久君に切ってもらったんだ」
「え!?」
「理久君、美容師さんなの」
「まじっすか?」
輝いた目で見られて俺はちょっと誇らしい。
「うん。まだそんなに経験積んでないけどね」
「すげぇー。お店どこにあるんですか?」
「結構近いよ。高須江町の辺り」
「え!近っ。今度切りに行ってもいいですか?」
「来てくれるの?あとで名刺渡すよ」
「はい!てか夕夏さんめっちゃ切りましたよね?」
「うん、気分変えようと思って」
やっぱりそうだ。夕夏ちゃんは蓮のことを諦めようとしてるんだ。って、なんで好きって前提で考えてんだ俺。
「……なんかその髪の長さ、夕夏さんがここに来たばっかの頃思い出して懐かしいっす」

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