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最終章 ~ 掌 ~
掌①
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その日、俺はいつもより早く店を出ることができた。店内の空調機が故障して急遽業者を呼ぶことになったからだ。それで予定していたヘアカットの練習をせず蓮の見舞いへ行くことにした。
早く出られたと言っても19時を回っているため辺りはもう暗く、行ったとしても面会時間終了の20時までに駆け込みで入って顔を見るくらいだ。
それでも行こうと思ったのは、ここ最近の蓮が調子を戻してリハビリに励んでいるのを少しでも応援したかったからだ。蓮は昔から不満を口にしない。俺はつい感情的になるタイプだし、それによってトラブルが起きそうな時がある。でも、あいつの穏和な対応で助けられたことが何度もあった。自分のことを差し置いて周りに目を配りまくる。だから疲れるんだ。だから… 非常階段から飛び降りようなんて考えが浮かぶんだーーーーーー
入院生活になってから聴くことがなくなった“音楽”を満喫できるようヘッドフォンをあいつに買った。本当は次の休みに持っていくつもりだったけど昨日買ったまま鞄に入れておいて良かった。イヤフォンだと不自由な手では使いにくい、だからヘッドフォンにした。ワイヤレスだし喜ぶに違いない。設定は俺がやってやろう。音楽は当分動画配信サイトで聴けばいい。たしかWi-Fiはあるって言ってた。
そんなことをあれこれ考えているうち病院に着いた。エレベーターで上がり長い廊下を歩く。蓮の病室にもう着くというとき、突然病室のドアが空いた。そして聞き覚えのある声がした。
俺は夕夏ちゃんだとわかって咄嗟に手を伸ばしドアに指をかけた。そして次に聞こえたのは蓮の声だった。
驚いた。いつの間に声が出るようになったんだ?
気になったのは2人のやりとりが深刻な雰囲気を帯びていたことだ。2人がお互いをどう思っているのか知るチャンスかもしれない。そう思った俺はドアから手を放し、やましい気持ちで閉まる直前のドアに指先を挟んだ。
盗み聞きなんてするもんじゃない。息を潜めてドアに張り付いている自分が一瞬で恥ずかしくなった。でも、いま指を引っ込めれば音でバレる。様子を見て引こう。そう考えて立ち尽くした。
声はするけど静かに話しているからはっきりとは聞こえない。それといつ気付かれるかわからないという緊張で集中できない。
“二重人格” “入れ替わった” そんなふうな言葉が聞こえた気がする。ただ、耳を凝らしてやっと聞こえる程度のため合っているのかもあやしい。そして途中、夕夏ちゃんが大きな声で言った。
“蓮はこの病院で初めて会ったとき私のことをしりませんでした”
早く出られたと言っても19時を回っているため辺りはもう暗く、行ったとしても面会時間終了の20時までに駆け込みで入って顔を見るくらいだ。
それでも行こうと思ったのは、ここ最近の蓮が調子を戻してリハビリに励んでいるのを少しでも応援したかったからだ。蓮は昔から不満を口にしない。俺はつい感情的になるタイプだし、それによってトラブルが起きそうな時がある。でも、あいつの穏和な対応で助けられたことが何度もあった。自分のことを差し置いて周りに目を配りまくる。だから疲れるんだ。だから… 非常階段から飛び降りようなんて考えが浮かぶんだーーーーーー
入院生活になってから聴くことがなくなった“音楽”を満喫できるようヘッドフォンをあいつに買った。本当は次の休みに持っていくつもりだったけど昨日買ったまま鞄に入れておいて良かった。イヤフォンだと不自由な手では使いにくい、だからヘッドフォンにした。ワイヤレスだし喜ぶに違いない。設定は俺がやってやろう。音楽は当分動画配信サイトで聴けばいい。たしかWi-Fiはあるって言ってた。
そんなことをあれこれ考えているうち病院に着いた。エレベーターで上がり長い廊下を歩く。蓮の病室にもう着くというとき、突然病室のドアが空いた。そして聞き覚えのある声がした。
俺は夕夏ちゃんだとわかって咄嗟に手を伸ばしドアに指をかけた。そして次に聞こえたのは蓮の声だった。
驚いた。いつの間に声が出るようになったんだ?
気になったのは2人のやりとりが深刻な雰囲気を帯びていたことだ。2人がお互いをどう思っているのか知るチャンスかもしれない。そう思った俺はドアから手を放し、やましい気持ちで閉まる直前のドアに指先を挟んだ。
盗み聞きなんてするもんじゃない。息を潜めてドアに張り付いている自分が一瞬で恥ずかしくなった。でも、いま指を引っ込めれば音でバレる。様子を見て引こう。そう考えて立ち尽くした。
声はするけど静かに話しているからはっきりとは聞こえない。それといつ気付かれるかわからないという緊張で集中できない。
“二重人格” “入れ替わった” そんなふうな言葉が聞こえた気がする。ただ、耳を凝らしてやっと聞こえる程度のため合っているのかもあやしい。そして途中、夕夏ちゃんが大きな声で言った。
“蓮はこの病院で初めて会ったとき私のことをしりませんでした”
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