上 下
48 / 97
追憶

追憶⑥

しおりを挟む
花絵の視線を逸らすようにして私はテーブルに並べられた桃のタルトに目をやった。
「うわー、懐かしい」
そう言うと花絵ママは私達が幼かったときの話を楽しそうに語ってくれた。それを聞きながらほのかに桃の甘い香りのするタルトを口に運び懐かしさに頬を緩めた。
「あんなに寡黙だったこの子が子供抱いて笑ってるんだもの。なんだか不思議な感じよね」
「それ、私もさっき思ってました」
「そういえば、夕夏ちゃんは今いい人いないの?」
その一言に花絵と隆平が同時に私を見た。いないと言えばいいだけなのに、変な間ができてしまった。
「あ、その反応はいるってことね」
花絵ママはいたずらな笑みを浮かべる。
「お前、あのTシャツやっぱり」
「隆平君、Tシャツって?」
話が盛り上がりつつあることを拙く感じる。
「そう言う隆平はどうなのよ」
「俺?…実は、彼女できた」
「えー!隆平君に彼女?」
「ママ、言い方」
「だって花絵、今まで隆平君から彼女の話ってママ聞いたことないんだもの」
「それはそうだけど」
「で、どこのどんな人なの?」
「会社で営業事務してる子で」
「えー!社内恋愛ー?」
花絵はママの反応に眉を顰めて笑った。
話題がそっちに向いて気楽になれた私は桃のタルトを堪能しながら隆平の彼女について興味津々に聞き入った。

時間はあっという間に過ぎていった。夕方5時を過ぎて私と隆平は帰ることにした。花絵は眠っている菜香ちゃんを抱きながらママと玄関まで見送りに来てくれた。
「夕夏ちゃん、明日は長野に戻っちゃうのよね?次はいつこっちに来るの?」
「お正月ですね」
「そっかー。それまで寂しくなるわ」
花絵ママは心底寂しそうな顔をした。それがとても嬉しい。
「ありがとうございます。またお邪魔しに来ます」
「うん!いつでも待ってるわね。隆平君も忙しいと思うけど仕事頑張ってね。今度は彼女連れてきてくれてもいいから」
「え、それは…」
「2人だって会ってみたいわよね?隆平君の彼女」
私と花絵は顔を見合わせて笑った。
「そうですね。隆平、楽しみにしてる」
隆平はなんとも言えない顔で頭を掻いた。
「ありがとうございました」
玄関のドアを押し開けて隆平が外に出た瞬間、柔らかな感触がして自分の手首を見た。
「花絵?」
花絵が私の手首を掴んでいる。
「夕夏、ちょっとだけ2人で話さない?」
「うん、いいけど」
隆平が振り返った。
「ごめん隆平、私残る」
「ああ、わかった」
隆平は手を振りながら気を利かせたように笑いかけてくれた。
ドアが閉まると花絵ママが菜香ちゃんをそっと花絵から抱き取った。
「後で紅茶持ってくから2階でゆっくりしてね」
「ママ、ありがと」
「じゃーねー」
眠る菜香ちゃんを揺らしながら花絵ママは小さく手を振った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

夫が正室の子である妹と浮気していただけで、なんで私が悪者みたいに言われないといけないんですか?

ヘロディア
恋愛
側室の子である主人公は、正室の子である妹に比べ、あまり愛情を受けられなかったまま、高い身分の貴族の男性に嫁がされた。 妹はプライドが高く、自分を見下してばかりだった。 そこで夫を愛することに決めた矢先、夫の浮気現場に立ち会ってしまう。そしてその相手は他ならぬ妹であった…

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

側室は…私に子ができない場合のみだったのでは?

ヘロディア
恋愛
王子の妻である主人公。夫を誰よりも深く愛していた。子供もできて円満な家庭だったが、ある日王子は側室を持ちたいと言い出し…

愛されない妻は死を望む

ルー
恋愛
タイトルの通りの内容です。

婚約者の座は譲って差し上げます、お幸せに

四季
恋愛
婚約者が見知らぬ女性と寄り添い合って歩いているところを目撃してしまった。

処理中です...