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追憶

追憶②

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電車を乗り継ぎながら恭也さんから聞いた住所へ向かった。移動中も返信がないか時々チェックして、15時すぎには着くことをメッセージで送った。それでもタケルからの返信はない。
1時間半かけてやっと最寄り駅に着いた。ネットで地図を出して、恭也さんが言っていた大きな病院を目印にして道を歩いた。さっき電車から見ていたような混雑した場所とは違って静かな住宅街だ。道の途中に個人経営らしいカフェが2つあった。コンビニの角を曲がると地図上のピンがいよいよ目的地に近づいた。
そのアパートは見るからに古びた建物だった。所々が錆びた鉄骨の階段を上り手前から5つ目の部屋の前に立ち止まった。本当にここで合っているのか不安になる。小さく深呼吸をしてインターホンを押した。
応答はない。少し待ってからもう一度押してみた、耳を澄ませてみても物音ひとつしない。もしかしたらタケルは私に会うことを避けているのかもしれない。私はこんなところまで来て何をしてるんだろう、そんなふうに思い始めた。ずっと立ち尽くしているわけにもいかず踏ん切りをつけて階段の方へ戻った。
階段を下りようとしたとき、人が見えた。階段を上ってくるその人はタケルだった。
「あ…」
タケルは私を見た。手にはビニール袋を提げている。特に驚いた様子でもない。
「ごめん、ちょっと買い物しに行ってた」
「待っててくれたの?」
「うん」
タケルは階段を上りきり部屋へと歩きだした。どうして返信をくれなかったのか聞こうとした、でも何となくそんな空気じゃない。
「入って」
「お邪魔します」
部屋の奥に進むと大きな本棚があった。そこにはびっしりと本が並んでいる。壁には絵が飾ってある。
「冷たいコーヒー飲む?」
「うん。ありがとう」
ローテーブルの前に座り部屋の中を見渡した。いま台所にいるのが蓮だと思うと、やっぱり変な感じがする。タケルが蓮で、体は別人。こんなことどう説明したらいいのか何度考えても整理がつかない。
タケルは氷入りのアイスコーヒーを出してくれた。
「この家、グラスが1つしかないんだ。だからプラスチックのカップなんかで悪いんだけど」
「ううん、おいしそう。さっきの袋これだったんだ?」
「うん」
「買いに行ってくれてありがとう」
アイスコーヒーにシロップとミルクを入れてかき混ぜる。氷で冷えた温度が手に伝わってくる。
「この間は黙って出て行ってごめん」
「ああ、あれね。朝起きたらいなくてびっくりした。ほんとは色々話したかったんだ。久しぶりに会えたから」
「…大事な話って何?」
タケルは真剣な顔つきで訊いた。その目を見ていると、あれだけ考えた説明がすべて頭でばらけてしまった。
「えっと、それは」
思い出そうとするほど頭が真っ白になる。
「夕夏がここに来るなんて思いもしなかった。もしかして、恭也にあった?」
その質問がどういう意味なのかを考え始めるとまた頭が混乱して私はコーヒーのカップを手放せなくなった。


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