ゴールドレイン

小夏 つきひ

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咲⑬

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「毎日お前がそんな顔しとったら近所がどう思う?」
多重子は頬を二、三強く揺すると手を離した。
「周りに誤解されるようなことするな。あと、誰かに家のこと聞かれてもいらんこと言うなよ」
そう言うと多重子は去っていった。拓人は頬に残る感触を早く拭いたくて洗面所の水で顔を洗った。それからいつもの掃除を始めた。
拓人は全てを終えると休むことなく宿題を始めた。昨日と違ってよく捗る。何があっても咲がいれば耐えられる。気が付くとそう思うようになっていた。
廊下はいつもの時間に電気が消えた。拓人は懐中電灯を手にまた玄関から家を出た。


少し早くに出たはずだった、しかし、待ち合わせ場所には咲が既にいた。
「おまたせ」
「ねえ、見て!」
咲が空を指差した。拓人はもう知っていた、今日は願ったとおりの澄んだ夜空だ。そして、これまでに見たことのない星の輝きに気分が高揚している。
「うん、早く行こう」
「うん!」
咲はより一層嬉しそうな声で返事をした。肩には手提げが掛かっている。
「それ持つよ」
「え、なんで?」
「だって重いじゃん」
「いいよ。でも、ありがと」
2人は足早に進んだ。草原へ辿り着くと早速ガーデンライトを出して丸く並べた。やはり月見草は美しく、ライトが照らす黄金色の輪の中で拓人と咲は座って空を見上げた。
「寝転ぼうっと」
咲が言った。拓人も同じく寝転んだ、そして目の前に広がる景色に目を細め息を呑んだ。
「原君って星好き?」
「…うん」
「あのさ、3つ並んでる星があるの。それをいつも探すんだけど、最近全然見つからなくってさ」
「それって、オリオン座だよね」
「え?」
「オリオン座って聞いたことない?」
「聞いたことあるけど、3つあるのがそれなの?」
「うん。3つ並んでる星はオリオン座の一部で、オリオンは冬の星座なんだ」
「へえ。よく知ってるんだね」
「星の図鑑持ってるんだ」
「え、そうなの?今度見せて!」
「…こっちには持ってきてない」
拓人はそう言って思い出した。家を売るのならあの図鑑はどこに行くんだろう、と。
「そっか。じゃあ、いつか見せてね」
「うん」
さっきまで全てを忘れられたかのように見上げた夜空の輝きが段々と胸に迫り始めた。頬を摘ままれた感触さえ蘇る。
「どうしたの?」
咲は拓人の横顔を見て聞いた。拓人は暫く黙った。そして口を開いた。
「オリオンって、人の名前なんだ」
さっきとは違った声色で話す拓人に咲は何も言わず耳を傾けた。
「神話っていって、いろんな言い伝えがあるんだけどさ。オリオンっていう男の人が死んだときに恋人のアルテミスが神様にお願いしてオリオンを特別な星にしてもらったんだ」
「どうして死んじゃったの?」
「アルテミスのお兄さんがオリオンとの恋を許せなくて、矢で殺した」
夜の静寂に浮かぶ拓人の言葉を咲は息を潜めて聞いている。

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