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翌日、健司は幸せな感触の残った手で事務所のドアを開いた。
「おはようございます」
野崎はいつも挨拶の返事をしない。
「そこのテーブルに来月のシフトを置いてある。1枚持っていけ」
「ありがとうございます」
健司は束から1枚取ると四つ折りにして胸ポケットに入れた。しかし、希望の休みが通っているか確認するため再びシフト表をポケットから出して広げた。
「野崎さん、あのー」
「あ?」
「後半に夜勤が入っているようなんですが」
「うちは夜勤もあるぞ」
健司はためらいながら口を開いた。
「言いにくいんですが、前にご相談した通りうちは父子家庭でして、私が夜勤に出てしまうと子供が一人になってしまうんです。息子はまだ小学生でして」
野崎の顔が曇り始めた。
「夜勤には入らないってか」
「・・・すみません」
野崎は次々出社してくる社員に声をかけた。
「おい、今出してるシフト表を持ってるやつは返却しろ。シフト変更希望してる奴がいるから全部作り直す」
社員らは静まり返り、健司は慌てて申し出た。
「野崎さんすみません、今回のシフト分は夜勤も出られるようにします」
野崎は嫌に口元を歪めた。
「なら回収はしなくていいな」
社員らが動き出し作業場へ出て行く。
「皆さんすみませんでした」
健司の顔を見る者は1人もいない。振り返ると野崎は席に座って電話をかけ始めた。健司はシフト表を胸ポケットにしまい作業場へ向かった。
鍵を開ける音がして、拓人は思わず立ち上がった。玄関へ行くと健司が座って靴を脱いでいた。
「おかえり!」
「ただいま。ご飯食べたか?」
「うん、作ってくれてたおかずレンジでチンして食べたよ」
「そうか、よかった」
「お風呂のスイッチ入れてくるね」
拓人は浴室へ走っていく。健司は洗面所で手を洗い、鏡に映る自分の顔を見た。今朝とは一変し、瞳の奥は何かに怯えている。そのことに目を伏せるかのように籠に溜まった衣類を洗濯機に入れた。
台所に入ると拓人が炊飯器のご飯を茶碗によそっていた。
「お父さんご飯どれぐらい食べる?」
「ありがとう。今入れてくれた分でいいよ」
「わかった」
時計を見ると8時を回っていた。
「拓人、話があるからそこに座ってくれるか」
「うん・・?」
2人は食卓の椅子に向き合って座った。
「来月、何回か夜勤に出ることになったんだ。その日は家を8時半頃出る」
「え、お父さん夜家にいないの?」
「ああ」
「いつ帰ってくるの?」
「・・・仕事が6時半に終わって、たぶん家に着くのは8時過ぎだ」
拓人は不安げに眉を下げた。健司は胸にキリキリとした痛みを感じながら続けた。
「だから、お前が学校に行くまでの時間に帰って来られないかもしれない。もちろん朝食べるものや着ていく服の準備もしてから仕事へ行く。心細いと思うけど、大丈夫か?」
拓人は俯き黙り込んだ。少し唇を噛むと顔を上げた。
「大丈夫だよ、お父さんが仕事頑張ってるから僕も頑張る」
「そうか。ごめんな」
拓人は首を横に振った。
「あと、曽根さんには夜勤のこと話さないようにな。いつも心配ばっかりかけてるから」
「うん、言わない」
「夜、万が一何か危ない事が起きた場合だけ曽根さんの家に行きなさい。それ以外はいつも持ってる携帯からお父さんにメールを入れてくれたら、休憩の時に必ず見るから」
「わかった」
湯沸かし器の音が鳴った。健司は拓人がまだ学校に行った時の服を着ているのを見て風呂に入るよう言った。
拓人が行った後、自分の食事を用意するために冷蔵庫からおかずを出した。しかし、いろんな考えがよぎり手を動かせないでいた。
「おはようございます」
野崎はいつも挨拶の返事をしない。
「そこのテーブルに来月のシフトを置いてある。1枚持っていけ」
「ありがとうございます」
健司は束から1枚取ると四つ折りにして胸ポケットに入れた。しかし、希望の休みが通っているか確認するため再びシフト表をポケットから出して広げた。
「野崎さん、あのー」
「あ?」
「後半に夜勤が入っているようなんですが」
「うちは夜勤もあるぞ」
健司はためらいながら口を開いた。
「言いにくいんですが、前にご相談した通りうちは父子家庭でして、私が夜勤に出てしまうと子供が一人になってしまうんです。息子はまだ小学生でして」
野崎の顔が曇り始めた。
「夜勤には入らないってか」
「・・・すみません」
野崎は次々出社してくる社員に声をかけた。
「おい、今出してるシフト表を持ってるやつは返却しろ。シフト変更希望してる奴がいるから全部作り直す」
社員らは静まり返り、健司は慌てて申し出た。
「野崎さんすみません、今回のシフト分は夜勤も出られるようにします」
野崎は嫌に口元を歪めた。
「なら回収はしなくていいな」
社員らが動き出し作業場へ出て行く。
「皆さんすみませんでした」
健司の顔を見る者は1人もいない。振り返ると野崎は席に座って電話をかけ始めた。健司はシフト表を胸ポケットにしまい作業場へ向かった。
鍵を開ける音がして、拓人は思わず立ち上がった。玄関へ行くと健司が座って靴を脱いでいた。
「おかえり!」
「ただいま。ご飯食べたか?」
「うん、作ってくれてたおかずレンジでチンして食べたよ」
「そうか、よかった」
「お風呂のスイッチ入れてくるね」
拓人は浴室へ走っていく。健司は洗面所で手を洗い、鏡に映る自分の顔を見た。今朝とは一変し、瞳の奥は何かに怯えている。そのことに目を伏せるかのように籠に溜まった衣類を洗濯機に入れた。
台所に入ると拓人が炊飯器のご飯を茶碗によそっていた。
「お父さんご飯どれぐらい食べる?」
「ありがとう。今入れてくれた分でいいよ」
「わかった」
時計を見ると8時を回っていた。
「拓人、話があるからそこに座ってくれるか」
「うん・・?」
2人は食卓の椅子に向き合って座った。
「来月、何回か夜勤に出ることになったんだ。その日は家を8時半頃出る」
「え、お父さん夜家にいないの?」
「ああ」
「いつ帰ってくるの?」
「・・・仕事が6時半に終わって、たぶん家に着くのは8時過ぎだ」
拓人は不安げに眉を下げた。健司は胸にキリキリとした痛みを感じながら続けた。
「だから、お前が学校に行くまでの時間に帰って来られないかもしれない。もちろん朝食べるものや着ていく服の準備もしてから仕事へ行く。心細いと思うけど、大丈夫か?」
拓人は俯き黙り込んだ。少し唇を噛むと顔を上げた。
「大丈夫だよ、お父さんが仕事頑張ってるから僕も頑張る」
「そうか。ごめんな」
拓人は首を横に振った。
「あと、曽根さんには夜勤のこと話さないようにな。いつも心配ばっかりかけてるから」
「うん、言わない」
「夜、万が一何か危ない事が起きた場合だけ曽根さんの家に行きなさい。それ以外はいつも持ってる携帯からお父さんにメールを入れてくれたら、休憩の時に必ず見るから」
「わかった」
湯沸かし器の音が鳴った。健司は拓人がまだ学校に行った時の服を着ているのを見て風呂に入るよう言った。
拓人が行った後、自分の食事を用意するために冷蔵庫からおかずを出した。しかし、いろんな考えがよぎり手を動かせないでいた。
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