ゴールドレイン

小夏 つきひ

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翌週の朝、リビングには白いカッターシャツを着た健司がいた。拓人は嬉しく思った。健司が久しぶりに活気ある声で話しかけてくるからだ。
「おはよう拓人」
「おはよう。お父さん、仕事行くの?」
「ああ。もうだいぶ手も動かせるようになったからな」
「ほんとう?」
健司は火傷した方の手を上げて指を握ったり広げたりして見せた。ただ、妙に紫がかった赤い皮膚がまだら模様を作っているのが不気味で、拓人は心から喜ぶことができなかった。健司は拓人の様子に気が付き手をゆっくりと下ろした。そしてテーブルに置いてあった白い綿の手袋を右手にはめた。
「お父さんは大丈夫だから、もう心配するな」
「うん」
「先に出るけどちゃんと朝ごはん食べるんだぞ」
「わかった。いってらっしゃい」
健司の背中を見届けて拓人は用意されていた朝食を食べ始めた。


4時限目の授業が終わるチャイムが鳴り、生徒達は騒ぎながら給食のために席を動かし始めた。
「なあ、拓人今日は野球来るよな?」
「あ…」
健司への遠慮から最近ずっと断り続けていたが、今朝の様子を思い出してみると、そろそろ野球に行ってもいいかもしれないと思った。
「買い物頼まれてるから、それが終わってから行ってもいいか聞いてみる」
「まじで!?」
「うん」
「やっったーーー!拓人来るってみんなに言っとく」
「たぶん行けると思う」
「絶対来いよな!」
「うん」


学校が終わった拓人は、健司から頼まれていた買い物に行くためランドセルを置きに真っ直ぐ家に帰った。玄関のドアに鍵を挿し込んだが、既に鍵は開いていた。健司の仕事用の靴がある。
「お父さん?」
拓人は大声で呼びながら家の中を探した。そして仏壇の前で健司を見つけた。
「ただいま!今日はもう仕事終わりなの?」
健司はゆっくりと拓人に向き合うと、疲れた顔で言った。
「お父さんなあ、仕事なくなっちゃったんだ」
「え?」
「もう、仕事に行けないんだよ」
拓人は身を縮めた。
「なんで?」
健司はどう説明していいかわからない様子で黙り込んだ。
「これからの事を今考えてるから、とにかく拓人は買い物してきてくれるか?」
「…… わかった」
拓人が部屋を出ていくと、健司は髪をかき上げて溜息をついた。
外を歩きながら拓人は胸が騒めくのを感じていた。先ほど健司が見せた表情が焦りと不安に満ちていたからだ。そして仕事をクビになってしまったのは自分が負わせた火傷が原因ではないかと考えた。スーパーに着いて売り場を見渡した時、買う物が書かれたメモを忘れて来た事に気が付いた。適当に何か買おうかと迷ったが暫く考え、メモを取りに帰る事にした。


そっと玄関に入り音を立てないように忍び足でリビングへ入った。買い物をするのにメモを忘れて取りに帰る事くらいで怒られるはずはないが、何故かその時は気付かれたくないと思った。テーブルに置いてあるメモを手に取ると、あるものが目についた。
床にビールの缶が転がっている。中身が少し残っていたのか床に零れている。健司は普段酒は飲まないため、誰か来ているのか気になりまた忍び足で仏壇のある部屋を覗いてみると健司ひとりが背中を向けて寝ていた―――――


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