ゴールドレイン

小夏 つきひ

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「原君、お父さんの具合はどう?」
「まあまあ、です」
拓人は担任の林の目をちらりと見るとすぐに視線を落とした。
「大変だったわね。こんなこと言ったらあれだけど、体は元気で幸いね」
「はい」
「学校休んでた分、授業に追いつけるよう先生も協力するから頑張ろう」
「はい」
職員室を出て教室に入ると、昼休みがちょうど終わり午後のチャイムが鳴った。
「拓人君のお父さん怪我したの?林先生が言ってた」
女子生徒が数人拓人の机を囲んだ。
「うん」
「どんな怪我?骨折したの?」
「…やけど」
「ええ!?どうして?」
拓人は口をつむった。教室のドアが開くと国語の教師が入ってきた。
「おーい静かにしろ。授業始めるぞ、早く席につけ」
女子生徒達は惜しそうにそれぞれ席についた。
「今から皆に作文を書いてもらう」
国語教師は原稿用紙の束を列ごとに渡した。
「テーマは」
黒板に書かれる文字に生徒達は目を見張る。
「大人になったらやりたい事、これがテーマだ」
生徒達は早速騒ぎ始めた。拓人は回ってきた原稿用紙にテーマと名前を書くと黒板の文字を見ながら考えた。浮かぶのは健司の顔だった、いつも優しく懸命な父親がここのところ時折見せるやつれた表情は拓人の罪悪感を大きく膨らませていく。
作文は一向に進まない。


家に着くと玄関先で健司と曽根の主人が話していた。
「ああ、拓人君。おかえり」
「こんにちは」
「お父さん、退院出来て良かったな」
曽根の主人は拓人の肩に軽く手を置いた。
「またいつでもうちに来てくれたらいいから」
「お世話になりっぱなしですみません、入院中ずっと拓人の面倒見ていただいて」
健司は頭を下げた。
「いいんだよ、うちの奴も拓人君には目を掛けてやってくれってずっと言ってるし、こちらも退院したら頼らせてもらう事があると思うからね」
「ありがとうございます。その時は是非お手伝いさせて下さい。奥さん早く退院出来るといいですね」
「まあねえ。静かでいいけどやっぱ夫婦なのかね、あのうるさいのが居ないと寂しい気もするよ」
曽根の主人は笑いながらドアを開けて帰って行った。
「拓人、上に行って宿題先に終わらせなさい」
「うん。…お父さん、晩御飯は僕が作るよ」
「おいおい、立派な事言うんだな」
健司は笑った。
「今夜は出前を取るから気にせず勉強してろ」
「わかった」
拓人は2階に上がっていく。健司は急に真面目な顔をしてリビングの椅子に座った。包帯を巻いた手腕とは反対の手で顔を覆った。静かなリビングで換気扇が回る音だけが響いている。暫くして着信音が鳴り健司は左手でポケットから携帯電話を取り出した。
拓人がランドセルの中身を出しているとプリントの入った封筒が出てきた、それは担任の林から今日中に父親に渡すよう言われた物だった。階段を降りると話声が聞こえて拓人はリビングの手前で立ち止まった。
「……はい、確かにそうですね。申し訳ありません。できれば来週には復帰したいと思っています。宜しくお願いします」
テーブルに携帯電話を置いた音がした。健司の溜息が微かに聞こえる。タイミングを窺って待つ拓人だったが、程なくして階段を音も無く登っていった。

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