ゴールドレイン

小夏 つきひ

文字の大きさ
上 下
1 / 77
写真

写真①

しおりを挟む
「ほら、こっち向いて!頑張って目開けて!」
隣人の曽根明美そねあけみが張り切った声で言った。真昼の陽射しが一直線に親子を照り付け、なかなかシャッターチャンスが掴めないらしい。
「ちょっとの間だけだから!」
幼い子供には顔を前に向けるだけで精一杯なのだろう。やせ細った母親の片手が小さな頭の上に傘を作った。
「拓人たくと、笑って」
耳に心地いい柔らかな声、目を瞑っているだけにその声の印象は強まった。背を包むように母親が寄り添い頬をくっつけると拓人の口元が自然と緩み、陽射しに負けじと瞼が右左順番に開いた。
「そのまま、そのまま!はいっチーズ!」
自宅前で撮られたこの写真が、拓人にとって母親との最後の写真撮影となった。たった1輪の大きな向日葵が、窮屈な鉢から傾きながら高く伸びて親子を飾っていた―――――


鼻に纏わりついて離れない線香の匂い。それはぼんやりとした記憶だった。悲しいというよりも、夢の中で彷徨っているような疑問に溢れた感覚が事あるごとに拓人の胸に蘇る。あの日から6年、小学4年生になってから初めての授業参観に、母親は勿論、父親である原健司はらけんじの姿は最後まで見られなかった。
「ねえねえ、拓人君のパパさあ、どうしたの?」
隣の席の女子生徒、永井美雪ながいみゆきが拓人に訊ねる。拓人は聞こえない振りをしてランドセルの中に教科書を入れ始めた。他の生徒もちらちらと見ている。
「前はいつも来てたのに最近来ないね。どうして?」
「… 病気だから」
「えっ、病気!?なんの?」
永井は立ち上がり拓人の机に両手をつき身を乗り出した。
「知らない」
「知らないってどういう意味?」
質問が続きそうな空気に拓人はうんざりしたのか、唇をしっかりとつむって目を合わせないようにした。黙って手を動かす姿を見て永井は不満そうに口を尖らせた。
「拓人君のお父さん見たかったな~。だって、かっこいいんだもん」
「かっこいい!なんか優しそうだよね」
もう1人の女子生徒が横へ来て同調した。
「背は私のパパの方が高いと思うけど、パパはお腹が出てるから。拓人君のパパの方がかっこいい」
誉められた事にも反応せず拓人はランドセルを肩に引っ掛けるとさっさと教室の外に出てしまった。
かっこいい、優しそう、細い。そんな単純な要素で気分を高ぶらせている女子生徒を異質に感じた。


門に向かってグランドの端を歩いていると入学してからずっと同じクラスの佐野聡さのさとしがランドセルを背中で弾ませながら駆け寄って来た。
「おい、拓人!」 
足を止めて振り返ると佐野は様子を窺うような視線を向けていた。
「何?」
「林先生が探してたぞ」
「それだけ?」
「うん……」
佐野は遠慮がちに言葉を続けた。
「今日公園で野球するんだけど、来れる?」
拓人は地面を見て小さく首を振った。
「そっか。また野球しような!」
「……」
拓人の瞼は僅かに痙攣した。佐野はそれを見逃さなかった。
「職員室行ったほうがいいよ。じゃ!」
遠ざかっていく背中を見ながら拓人は少し考えた。引き留めようと声が喉の奥から出そうになるのをくっと堪えて職員室へ行く事を決めた。


職員室のドアを開けて担任である林の席を見た。林は1枚のプリントとじっと睨み合っている。
「先生」
林は振り向いた。
「原君、来てくれたのね」
「何ですか」
「ちょっと話がしたくて探してたの」
林は周りを流し見てから拓人に座るよう言って隣の空き椅子を引いた。拓人はランドセルを背負ったまま椅子に浅く座った。
「お父さん、元気?」
「はい」
「今日の参観は来られなくて残念だったね」
拓人は目を合わせない
「もうすぐ家庭訪問の時期なんだけど、来週の火曜日、お父さんは家にいられるかな?仕事で忙しい?」
「たぶん、います」
「それなら良かった。プリントは渡してくれてるのよね?」
「はい」
「あと、原君」
林は出来るだけ自然な口調で尋ねた。
「体でどこか痛いところはない?」
拓人は思いもよらない質問に顔を上げた。
「どこも痛くないです」
「本当に?」
「はい」
「何か悩んでる事があったら先生に言ってね。力になるから」
拓人は再び視線を落とし「大丈夫です」と答えた。林はその姿を見て気にかかったが、今度の家庭訪問を断られなかっただけで少し安心できた。
「それから、お父さん1人であなたを育てていて大変だと思うけど、この先暑くなってくるから衣替えしてもらえるように自分で言いなさいね」
「… はい」
拓人は“コロモガエ”の意味がわからなかった。しかし「暑くなってくるから」の言葉と同時に、今着ている厚手のパーカーを林がじっと見たので内容を察した。
「じゃあ、また明日ね」
林はにっこりと笑って見せた。
重たそうに頭を下げてから教室を出た拓人は林の言葉に落ち込んだ。やはり真冬のようなこの服は目立っているのだと知り、恥ずかしく思った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

👨👩二人用声劇台本「誕生日プレゼント」

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
彼女の誕生日が終わるまであと10分。彼氏から連絡が無いと諦めていたら彼氏から着信が! ジャンル:恋愛 所要時間:5~10分 男一人、女一人 彼女:ツンデレタイプ 彼氏:カメラマンアシスタント ◆こちらは声劇用台本になります。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 ※こちらの作品は入れ替え禁止です。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...