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マドレーヌと離婚して数日が経過していた。
最初はシフォンと結婚するために、彼女と離婚したはずなのに、今はそのシフォンも僕の隣にはいない。
「俺は滑稽だな」
自室で鏡に映る自分に、俺はそう吐き捨てた。
マドレーヌも一緒にいたあの男と結婚すると聞いたし、これで俺は三回も女に裏切られたことになる。
どうしてこんなに不幸に見舞われるのか不思議でならないが、俺はもう半ば諦めかけていた。
女なんて信用するんじゃなかった、どうせ俺はこの先も孤独に生きるんだ……そういう思想が俺を支配して、放してくれない。
「気が滅入るな」
最近部屋に籠り勝ちだったからか、気分があまり良くない。
俺はため息をはくと、庭にでも行こうと部屋を後にした。
庭でぼんやりと木々を眺めていた。
丁寧な庭師のおかげで、この屋敷に庭は一見の価値があるほどに整然としている。
俺は背の高い木を見上げて、物思いに浸っていた。
「ブッシュ様」
隣から声がした。
聞いたことのある、可愛らしい声。
俺は顔を声の主に向けて、唖然とした。
「シフォン……!?」
そこにはシフォンが立っていた。
顔には絆創膏を貼り、目はどこか虚ろだった。
もう関係は切ったはずなのに、今更何の用なのか。
「突然の来訪申し訳ありません。しかし、ブッシュ様のことが忘れられず……またこうして来てしまいました」
「……は?」
意味不明だった。
俺は彼女を睨みつける。
「ふざけるな。お前は結婚詐欺をしていたのだろう。金が目的で俺に近づいたくせに、今更忘れられないだと? 信じられるわけがない!」
「ブッシュ様のお気持ちは重々承知しております。しかし、私とて仕方なかったのです。私がお金を稼がなければ、ギャンブル好きの父によって家は潰れていました。現在も危機的状況には変わりはありませんが」
「ふん、なるほどな。だからもう一度俺と関りを持って、金でもむしり取ろうって算段か。小癪な女だ」
「違います!!!」
シフォンが突然に大きな声を出した。
彼女は泣いていた。
「違うのです……ブッシュ様は私の最愛の人なのです……だから子供を作り、十年も一緒にいたのです……」
「な、何泣いているんだ……」
俺は素直に困惑していた。
シフォンは俺を裏切り、人の道に外れたことをしていた。
そんな彼女が再び戻ってきて、信じられるはずなどない。
しかし、彼女は涙を流し、まるで俺との別れを本当に悲しんでいるような気がした。
「ブッシュ様……あなたのことが好きです……どうか私をまた愛してくれませんか?」
苦い記憶が蘇る。
初恋の彼女を殴った時の、血の匂いが鼻をつき、痛みが拳に走る。
しかしシフォンの笑顔を見ていたら、次第にそれは薄れていく。
「違う」
だが、俺はそれが怖かった。
あの最悪の出来事があってから、俺は心の底では誰も信じていなかった。
少なくとも、自分ではそう思っていた。
「こんなに違う……」
恐いのだ。
人を信用するのが。
「本当です」
シフォンがゆっくりと俺に近づいてくる。
そして俺をそっと抱きしめた。
「私は……あなたと一緒になれるのなら、家を捨てる覚悟です。どうか私の気持ちを受け取ってください」
「信じて……いいのか?」
まるで自分にも問いかけているようだった。
初恋の人に裏切られた苦い記憶は、長い間俺を縛り付けていた。
しかし本当は、心の奥の奥では、人を信じたい自分がいたのかもしれない。
「もちろんです。こんなにもあなたを愛しているのですから」
「シフォン……」
世界の色が変化した気がした。
どこか暗澹としていた世界は、鮮やかに色付き、息をのむほどの情景を俺の目に映した。
「俺も、君を愛している」
この幸せはいつまで続くのだろうか。
その答えは分からなかったが、もう不安はなかった。
最初はシフォンと結婚するために、彼女と離婚したはずなのに、今はそのシフォンも僕の隣にはいない。
「俺は滑稽だな」
自室で鏡に映る自分に、俺はそう吐き捨てた。
マドレーヌも一緒にいたあの男と結婚すると聞いたし、これで俺は三回も女に裏切られたことになる。
どうしてこんなに不幸に見舞われるのか不思議でならないが、俺はもう半ば諦めかけていた。
女なんて信用するんじゃなかった、どうせ俺はこの先も孤独に生きるんだ……そういう思想が俺を支配して、放してくれない。
「気が滅入るな」
最近部屋に籠り勝ちだったからか、気分があまり良くない。
俺はため息をはくと、庭にでも行こうと部屋を後にした。
庭でぼんやりと木々を眺めていた。
丁寧な庭師のおかげで、この屋敷に庭は一見の価値があるほどに整然としている。
俺は背の高い木を見上げて、物思いに浸っていた。
「ブッシュ様」
隣から声がした。
聞いたことのある、可愛らしい声。
俺は顔を声の主に向けて、唖然とした。
「シフォン……!?」
そこにはシフォンが立っていた。
顔には絆創膏を貼り、目はどこか虚ろだった。
もう関係は切ったはずなのに、今更何の用なのか。
「突然の来訪申し訳ありません。しかし、ブッシュ様のことが忘れられず……またこうして来てしまいました」
「……は?」
意味不明だった。
俺は彼女を睨みつける。
「ふざけるな。お前は結婚詐欺をしていたのだろう。金が目的で俺に近づいたくせに、今更忘れられないだと? 信じられるわけがない!」
「ブッシュ様のお気持ちは重々承知しております。しかし、私とて仕方なかったのです。私がお金を稼がなければ、ギャンブル好きの父によって家は潰れていました。現在も危機的状況には変わりはありませんが」
「ふん、なるほどな。だからもう一度俺と関りを持って、金でもむしり取ろうって算段か。小癪な女だ」
「違います!!!」
シフォンが突然に大きな声を出した。
彼女は泣いていた。
「違うのです……ブッシュ様は私の最愛の人なのです……だから子供を作り、十年も一緒にいたのです……」
「な、何泣いているんだ……」
俺は素直に困惑していた。
シフォンは俺を裏切り、人の道に外れたことをしていた。
そんな彼女が再び戻ってきて、信じられるはずなどない。
しかし、彼女は涙を流し、まるで俺との別れを本当に悲しんでいるような気がした。
「ブッシュ様……あなたのことが好きです……どうか私をまた愛してくれませんか?」
苦い記憶が蘇る。
初恋の彼女を殴った時の、血の匂いが鼻をつき、痛みが拳に走る。
しかしシフォンの笑顔を見ていたら、次第にそれは薄れていく。
「違う」
だが、俺はそれが怖かった。
あの最悪の出来事があってから、俺は心の底では誰も信じていなかった。
少なくとも、自分ではそう思っていた。
「こんなに違う……」
恐いのだ。
人を信用するのが。
「本当です」
シフォンがゆっくりと俺に近づいてくる。
そして俺をそっと抱きしめた。
「私は……あなたと一緒になれるのなら、家を捨てる覚悟です。どうか私の気持ちを受け取ってください」
「信じて……いいのか?」
まるで自分にも問いかけているようだった。
初恋の人に裏切られた苦い記憶は、長い間俺を縛り付けていた。
しかし本当は、心の奥の奥では、人を信じたい自分がいたのかもしれない。
「もちろんです。こんなにもあなたを愛しているのですから」
「シフォン……」
世界の色が変化した気がした。
どこか暗澹としていた世界は、鮮やかに色付き、息をのむほどの情景を俺の目に映した。
「俺も、君を愛している」
この幸せはいつまで続くのだろうか。
その答えは分からなかったが、もう不安はなかった。
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