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確かにシフォンは、女の私から見ても整った顔立ちをしていた。
だからブッシュが好きになってしまうのは否めないのかもしれないが、彼女の目はどこか闇を帯びていて、笑顔が不気味に見えた。
「初めまして、シフォンさん」
慎重に言葉を選んだ。
先ほど泣き顔を見られているので、本心を隠せるとは思えないが、平静を装ったつもりだった。
シフォンはニヤリと口の端を上げる。
「初めまして、奥様。あ、元奥様だったかしら?」
挑発的な口調に怒りがぐっと込み上げた。
しかし私は何とか堪える。
ブッシュは彼女を叱るでもなく、同じように口の端を上げた。
「今さっき君との関係を告げたんだ。子供がいることもね。そうしたら泣かれてしまったよ」
「まあ……だから先ほど、地べたに這いつくばって泣いていらしたのね。可愛そうに」
「ああ、マドレーヌは可哀そうな女なんだ。でも同情はしなくてもいいよ、騙される方が悪いんだから」
「ふふふっ、ブッシュ様のそういう所好きですよ?」
目の前で繰り広げられる光景に、私の涙は引っ込んでしまう。
愛人を作り離婚を宣言しただけでなく、その愛人と共に、私を中傷する。
ブッシュは本当に侯爵家という名誉ある貴族の生まれだったのかと、疑いたくなるほどだ。
「元奥様。ごめんなさいねぇ」
シフォンは嬉しそうに私に言った。
どうやら私のことを名前で呼ぶ気は、微塵もないらしい。
私に見せつけるように、自分の胸をブッシュの腕に押し当てている。
心がズキリと痛んだが、それを見せないように、私は笑顔を作った。
「……今日は子供はいないのですね」
「ああ、あの子なら実家に預けておりますの。こういう場にはいない方がよろしいでしょう?」
「確かに。親の醜い姿など見たくはないでしょうしね」
反撃をするように言ってみると、シフォンは明らかに不機嫌な顔つきになった。
しかしすかさずブッシュが口を開く。
「マドレーヌ! いい加減にしろ! 彼女をいじめることは俺が許さない!」
ブッシュはまるで、悪党を懲らしめる勇者のように叫んだ。
猛々しい叫びに、シフォンが嬉しそうに彼に抱き着く。
「……申しわけありません」
形だけ謝ったが、心には煮えたぎるような怒りと、氷のように冷たい悲しみが混在していた。
このまま二人と話していたら、それが表出してしまうかもしれない。
「ブッシュ様。あなたは彼女を選ぶのですね?」
確認をするようにそう言った。
ブッシュは大きく頷くと、シフォンの肩を抱く。
「もちろんだ。お前とは即刻離婚をして、シフォンを新たな妻にする。そして彼女と息子と一緒に幸せな未来を築くんだ」
「そうよ元奥様。さっさと汚い実家にでも帰ったら?」
二人は顔を見合わせると、私を馬鹿にするように高らかな笑い声を上げた。
私は拳をぎゅっと握りしめると、掠れるような声で言う。
「分かりました」
踵を返し部屋を出た。
途端に収まっていた涙が溢れだし、視界が滲む。
この数分で、私の世界は一変してしまった。
幸せだった過去は汚され、未来は崩れ去った。
とにかくこの場所にいたくなかった。
私は廊下を足早に歩いて、自室に戻ると、実家に帰る準備をした。
だからブッシュが好きになってしまうのは否めないのかもしれないが、彼女の目はどこか闇を帯びていて、笑顔が不気味に見えた。
「初めまして、シフォンさん」
慎重に言葉を選んだ。
先ほど泣き顔を見られているので、本心を隠せるとは思えないが、平静を装ったつもりだった。
シフォンはニヤリと口の端を上げる。
「初めまして、奥様。あ、元奥様だったかしら?」
挑発的な口調に怒りがぐっと込み上げた。
しかし私は何とか堪える。
ブッシュは彼女を叱るでもなく、同じように口の端を上げた。
「今さっき君との関係を告げたんだ。子供がいることもね。そうしたら泣かれてしまったよ」
「まあ……だから先ほど、地べたに這いつくばって泣いていらしたのね。可愛そうに」
「ああ、マドレーヌは可哀そうな女なんだ。でも同情はしなくてもいいよ、騙される方が悪いんだから」
「ふふふっ、ブッシュ様のそういう所好きですよ?」
目の前で繰り広げられる光景に、私の涙は引っ込んでしまう。
愛人を作り離婚を宣言しただけでなく、その愛人と共に、私を中傷する。
ブッシュは本当に侯爵家という名誉ある貴族の生まれだったのかと、疑いたくなるほどだ。
「元奥様。ごめんなさいねぇ」
シフォンは嬉しそうに私に言った。
どうやら私のことを名前で呼ぶ気は、微塵もないらしい。
私に見せつけるように、自分の胸をブッシュの腕に押し当てている。
心がズキリと痛んだが、それを見せないように、私は笑顔を作った。
「……今日は子供はいないのですね」
「ああ、あの子なら実家に預けておりますの。こういう場にはいない方がよろしいでしょう?」
「確かに。親の醜い姿など見たくはないでしょうしね」
反撃をするように言ってみると、シフォンは明らかに不機嫌な顔つきになった。
しかしすかさずブッシュが口を開く。
「マドレーヌ! いい加減にしろ! 彼女をいじめることは俺が許さない!」
ブッシュはまるで、悪党を懲らしめる勇者のように叫んだ。
猛々しい叫びに、シフォンが嬉しそうに彼に抱き着く。
「……申しわけありません」
形だけ謝ったが、心には煮えたぎるような怒りと、氷のように冷たい悲しみが混在していた。
このまま二人と話していたら、それが表出してしまうかもしれない。
「ブッシュ様。あなたは彼女を選ぶのですね?」
確認をするようにそう言った。
ブッシュは大きく頷くと、シフォンの肩を抱く。
「もちろんだ。お前とは即刻離婚をして、シフォンを新たな妻にする。そして彼女と息子と一緒に幸せな未来を築くんだ」
「そうよ元奥様。さっさと汚い実家にでも帰ったら?」
二人は顔を見合わせると、私を馬鹿にするように高らかな笑い声を上げた。
私は拳をぎゅっと握りしめると、掠れるような声で言う。
「分かりました」
踵を返し部屋を出た。
途端に収まっていた涙が溢れだし、視界が滲む。
この数分で、私の世界は一変してしまった。
幸せだった過去は汚され、未来は崩れ去った。
とにかくこの場所にいたくなかった。
私は廊下を足早に歩いて、自室に戻ると、実家に帰る準備をした。
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