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それを告げたのは冷徹な父の声。
墓参りの時と同じように雨が降る日だった。
書斎の窓を雨粒が垂れている。
「お前の夫が決まった。同じ公爵家のアーサーだ」
「……」
返す言葉も見つからない。
確かに結婚することに了承したが、こんなにも早く新しい夫を見つけてくるなんて。
その行動の早さに感心しながらも、その人は本当に信頼に値する人間なのか心配になる。
そんな私の心境を感じ取ったのか、父は「安心しろ」と付け足す。
「有名な貴族学園を卒業した、誠実な男性らしい。大人しいお前にピッタリだろ」
「そうだといいですが」
「エレノア」
父がため息交じりに私の名を呼んだ。
「いつまでも悲しんでいることなどできない。お前がいくら涙を流そうと、時間は止まってくれない。世界は刻一刻と動き続けているんだ。公爵令嬢として……」
「公爵令嬢が何だと言うのです!」
つい声を荒げてしまう。
目頭も同時に熱くなるが、何とか涙は堪える。
「私はボンドを心の底から愛していたのです! 大切な彼を失い、そう易々と立ち直れるはずがありません! 公爵令嬢以前に、人として無理なのです!」
私が珍しく大きな声を出したので、父は目を見開き驚いているようだった。
しかしすぐにため息をはき、目を伏せる。
「とにかくもう決定したんだ。受け入れろ」
「……分かりました」
きっともうこの家に帰ってくることはないだろう。
そんなことを思いながら、私は父の書斎を後にした。
……一週間後。
私は住み慣れた家を離れ、アーサーの家へと向かう馬車に乗っていた。
母や使用人たちは私を涙ながらに見送ってくれたが、父はとうとう最後まで現れなかった。
母がごめんねと父の代わりに謝っていたが、私は首を横に振った。
公爵家当主でありながら、変なプライドで家に閉じこもるなど、聞いて呆れる。
馬車に揺られながら、私の心はイライラが募り、自然と眉が寄る。
窓に微かに反射した自分の顔を見て、「いけない」と慌てて笑顔を作ってみた。
上手く笑えている気はしなかったが、怒っているよりは数倍マシだろう。
アーサーの家は、同じ公爵家でも私の実家の二倍ほどの敷地面積があった。
庭は綺麗に草が刈り取られていて、中央に綺麗な噴水が建てられている。
家部分は三階建てで、まるで王宮のような旗がてっぺんにつけられていた。
私を出迎えてくれたのは、真面目そうなメイドの女性。
私に丁寧なお辞儀を披露すると、家に手を向ける。
「アーサー様はお部屋でお待ちです。ご案内致します」
……彼女の後ろをついて数分。
三階の真ん中あたりにあるその部屋の扉は、豪華に装飾がされていた。
反対側の窓からは、庭を一望できて、じっくり見入りたい気持ちに駆られたが、ぐっとそれを堪える。
メイドが扉をノックして私の来訪を告げると、中から低い声が聞こえてくる。
「入れ」
まるでどうでもいいかのようなぶっきらぼうな声である。
メイドは少しだけ怯えたような顔つきになると、私を見て、口を開く。
「では、頑張ってくださいね」
「はい?」
まるでこれから何か試練のようなものがあるみたいな言い方に、疑問を呈すも、彼女は逃げるようにその場を去っていく。
私はごくりと唾を呑み込むと、部屋の扉に手をかけた。
「失礼します……」
恐る恐る扉を開けて、中へと入る。
一人部屋にしては広く、しかし、床には物が散乱していて、アーサーの片付ける能力が低いことを物語っている。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
奥の方へと顔を向けると、金色の髪の男性が椅子に座り、私を睨みように見ていた。
彼が私の夫になる、アーサーだ。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
私は深々と頭を下げるが、アーサーは何も言わない。
覚悟を決めて顔を上げると、彼は机の引き出しから紙を取り出して、それに目を移していた。
今日から妻になる私よりも、その紙の方が興味をそそられるらしい。
「あ、そういえば」
アーサーが思い出したように口を開くと、私へ顔を戻す。
そして、彼は平然と、さも世界の真理が如く、衝撃的な発言をする。
「君、大して美しくもないから、不倫させてもらうね」
「……はい?」
父は言っていた、アーサーは誠実な男性だと。
一回だけ行った顔合わせでは、彼は大人しくしていたが、どうやらこちらが本性らしい。
「別にいいよね? わざわざこの僕が結婚してやったんだから……それだけで十分だろ?」
アーサーは飄々とした表情で、不気味な笑みを浮かべた。
墓参りの時と同じように雨が降る日だった。
書斎の窓を雨粒が垂れている。
「お前の夫が決まった。同じ公爵家のアーサーだ」
「……」
返す言葉も見つからない。
確かに結婚することに了承したが、こんなにも早く新しい夫を見つけてくるなんて。
その行動の早さに感心しながらも、その人は本当に信頼に値する人間なのか心配になる。
そんな私の心境を感じ取ったのか、父は「安心しろ」と付け足す。
「有名な貴族学園を卒業した、誠実な男性らしい。大人しいお前にピッタリだろ」
「そうだといいですが」
「エレノア」
父がため息交じりに私の名を呼んだ。
「いつまでも悲しんでいることなどできない。お前がいくら涙を流そうと、時間は止まってくれない。世界は刻一刻と動き続けているんだ。公爵令嬢として……」
「公爵令嬢が何だと言うのです!」
つい声を荒げてしまう。
目頭も同時に熱くなるが、何とか涙は堪える。
「私はボンドを心の底から愛していたのです! 大切な彼を失い、そう易々と立ち直れるはずがありません! 公爵令嬢以前に、人として無理なのです!」
私が珍しく大きな声を出したので、父は目を見開き驚いているようだった。
しかしすぐにため息をはき、目を伏せる。
「とにかくもう決定したんだ。受け入れろ」
「……分かりました」
きっともうこの家に帰ってくることはないだろう。
そんなことを思いながら、私は父の書斎を後にした。
……一週間後。
私は住み慣れた家を離れ、アーサーの家へと向かう馬車に乗っていた。
母や使用人たちは私を涙ながらに見送ってくれたが、父はとうとう最後まで現れなかった。
母がごめんねと父の代わりに謝っていたが、私は首を横に振った。
公爵家当主でありながら、変なプライドで家に閉じこもるなど、聞いて呆れる。
馬車に揺られながら、私の心はイライラが募り、自然と眉が寄る。
窓に微かに反射した自分の顔を見て、「いけない」と慌てて笑顔を作ってみた。
上手く笑えている気はしなかったが、怒っているよりは数倍マシだろう。
アーサーの家は、同じ公爵家でも私の実家の二倍ほどの敷地面積があった。
庭は綺麗に草が刈り取られていて、中央に綺麗な噴水が建てられている。
家部分は三階建てで、まるで王宮のような旗がてっぺんにつけられていた。
私を出迎えてくれたのは、真面目そうなメイドの女性。
私に丁寧なお辞儀を披露すると、家に手を向ける。
「アーサー様はお部屋でお待ちです。ご案内致します」
……彼女の後ろをついて数分。
三階の真ん中あたりにあるその部屋の扉は、豪華に装飾がされていた。
反対側の窓からは、庭を一望できて、じっくり見入りたい気持ちに駆られたが、ぐっとそれを堪える。
メイドが扉をノックして私の来訪を告げると、中から低い声が聞こえてくる。
「入れ」
まるでどうでもいいかのようなぶっきらぼうな声である。
メイドは少しだけ怯えたような顔つきになると、私を見て、口を開く。
「では、頑張ってくださいね」
「はい?」
まるでこれから何か試練のようなものがあるみたいな言い方に、疑問を呈すも、彼女は逃げるようにその場を去っていく。
私はごくりと唾を呑み込むと、部屋の扉に手をかけた。
「失礼します……」
恐る恐る扉を開けて、中へと入る。
一人部屋にしては広く、しかし、床には物が散乱していて、アーサーの片付ける能力が低いことを物語っている。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
奥の方へと顔を向けると、金色の髪の男性が椅子に座り、私を睨みように見ていた。
彼が私の夫になる、アーサーだ。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
私は深々と頭を下げるが、アーサーは何も言わない。
覚悟を決めて顔を上げると、彼は机の引き出しから紙を取り出して、それに目を移していた。
今日から妻になる私よりも、その紙の方が興味をそそられるらしい。
「あ、そういえば」
アーサーが思い出したように口を開くと、私へ顔を戻す。
そして、彼は平然と、さも世界の真理が如く、衝撃的な発言をする。
「君、大して美しくもないから、不倫させてもらうね」
「……はい?」
父は言っていた、アーサーは誠実な男性だと。
一回だけ行った顔合わせでは、彼は大人しくしていたが、どうやらこちらが本性らしい。
「別にいいよね? わざわざこの僕が結婚してやったんだから……それだけで十分だろ?」
アーサーは飄々とした表情で、不気味な笑みを浮かべた。
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