傭兵少女のクロニクル

なう

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第68話 カチューシャ

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 グシャリ、と、巨大な虫の複眼が潰れ、体液が飛び散る。
 足がめりこむ……。
 でも、そんな事は予想済み、つま先は複眼ではなく、その外側の外骨格部分にかかっている。
 私は身体を前方に倒し、つま先に力を入れて前方に倒れるようにして離脱する。
 じゃらじゃらと砂利の地面を三回転ほどして片膝たちになる。
 やつは私の後方……。

「当然、反撃してくるよね、知能があるのなら……」

 私は片膝立ちの状態から、そのまま真上に飛び上がり、棒高飛びの背面飛びのような姿勢になる。
 その瞬間、巨大な虫が私の身体の下すれすれを通過する。

「やっぱり」

 口の端で笑ってしまう。
 身体は仰向けのまま上昇を続け、やがてその上昇もとまり空中で制止する瞬間が訪れる。

「ああ、少し青空が見えるね……」

 広葉樹の若木の隙間から青空が覗き、それと同時に太陽の光も私の頬にあたる。
 両手を広げて落下に備える。
 手の平は右手が下、左手が上……。

「ポストストール機動クルビット」

 身体が横向きなる動きをはじめた瞬間に右手の手の平も上に向ける。

「アドバース・ヨー」

 それまでとは逆の回転が加わり、身体が外に弾き飛ばされるように、くるくると横回転しながら高速で落下をはじめる。
 巨大な虫は私の身体から随分離れたところを上に向かって飛び跳ねていく。

「ふっ、ちょっとでも考えちゃうと、そのタイミングで攻撃しちゃうよね?」

 と、私は三点着地する。
 で、着地したところは、狙った通りにあの小鹿の近く。

「みーん……」

 小鹿が不安そうに、弱々しくか細く鳴く。

「よし、よし、心配いらないよ、私が守ってあげるからね」

 と、目で笑い、小鹿の頭を手の甲で触れるか触れない程度の強さで優しくなでる。

「みーん……」

 小鹿が私の目を見つめる。

「うん」

 と、満面の笑みで答える。

「キリキリキリキリ……」

 いつの間にか、あの巨大な虫がこっちに向かってきていた。

「キリキリ、キキ、キキ、ガリガリガリ……」

 不快な音、歯をかみ合わせる音かな……? 
 ブン。
 羽音、それと同時に私たちに襲い掛かる。

「あれ? 何か忘れてない、虫さん?」
「みーん!」

 親鹿が横から巨大な虫の複眼に頭突きをくらわす。
 巨大な虫は突き飛ばされ二転、三転しながら吹っ飛ばされる。
 私は斜め前に一歩踏みだし、足を振り上げ、思いっきりその顎を蹴り上げる。
 歯がろうか、外骨格だろうか、白と黒の破片が無数に飛び散る。

「親鹿、ナイス、アシスト」

 と、親鹿に向かって親指を立てる。

「みーん!」

 言葉が通じたのか、前足で地面をかきながら返事を返してくれる。
 カサカサ、カサカサ、と、虫はひっくり返りながらもがく。

「ガリ、ガリ……」

 やがて、足の動きが鈍くなる。

「それにしても、こんな巨大な虫、はじめて見た……」

 私は遠巻きに巨大な虫の周囲を歩き、その姿をつぶさに観察する。
 普通の虫だね、姿かたちは……。

「ガリ、ガリ、ガリ……」

 完全に足の動きは止まり、口からそんな歯軋りのような音がするけど、その音量は非常に小さいものだった。
 顎、歯を破壊したからね。
 虫の習性を考えると、ああやって、歯軋りをして仲間を呼ぼうとするからね、最優先で顎と歯を狙わせてもらった。

「もう、仲間なんて呼べないよ……」

 ちなみに、虫が仲間を呼ぼうとする時って、バチン、バチンってもの凄い音がするんだよね。

「ガリ……、ガリ……」

 その音も次第になくなっていく。
 終りかな……。
 私はきびすを返し、うずくまっている小鹿のもとに向かう。

「大丈夫?」

 そして、しゃがんで、目線をあわせて尋ねる。

「みーん……」

 元気ない……。

「みーん……」
「うーん、困った……」

 夏目とか笹雪の治癒魔法ってどうだったかな? 
 一回ラグナロクに戻って、綾原か海老名を連れて来たほうがいいかな? 
 と、私は思案しながら立ち上がる。
 そして、振り向いて、もう一度あの巨大な虫を確認しようとする……。

「近寄るな!」

 親鹿が巨大な虫に近づいて、その足あたりの匂いを嗅いでいた。

「すぐに離れろ!」

 そう叫んだ時にはもう遅かった。
 親鹿の頭がなくなった。
 虫は死んでいても動く、神経さえ生きていれば反射で動く、親鹿の鼻が虫の足に触れた瞬間に反応しその首を切り落とした。

「あ、ああ……」

 ばたりと親鹿が倒れる……。

「みーん……」
「小鹿がみなしごになっちゃった……」
「みーん……」

 親鹿を呼ぶ小鹿の鳴き声がむなしくに響く。

「ごめんね、お母さん、守ってあげられなかった……」

 小鹿の頭を抱く。

「みーん……」
「ごめんね……」

 なんか、涙、出てきちゃった……。

「みーん……」
「うわーん」

 涙が頬を伝う……。

「お家に帰ろうね」
「みーん……」

 この子はラグナロクに連れて帰る。
 そっと、抱きかかえる。

「みーん……」
「大丈夫、大丈夫、足も直してもらおうね」

 そして、ゆっくりと歩きだす。

「ナビー!!」
「大丈夫か、ナビー!?」

 和泉と秋葉が駆けつけてくれた。

「うん、大丈夫、でも、この子、みなしごになっちゃった……」
「こ、小鹿……?」
「って、あれ、虫!?」

 秋葉がひっくり返っている虫の死骸を見て叫ぶ。

「うん、虫、親鹿があれにやられた」
「うわ……、信じられん……」
「あ、蒼、それに近づかないで、まだ動くかもしれないから」

 と、軽く注意する。

「お、おう……」

 秋葉が虫から距離を取る。

「あ、ナビー、その子、怪我してるの?」

 和泉が小鹿を覗き込む。

「うん、すぐにラグナロクに連れ帰って雫に治療してもらいたい」
「そっか、じゃぁ、俺が持つよ……」
「なんか、タオルとかあればいいんだけど……、お、あった、これ、ナビーの?」

 と、秋葉がどこかからかバスタオルを持ってくる。

「えっ?」
「お、かわいいな、くまのバスタオルだなんて……」

 彼がバスタオルを広げる……。
 それは、もちろん、フィユリナ・ファラウェイのバスタオルだ。
 あ、やばい、埋め忘れがあった……。

「フィユたん……?」
「フィユたんって、誰?」

 二人がそう書かれた刺繍を見て首を傾げる。

「た、たぶん、私……、お、お母さんとかにそう呼ばれていたんだと思う……」

 平静を装いつつ言い訳をする。

「あ、そっか、ごめん……」
「ああ、そうだったな……」

 二人が顔を見合わせて謝罪する。
 私が記憶喪失だという事を思い出したんだと思う。
 しかし、失敗したなぁ……、虫に気を取られてて、ちゃんと確認しなかった……。

「じゃぁ、このバスタオルを使わせてもらうよ、ナビー、その子貸して」

 と、和泉がバスタオルを広げる。

「うん、ハル、お願い」

 丁寧にそっと、小鹿を渡す。

「よし、よし……」

 さらに、バスタオルでくるむ。

「みーん……」
「大丈夫だからねぇ……」

 と、頭をなでなでする。
 それから、私たちはロープで上に登り、そのまま急いでラグナロクに帰る事にした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「どう、雫……?」

 と、タオルにくるまれた小鹿の足を治療している綾原雫に怪我の具合を尋ねる。

「怪我はしていないようだけど……」

 彼女は小鹿の足を見ながら答える。

「怪我してないの? でも、歩けなかったよ?」

 ここは、牧舎の中、そこで診てもらう事にした。

「くるぅ!」
「めぇ!」
「こら、クルビット、シウス、邪魔しないの!」

 小鹿に興味津々の彼ら頭を押さえて、治療の邪魔をしないようにする。

「そうね……、別に骨には異常ないし、捻挫とかもないみたいだけど……」
「みーん」

 その時、小鹿が立ち上がろうとする。

「お?」
「立たせてみる?」

 と、和泉と秋葉がそっと小鹿を支える。

「みーん」

 ぷるぷる、ぷるぷる、と震えながら小鹿はなんとか立ち上がる。

「おお?」
「みーん!」

 立ち上がったら、結構しっかりしている! 
 もしかして、びっくりして、腰を抜かしてただけ!? 

「みーん!」
「よし、よし……」

 と、膝立ちで小鹿の頭を抱く。

「怪我じゃなくてよかった」
「うん、うん、元気そうだね」
「それじゃぁ、名前を付けようか、ね、ナビー?」

 和泉が私の顔を覗き込みながら言う。

「な、名前か……」
「みーん……」

 みーん……、みぃ……、駄目だ、それだと徳永美衣子と名前がかぶってしまう。
 そ、それじゃぁ……。

「カチューシャ、この子の名前はカチューシャで……」

 と、なんとなく思いついた名前を言う。

「おお、カチューシャか、いい名前だ、よかったな、カチューシャ」

 和泉が笑顔でカチューシャの頭をなでる。

「カチューシャ……、ヘアバンド?」
「ナビー、カチューシャ欲しいの?」
「作ろう、作ろう、ナビーに似合いそうだよ、カチューシャ」

 と、夏目たちが話す。
 カチューシャはヘアバンドじゃないよ、あれ、トラックにロケットランチャーを取り付けた自走砲。

「えへへ」

 でも、なんて言っていいかわからず、みんなを見て困ったように笑う。

「みーん!」

 シウスたちがカチューシャに興味津々で匂いとか嗅いでる。

「みんな、仲良くするんだよ」

 こうして、私たちは小鹿のカチューシャをマスコット班に迎え入れる事になったのであった。
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