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番外編:愚か者と幸せを願うモノ
しおりを挟む「ようやく邪魔者がいなくなったな」
嘲るような、その者の全てを否定するような。
冷たい声が室内に響く。
男は王城にある部屋の中でも、より豪華で煌びやかな部屋の中にいた。
「いやですわ、殿下♡そんなこと言っちゃ、あまりにも可哀想ですよ~」
言葉とは裏腹にニヤニヤとした、いやらしい笑みを浮かべた女は、この間まで平民だったとは思えないほど上品さの欠片もないギラギラとした格好をしていた。
「愛しいお前をいじめ、陥れようとするような者など!この国には必要ない。お前を守ることができて、ワタシは誇らしく思うよ」
「やだっ!殿下ったら、アタシのことを愛しいだなんて…♡アタシもアタシのことを守ってくれるカッコイ~イ殿下が大好きですよ♡」
まだ婚前にもかかわらず男に抱きついて、発情期の獣のように女は体を擦り付けた。
男は鼻の下を伸ばして、女の臀部へと手を伸ばす。
その時だった。
「殿下…っ!大変です、神殿が…ッ!!神殿が……!」
普段、大声や慌ただしい行動を取ることのない神官の者が、大きな音を立て扉を開けた。
「入室の許可もなしに何事だッ!神殿がどうしたというのだ!」
「許可もなく入室してしまい、申し訳ありません。とにかく緊急事態なのです!聖女様と共に神殿へお越しください」
自分たちの甘い時間を邪魔されて不服そうにしつつも、神殿に何か起こったのであれば王族として尚且つ癒しの力を持つ彼女の存在価値を示すためにも、行かなければならないと男は女を連れて神殿へと向かった。
第3王子という王位継承権の立ち位置的にも微妙な男が教会から頼られるのは、彼女の存在が大きかったのだ。
「な、なんなのだ。コレは……」
「殿下ぁ、アタシこわぁい……」
そこには、信じられない光景が広がっていた。
王城の側に建てられてはずの教会が瓦礫の山へと化していたのだ。
転がっている瓦礫の一部には、黒く焦げたような跡があり、何かの力によって壊されたことは明らかだった。
しかし、不思議と教会の者たちは各々、示し合わせたかのように外へ出る用事ができたのだという。
誰一人として教会内におらず、死者や負傷者はでなかったのだそうだ。
ここはこの国の中でも一番大きく力を持つ教会。
強力な結界も張られているうえに、それだけでなく何十人分もの魔力が込められた守りの魔法石も祀られているのだ。
…それらが、このように見るも無惨に壊されているだなんて。
敵国の襲撃か、はたまた国内に裏切り者がいるのか。
しかし、このように破壊するには、とてつもない魔力を消費する。そのような莫大な魔力を使えば、魔法省の者たちが感知するだろう。それがされなかったとは。
人間技とは思えない圧倒的な力。
これは、一体───。
「あれは……ッ!」
「キャッ……!!」
天から突如、光が差した。
太陽の光などはない。七色の光が、我々に向けて差しているのだ。
「敵襲かッ!?攻撃か何かなのか……!!?」
男は腰に佩いていた剣を抜こうと構えた。
しかし、その構えた姿を見て、神官が慌てたように大声を出す。
「なりません、殿下!おそらく、この光は───!」
【あの子の苦しみを考えたら、どうにも許せず、力を見誤ってしまった。この騒ぎで、こちらに誘導するつもりがここまで粉々になってしまうとは我もまだまだということですね。しかし…この国には実に失望した。なんとも愚かなことだ】
「誰だッ!」
頭に直接、響く声。
その声には威厳があり、硬質で。
まるで人間ではないような────。
まさか。そんな、ありえない。
そんなことって。
【この国は、このような愚か者が育つような国にまで落ちぶれてしまったか。この国が生まれる以前から、この地を見守っていた身としては悲しいこと極まりない】
国が生まれる以前、だと…!?
「あなた様は、まさか……」
【あのように清く正しく生きていたヴェリキュス・ロ・ラベリッタを追放した時点で貴様のことは無能だとは思っていたが、まさか…ここまでとはな】
「ヴェリキュス……?か、神よ!あの者は、清く正しくなどありません!何か、誤解しておいででは────」
【愚か者めが…!】
今まで静かに凪いだ海のようだった声音が、突如として荒れ狂う海のように激しいものへと変わった。
【誤解を、いや…そのような生ぬるい言葉では許されない、盲目で無知なのは貴様の方だ、この国の王子よ】
この場にのみ、降り注がれている七色の光に王城にいた人々は何事かと、次第に集まり出していた。
それほどまでに、七色の光は強く、神々しい光であったのだ。
この場に足を踏み入れた人々にも、その神々しい声は聞こえるようになっていた。
最初からこの場にいた人々も、途中から足を踏み入れた人々も、神に対して口を挟むことはできず、その場に跪き事の成り行きを見守っていた。
【ヴェリキュス・ロ・ラベリッタは本当に素晴らしい子だった。いつだって、この国を愛し、人々の平和を願い。この国の上に立つ者として、いつだって誠実であろうと生きていた。それを貴様は、貴様は…そのような私欲に溺れる女と共にある為にヴェリキュスを陥れ、あのような魔物の蔓延る場所に何も持たせずに置き去りにして───。あの子が一体、どれだけ苦しんで死んでいったか、貴様にわかるか?最後まで周りを恨まずに、自分自身を責めて死んでいったあの子の苦しみが!】
神が紡ぐ言葉は、この場にいる人々にまで、心の悲痛が伝わってくるようであった。
加えて、ヴェリキュスが処刑されていたと知らなかった者も多く、その事実を知り驚きを隠せない者もいた。
ラベリッタ家にのみ伝えて、王子が王の許可も得ずに、秘密裏に処刑を行っていたからだった。
「恐れながら神よ、ワタシは陥れてなどおりません…!あの者はワタシの愛する彼女…いえ、この聖女に危害を加えたのですぞ!刑に処するのは当然ではありませんか…!」
【つくづく、どこまで貴様は愚かなのだ。ヴェリキュスは、そこの女を陥れてなどいない。ヴェリキュスはお前が望むのであれば身を引くつもりだった。お前と共にある為に幼い頃から行われていた血の滲むような教育に耐えてきたのにも関わらずだ。それが無に帰そうともヴェリキュスはお前の意思を尊重するつもりだった。婚約を解消するのであれば、ヴェリキュスはお前にあそこまで口煩くしたりはしなかった。婚約者であるヴェリキュスがいたからこそ、婚約者がいる身である貴様が悪く言われるのを防ぐためにお前に口煩く言っていたのだ。そこにいる女と一緒にありたいと望むのなら直接、ヴェリキュスと話し合えば良かったはずだ。婚約を解消するのであれば王に直談判すれば良かったものを。お前は、それだと己に過失が生まれてしまうからと、女にヴェリキュスから虐げられていると言われ、これは良い機会だと調べもせずに真っ赤な嘘を鵜呑みし、ヴェリキュス本人に問題があるかのようにした。そもそも、その者は聖女でもなんでもない。癒しの力など、この世界にはありふれているのに。たまたまこの国に癒しの力を持つ者が少ないだけで、この世界にはいくらでも存在しているのに。無知極まりない。それを祭り上げて、どこまで愚かなのだ、この国は】
王子は開いた口が塞がらなかった。
彼女の主張が真っ赤な嘘と言われたこともそうだが、ヴェリキュス本人が婚約を解消してもいいと思ってくれていたことにだった。
いつも強い口調で婚約者がある身でありながらと注意してきていたから、てっきり自分を好いていて、それ故に嫉妬しているのだと思っていた。離れる気など更々ないのだと。だが、それはワタシが悪く見られない為の言動であったのだ。
もしそれが本当であったなら?
自分が話し合いをしていたら、もっと別に道があったのではないだろうか。
例え難しくとも処刑などではなく、もっと円満に事が進んでいたのではないか。
何も彼にも、全て決めつけて行動していたが、もしかしたら間違っていたのではないか。
王子は血の気が引く思いがした。
「さっきから…何を勝手にベラベラと!あの男がアタシに何もしてないとか嘘を言って、アタシを嘘つき呼ばわりして!お前こそ、声しか聞こえないし、神なんて保証がどこにあるのよ!邪悪なモノである可能性だってあるわ!いいえ、きっと悪魔なのよ!殿下を誑かす、この悪魔めッ!」
聖女気取りをしていた女が自分の力は特別だと自負していただけに、それをありふれた力だと否定され、嘘つき呼ばわりされたことが何よりも許せなかったのだろう。
女は逆上して、そのような何とも愚かな言葉を空へと言い放った。
【おやおや、本性を表しましたね。ヴェリキュスを陥れ、この国を破滅へと導こうとしている邪悪なる者よ。そこらで我を信仰し、傅いている者たちよ、よくお聞きなさい。そこにいる者は、隣国の人間なのです。お前たちが警戒し、よく知っている隣国のね。彼女は彼の国に忠誠を誓い、命令をされて、この国へとやって来た。何故だと思う?そこにいる愚かな王子を惚れさせ、籠絡する為だ。操って、この国を中から壊していく計画だったのだろう】
「な、な、何よ、この悪魔…っ!証拠もないくせにデタラメばっかり言わないで!!」
【デタラメ…ねえ。皆の者よ、証拠ならあるぞ。女は足首にアクセサリーをつけている。それは、隣国と連絡を取る為の道具だ】
「アクセサリー…?」
「…っ!た、確かにつけてるわよ!でも、これはただのアクセサリーで────」
【この心臓は国王のために、この魂は祖国のために】
「─────ッ!!!!」
女は、その合言葉を聞いた途端、逃げ出した。
王子は駆け出した女を見て、膝から崩れ落ちた。
近くにいた兵に、呆気なく女は捕えられ、その場に拘束される。
【今の言葉は、そのアクセサリーを模した通信機を使用する際の合言葉だ。その言葉を言った後に通信機に触れれば隣国へと繋がる】
「殿下、こんな悪魔の言葉に耳を貸さないで!ね、殿下ならアタシの言葉を信じてくれますよね、ね?!」
捕えられても尚、王子へと助けを求める女。
王子は女の様子を見て、顔が青ざめていく。
信じていたものが全て、壊れていくような気がした。
【女よ、残念だったな。全て無へと帰して。お前も運が悪かった。まさか、我がお前の嘘を暴きに来るとは思わなかっただろう。我も普段なら、このように人々に手を貸すような特別扱いはしないのだけれどね。別にこの国が滅びようと、どうだっていいのですよ。ですが…清く正しく生きたあの子が…ヴェリキュス・ロ・ラベリッタがあんな死を迎えた事が、どうしても。どうしても、許せなかったのです】
人々は、神の言葉に身を震わせた。
もしも、このまま王子があの女を愛したままだったなら、この国は終わりへと歩み出していたかもしれないからだ。
その言葉を最後に、七色の光は消えた。
後に女は死刑に処された。
神に暴かれた隣国と企てていた計画以外にも叩いてみれば埃ならぬ余罪が多く出てきたのだ。彼女は男を騙してお金を出させるだけでなく、酷い時には恐喝を行っていた。
隣国と繋がっていた女は、自らが忠誠を誓う彼の国の王ならば自分を助けてくれると信じ、関係を主張したが隣国の返答はそんな女もアクセサリーも知らないとのこと。
国はそれ以上、隣国と女の繋がりに関する証拠を集めることができなかった為、隣国へ追求することができなかった。彼女は自分が切り捨てられた事実を受け入れられなかったのか、牢の中で最期の時がやってくるまで気が狂ったように泣き喚いていた。
王子は責任問題を問われて王位継承権を剥奪され、平民へと落ちた。
王子自身も、そして国民たちも死刑を望んだが刑を下そうと試みるも不思議な力が働くかのように処刑器具が壊れてしまう為、神の思し召しだと平民へと落とされることになったのだ。
平民へと落ちた男は自らの過ちを悔い改め、自らの意志で国の中でも最も厳しいと称される教会へと入信した。
それから毎日、命が尽きる日まで。己を裁いてくれた神と真心を尽くしてくれたヴェリキュスに向けて男は祈りを捧げ続けた。
ラベリッタ公爵家は、領地に雨が一切降らなくなり、作物が育たなくなった。
ヴェリキュスという自らの尊き子供を裏切ったという醜聞もさる事ながら、作物が取れなくなったことによる貧困に領民たちは苦しみ、不満を募らせた。そんな状況化の領民たちへ今までと変わらず厳しい納税を要求していたラベリッタ公爵家に農民たちが火を灯し、暴動を起こすのに、そう時間はかからなかった。
神が尊き子の死を憐れんで自ら裁きを下したことは、すぐさま国中に伝えられた。
国民たちは、愚かな王子と王子が愛した女に殺された、ヴェリキュス・ロ・ラベリッタを想い、その魂が救われることを祈って集まったお金と王家から出された資金のもと、王城に銅像が建てられた。
神が自ら裁きを下した場所。
七色の美しい光が降り注いだ、その場所に。
+++
【あの王子自身も国民も、王子の死刑を望んでいるけれど、絶対に死なせたりしない。ヴェリキュスの手を離して踏み躙った、あの男を楽に死なせたりはしません】
水鏡のような透明の丸い穴を見つめて、冷たく言い放った。
徐に人間界を映していた幻影を手で掻き消すと、憂げな顔をして一柱はため息をつく。
【…このように感情的になるなんて、我もまだまだ未熟です】
だが、今回のことはどうしても、らしくもなく感情的になるほどに許せなかった。
一人の人間に肩入れをするなんて良くないことだとわかっていても、自らの手で裁きを下したいと強く思ったのだ。
目を瞑って浮かぶのは、愛しいあの子と過ごした僅かだけれど美しい時間。
人間界の好きな自分が鳥の姿で降り立った先で泣いていたあの子。
自分が言葉を話さない姿だったからか、内緒だと言って打ち明けてくれた辛く悲しい胸の内。
君が話を聞いてくれたから心が軽くなったと、泣き笑いで優しく撫でてくれた温かな手。
あの子がどれだけ辛い日々を送ろうと、ヴェリキュスだけ特別扱いをするわけにいかないと見守るだけで手を差し伸べられなかった。
自分は他の神々と違って、弁えていると思っていたのに。
あの子が魔物の蔓延る森に取り残されて、自分を責めながら死にいく姿に心の底から後悔した。
この手には乗せきれないほどの大勢の命があって。
たった一つを想うことなど許されない存在なのに───。
理解していても、止められなかった。
思わず手を伸ばして、あの子の魂を抱きとめていた。
壊れかけた魂を乙女ゲームの中に封じ込めて。
例えあの子にとって、それが辛い日々を繰り返すことになったとしても。あの子が自分自身を責めた末に魂が消えてしまうくらいならと。
乙女ゲームを生み出し、他の神が管轄とする世界に配らせ、ヴェリキュスを心から想ってくれる相手を探した。
待ち続けてやがて、響が現れたのだ。
自分と同じだけヴェリキュスへの熱量を持つ彼を。
【我は、常識があると思っていたのだが。ヴェリキュスに望まれたわけでもないのに、このように好き勝手をして…他の柱たちのことは言えませんね】
『キミも、ついにこちら側になったね』
【ルメアーノ】
『久しぶり』
突如出現した光と共に現れたのは、肌と腰まである髪が白く、透明のようでいて光の変化によって虹色に輝く瞳を持った、一柱のルメアーノだった。
【お久しぶりです。人間のように何年と月日を数える事ができないほどの長い間、ルメアーノに会っていない気がします】
『確かに。こちらも何かと管轄している世界のことで忙しかったんだよ。あの堅物なキミが管轄する世界の人間の為に直接、罰を下しに行ったと聞いて面白くって。久々にここへ来たんだ』
【そうだったんですか…噂好きというのは、どの世界であれ、いるものなのですね】
『堅物なキミが直接、手を下すとは!乙女ゲームを配って欲しいと送られてきた時にも思ったが、キミが怒るとはよっぽどのことだったのだろう?よければ、詳しく話を聞かせてはくれないか?』
【そうですね…たまには誰かに話を聞いてもらうのもいいかもしれません】
『それにしても…やはり、"キミ"としか呼ぶことができないのは、なんとも不便だね。キミにも名前があればいいのに』
【仕方ないですよ。ルメアーノのように名をつけてくれる相手はいないので】
『キミにも、いつか現れるよ』
【そうでしょうか…】
『嗚呼、きっとね』
そんな軽口を言い合いながら、考えるのは彼らのことばかり。
【ルメアーノ。ヴェリキュスを閉じ込めた乙女ゲームを配布したこと。そして、ヴェリキュスを託す相手が見つかった後、ヴェリキュスをあなたの世界に受け入れていただき、本当にありがとうございました。おかげであの子は…きっと幸せへの道を歩むことができるでしょう】
『いいんだよ。前にキミの世界へこちらの世界から導いた子を受け入れてもらっただろう?あの時の恩を返したまでさ。お互い様だろ?』
【それもそうですね】
ルメアーノが笑みを浮かべて、徐に手をかざすと、先程と似た水鏡のようなものが表れ、そこには嬉しそうに食卓を囲むヴェリキュスと響が映し出された。
『キミの選択は決して、間違っていないと思うよ』
【…よかった。彼等が出会う事で今後、どんな化学反応を起こすか楽しみです。頼みましたよ、杜若響。ヴェリキュス・ロ・ラベリッタよ、幸せになりなさい】
彼の幸せを願う一柱は慈しむような、それはそれは美しい笑みを浮かべた。
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