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プロローグ~一匹狼編~

プロローグ~一匹狼編~

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 幸せだった。たとえ、生まれ育った群れである家族に追い出された過去を持っていても。
 仕方がないのだ。私の生まれた群れは多くがただの狼。赤髪であり、オッドアイでもある私は災いをもたらす。そう信じられているのだ。ずっと、昔から。
 赤い髪だけでも災いをもたらすと言われていたのに、右目が金で左目が青のオッドアイ。二つの災いをもたらすものを持って生まれた私。ただの狼ではなく、獣よりの獣人と人よりの獣人の両親から生まれた私は、両親だけではなく群れをも悲しませた。
 それでも群れは、私を育ててくれた。1人で生きていけるであろう、15歳まで育ててくれた。そして、理由を話して私を群れから追い出した。群れにとって、何か災いが起こったのかは不明。けれど、起こっていないのなら、これから起こるかもしれない。それなら私は、大人しく群れから離れるしかなかった。
 これ以上皆を、悲しませたくなかったから。だから、1人で生きていくことにした。1人であれば、災いが起こっても誰かに迷惑をかけることもないのだから。
 1人は寂しくて、寒かったけれど、楽ではあった。誰かを傷つけることも、悲しませることもなかったから。寂しさと寒さを我慢していれば良い。
 ずっと、1人で生きていくつもりだった。それなのに、気がつけば私がリーダーとなり、群れを成していた。狩りで偶然怪我をした者と出会ったり、森の中で捨てられた幼い子供や、年老いた者。そして、病気の者とも出会った。
 一緒に行動するつもりも、群れを成すつもりもなかった。私の群れの者たちは勝手についてきたのだ。まともに動くことが出来たのは私だけ。だから私が、他の者たちのために狩りをした。ときどき手伝ってもらってはいたが、多くの狩りは1人だった。
 私だけがハイイロオオカミ。他の者たちは同じ種類の狼の者が何人もいた。私と同じ獣人もいれば、ただの狼もいた。群れで生活する数は少しずつ増えてはいったが、機敏に動ける者はいなかった。しかし、1匹だけ私と同じように他の者たちとは異なる毛色の子がいた。その子はただの狼で、白毛の子。でも、彼は私と同じように群れに受け入れられていた。
 それでも良かった。群れの皆は、はじめて私を見たときは驚いていたが、赤髪であることも、オッドアイであることも気にしてはいなかった。もしかすると、災いをもたらすという話しはハイイロオオカミだけに伝わっているのかもしれない。過去に何かがあったのかもしれないが、それを知っている者はこの群れにはいないのだろう。私もハイイロオオカミに過去、何があったのかは知らない。聞くことはなかったが、知っている者はいないといえた。誰も私を嫌がらずにいたから、そう思っただけだったが。動けないというわけではないのだ。嫌ならば群れから抜けていただろう。たとえ、1人で生きていかなくてはいけないとしても。1人になったら長くはないとしても。
 私の成す群れは、3年間何事もなく平和にすごしていた。病気であった者や、年老いた数人は亡くなってしまったけれど、縄張りとしていた森で楽しく生活していた。捨てられた幼い子供も狩りを手伝ってくれるようになった。
 怪我をした者が小さな獲物を捕らえるときに、子供たちを連れて行っていたのだ。そのおかげで、狩りの知識を得た子供たちは、私の手伝いが出来るようになった。大きな獲物は無理でも、邪魔にならずに手伝ってくれるようになったのだ。
 そんな群れでの生活がとても楽しく、そしてとても幸せだった。
 あの日までは。
 1人で狩りに行き、戻ってきたらそこには私の知る者たちの多くはいなかった。いや、いたのかもしれない。しかし、私の目には血の海や肉の塊ばかりが映っていた。落ちているものなどで、それらが群れの者たちであると分かる。
 私は引きずっていた大きな獲物から手を離し、近くにいる男たちを睨みつけた。笑みを浮かべている男たちの腕の中には子供たちや、数人の女性がいた。怪我をしており狩りが出来ない者だ。そして、数匹の狼が鎖に繋がれていた。
「手を離せ!!」
 男たちに言うが、腕を離す者は1人もいない。1人の男が、手に持っていた何かを私の足元へと投げた。それは、頭だった。目が見開かれ、何も言わずに私を見つめていた。その人は、群れで一番年老いた男性だった。
 もしかすると、彼は私が災いをもたらすと知っていたのではないかと、その目を見て思ってしまった。腰に携えていたナイフを右手で握り、頭を投げた男へ向かって走った。彼と同じ目に遭わせてやろうと思ったのだ。
 しかし、出来なかった。
 私の背中へ1人の男が体当たりをしたのだ。そのまま倒れてしまい、ナイフが男の足元へと転がった。そして、体当たりをした男は、私に乗り上げて両手を後ろで縛ってしまった。両手が使えず、男が重く動くことが出来ない。目の前にいる男を睨みつけることしか出来なかった。
「赤い髪。それにオッドアイか。それなりに高く売れそうだな」
 男が右手で顎を掴み、値踏みをするかのように顔を見て、目を見た。人間にとっては赤い髪やオッドアイは気にするようなものではないのかと思った。
「ガキ共も変態ならよだれを垂らして、大金をつぎ込んでくれそうな見た目をしているしな」
「まあ、俺たちは闇オークションに言い値で売れりゃあ、そのあと奴隷にされようが、玩具にされようが関係ねえ。たとえ、災いをもたらす存在でもな」
 そう言って手を離す男は、私が災いをもたらすと知っていたようだった。捕らえられている子供たちは、男が何を言っているのか分からないという顔をしていた。
 それもそうだ。群れの誰も、私が災いをもたらすとは知らないのだから。仲間が殺され、捕らえられたのも、全部私の所為だ。赤髪で、オッドアイ。そして、ハイイロオオカミの私の所為。他の種類の狼だったら、もし普通の狼だったら。そう思っても、どうすることも出来ない。
 男から私のことを聞いた子供たちは、驚いて目を見開き私を見た。話さなかったことに何かを言われるかと思い、強く目を閉じた。言われても仕方がないとは思う。でも、今まで一緒にいた者たちに拒絶されるのは怖かった。
「でも、今まで幸せに暮らしてきた。災いをもたらすなんて嘘だよ! そんなの、関係ないよ!」
 涙を流しながら叫ぶ。私も涙を流し、何も言えずに地面へと顔を押しつけた。まさか、そんなことを言われるとも思わなかったのだ。私の所為だと言われるのだと思っていた。他の子供たちも同じように関係ないと言う。
 ――ああ、私は幸せだ。
 このときになって気がつくなんて思ってもいなかった。涙を流す私たちを見て、男たちは笑う。私に乗り上げていた男が下りると、無理矢理立ち上がらせられた。後ろで縛られた両手の縄が食い込む。そこから伸びた縄を引っ張られたからだ。
 縄を掴む男が歩くので私もついて行く。男の前を子供たちが歩いている。他の男たちに、同じように引っ張られているのだ。鎖に繋がれた狼たちは抱えられ、同じ方向へと進む。狼たちはなんとか噛みつこうとしているが、届かず噛みつくことも出来ない。
 仲間だった者たちを踏まないように気をつけて、黙って歩く。森を抜けると、そこには細い道があった。そこには、馬車が2台止まっている。
「さあ、乗れ」
 そう言った男は、馬車に乗せられた檻の扉を開いた。私たちは2台に分けて乗せられる。私は数匹の狼と同じ檻に入れられた。檻の鍵が閉められると、間もなく馬車が動き出した。後ろの馬車に乗せられた子供たちが気になったが、檻からは外の景色すら見ることが出来ない。
「大丈夫だ。お前の所為じゃない」
「そうだよ。人攫いに襲われるなんて、他の群れでもあることさ」
 鎖に繋がれ、立ち上がることも出来ない狼たちが口々に言う。怪我をしているというのに、私を安心させようとしている。もしかすると、このあとどうなるのか分かっていたのかもしれない。白毛の狼が安心させるためなのか、微笑んだ。
 狼と話す私を不思議そうに見ている男たちには、この子たちの言葉は理解することが出来ないのだろう。もしかすると、言葉が理解出来なかったのは私にとって良かったのかもしれない。男たちに否定されることがなかったのだから。
「たとえ俺たちに何かがあって、お前だけが生き残ったとしても希望を捨てるな。必ず何処かに、お前を救ってくれる存在はいるはずだから。俺たちにとって、それはお前だった。だから、お前にも必ず救ってくれる存在はいるはずだ」
 そう言った毛づやの良い、青色をした彼も私と似たような境遇を持っていた。足が悪い彼は、青毛をしているため群れに見捨てられたのだ。生まれたときから足が悪く、狩りも上手に出来なかった彼を偶然森の中で見つけた。
 そのとき私は、2羽の兎を捕まえていた。それを彼に渡し、私は群れのために鹿を捕まえに行った。そして捕まえた鹿を群れのところへ持って行き、彼の場所へと戻った。大人しくそこに座っていた彼は、私が近づいても牙を見せることはなかった。そのまま置いて行きたくはなかったので、群れに連れて行った。2羽の兎は食べてくれたようで、口元が赤く汚れていた。
 抱き上げて連れてきた狼を、群れは受け入れてくれた。他の者も見捨てられたりしていたため、同じ境遇の者の気持ちは分かるのだろう。この群れに一番最後にくわわった彼ではあったが、私と同じように変わった毛色をしていた。そんな彼の言葉に私は涙を流す。彼が言う様に本当に、そんな存在がいるのかは分からない。それでも、いたら良いと思った。
 たどり着いたのは建物の地下だった。私は何度か森から街というものを見たことがある。街に住む者たちの家や、食べ物がある建物。何もかも私たちとは違う。私たちの住む場所は、そのときによって変わる。林の中や洞窟。食べ物は自分たちで狩らないければいけない。
 建物に地下があることに驚いたが、ここは良い場所ではないと分かる。僅かに血の匂いや、小さな悲鳴のような声が建物から聞こえてきた。
 檻の扉が開かれ、私は首に鉄の首輪を嵌められた。それから伸びる鎖に引っ張られ、知らない男の後ろへと続く。子供たちも私と同じように、男たちに鎖を引っ張られて歩いている。しかし、狼たちの姿は見えなかった。建物の入口で男が何かを話している声が小さく聞こえた。どうやら私たちの値段について話しているようだった。遠ざかる声に、値段は聞こえないが嬉しそうな男の声は聞こえた。
 鎖を引っ張られ連れてこられたのは、大きな檻だった。そこへ入れられると、鎖を壁に固定されてしまう。檻の扉には届かない。縄が解かれることもない。子供たちは私のいる檻ではなく、右隣の檻へ全員が入れられた。檻へ入れられる前に見た子供たちは、全員正気を失っていた。黙って涙を流す者や、服がボロボロになっている者もいた。森で見たときとは異なる様子に、私は声も出なかった。
 その日の夜、私は買われた。番号をつけられ、1人ずつステージへ上げられた。そして、仮面をつけた者たちに番号札を上げられ値段を言われる。私より前に姿が見えなかった狼たちが買われ、次に子供たちが買われた。子供たちを買って行ったのは、豚のように太った男だった。顔は分からなかったが、その口元には嫌な笑みが浮かべられていた。
 他にも人間の子供や鳥人、下半身が蛇のような者も買われていった。そして、私を買ったのはまともそうな人間だった。だけど、こんなところにいる者がまともなはずがない。それでも、他の者たちとは違って見えた。ライトに反射してオレンジのような色に見える髪が仮面を僅かに隠し、目が見にくかったが優しい眼差しをしていた。
 いくらで買われたのかは分からなかったが、私はその日からその人の家で暮らすことになった。奴隷は、主人に鞭打たれ扱き使われるものだと思っていた。けれどこの人は違った。まるで他の人に見られないようにしているのか、深夜に建物から出ている馬車に乗り、私は家へと連れてこられるとすぐに地下牢へと閉じ込められてしまった。両手の縄は解かれたが、首輪はついたまま。壁から伸びる鎖を首輪につけられ、鍵をされた。鎖は、地下牢の扉には届かない長さ。
 窓はなく、明かりは通路にある蝋燭だけ。牢屋には小さな部屋もあり、そこにはトイレとお風呂があった。鎖もそこへは伸びる。ベッドもある牢屋は、毎日一度掃除をしてもらえた。掃除をするのは奴隷の者たち。全員人間ではなかった。片耳がない者や、角が折られている者などが多かった。
 けれど、私は何もされなかった。毎日私を買った人は牢屋へとくるが、私を出してくれることもなければ、傷つけることもなかった。その代わり、他の牢屋にいる奴隷へは乱暴を働く。鞭打つ音や、聞きたくもない声が聞こえる。そんなとき私は、ベッドに入り体を丸めて耳を塞いで震える。いつか私も、他の奴隷と同じ扱いを受ける日が来るのではないかと思いながら。
 ずっとそう思ってすごしていた。私が地下牢へと来てどのくらいたったのかは、自分では分からない。私を買った人が1か月たったことを教えてくれたときに、眠った回数からそのくらいはたっていると数えて分かった。だから、私は眠った回数だけは覚えていた。
 そんなある日。私を買った人は牢屋の前に来ると、私の前に何かを投げた。それは、青い毛のブレスレットだった。見覚えがある気がして、手に取るとそれを待っていたかのように口元に笑みを浮かべて彼は言った。
「明日で君を買って2か月だから、それは私からのプレゼントだよ。それに見覚えがあるだろ? なんたってそれは、君の仲間だった青毛の狼の毛で特別に作ってもらったんだからね」
 驚いてそれを手にしたまま、牢屋の前にいる私を買った人――男を見た。目が合ったことが嬉しいのか、私の目を見て何かを言っているが、何も声が聞こえない。私と似たような境遇を持つ彼がどうなったのか、理解してしまったから。
 彼は珍しい毛色をしていたため、剥製にされたようだった。その際、抜け落ちた毛や、毛先を揃えるために切った毛を貰い、特別にブレスレットを作ってもらったと嬉しそうに言う男の言葉だけは、何とか聞き取ることが出来た。
 男からのプレゼントは受け取りたくなかった。しかし、それを手放すことなんか出来なかった。大切な仲間の一部だったのだから。彼の言葉は毎日思い出していた。本当に私を救ってくれる存在がいるのか分からなかったけれど、今はここから出たいと願わずにはいられなかった。彼はきっと、自分が助からないことを分かっていたのだろう。だから私にあんなことを言ったのだ。
 ブレスレットを両手で握り、涙を流す私を見て男は何故か機嫌が悪くなっていく。舌打ちをすると、ゆっくりと私の牢屋から離れた。通路の奥へと男は進んで行った。そして聞こえてくる奴隷の悲鳴。どうして私には乱暴をしないのかと思いながらも、涙は止まらなかった。
 男からはそれから何度もプレゼントをもらった。青毛のブレスレットはあの日から私の右手首にある。汚れないように気をつけ、毎日手入れをする。それだけでも男は嬉しいようだった。自分のあげたものを大切にしてくれているからだろう。別に、男からもらったから、大切にしているわけではない。それは男も理解しているようだったが、それでも良かったようだ。
 しかし、男からのプレゼントはものではなくなった。形として残るものは最初の一つだけだった。それから男は、1か月ごとにプレゼントと言って、私の仲間のことを教えてくれた。けれど、それは全て聞きたくないものだった。
 私の群れは全滅したと知らされる日も遠くないと分かってしまう話しプレゼントだったから。剥製となった狼以外は、動物同士の闘技により殺されたり、実験体にされ死亡したり、毛皮にされた。子供たちは、豚のように太った男の愛人にされ、飽きたら夜のパーティーで他の男達の性欲のはけ口となった。そして、それでも飽きてしまうと、飼っていた馬や牛、豚の相手をさせ、最終的には番犬として飼っている狂暴な犬の相手をさせ噛み殺されたり、餌の肉となった。中には、飽きた主人が捨てたり売ったりした子供もいたようだが、捨てられた子供は浮浪者に遊ばれたあとに、臓器を持ち去られ死亡していたようだ。臓器は高く売れるのだ。特に、成人していない子供の臓器は高い。
 別のところへ売られた子供は、同じような目に遭い死亡するか、自死を選んでしまっていた。しかもそれは最近の話しではなく、オークションで買われて間もなくのことだったりしたので、もしかしたら、もう1人なのではないかと思う日も多くなった。
 男の話しプレゼントは12か月間続いた。私が男に買われ牢屋に入って1年となる日には、プレゼントはなかった。ただ、「今日で1年だ、おめでとう。他の奴隷は使えなくなって売ったりしているが、君は未だに美しいままだ。これからもずっと一緒だよ。新しい仲間もまた連れてくるからね」とだけ言われた。
 どうせ新しい仲間といっても、私に会わせてくれるわけでもないのだ。ただ、私の牢屋を掃除しに来る奴隷はよく変わっているので、その中に男が言う新しい仲間がいるのかもしれない。
 それにしても、男は何をしている人間なのかと考えるようになった。1年もたつと、ここを出ることは諦めるしかないと思うようになったから、別のことを考えるようになったのだ。
 奴隷を買うには、お金が必要なのだ。それも、安くはない。男は私が望めば本くらいは渡してくれるので、本で人間について学んだ。私たちはお金は使わなかったが、人間には必要で私もそれで買われたのだ。お金の価値なども分からないけれど、人間には必要なもの。男は何か仕事をしているのだろうが、詳しくは分からない。ときどき、愚痴を零しているが、それだけでは人間のことをあまり知らない私には分かるはずもない。
 けれど、一つだけ分かることがある。それは、奴隷を何人も買うことが出来る程のお金を持っているということだ。男は夜に出かけ、日が昇る前に帰ってきて奴隷を連れてくる。月に一度は必ず奴隷を牢屋から連れて行き、1人で帰ってくることもあれば、見知らぬ奴隷を連れて帰ってくることもある。今は私には優しい男が、いつ私を他の奴隷と同じように扱うかは分からない。それでも私は、彼の言葉を信じて待ち続ける。たとえ、諦めていたとしても。待ち続けるのだ。
 私を救ってくれる存在が現れるのを――。





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