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第四章 情報屋と情報
情報屋と情報5
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家を出たエリスと白美とユキは城とは正反対の方向へと向かって歩く。それは家を背にした左方向だ。時刻は午前8時。朝市がまだ開かれている時間とあって、人通りも多い。エリス達は左側へ進んだが、右側の道でも朝市は開かれている。だが、数が少ないので、そちらへ向かう人数も少ない。
それに、誰もが朝市の商品を見ているため、白美が歩いていても気にしていないようだった。いつもであれば、白美から遠ざかるようにして歩くのだが、今はそんな様子が無い。ただし、ユキのことは目に入っているようで、誰もが踏みつけてしまったり蹴飛ばしてしまわないようにと避けて歩いている。
「ねえ、エリスちゃん。 図書館の扉どうにかならない? あたし達は開けるのに重く感じるなんて、不公平だよ」
騒がしいからなのか、何も話さないエリスに思い出したように白美が尋ねた。多くの人間の中を歩いているから不安なのか、白美は思い出したように言った。誰も白美を気にしていないといっても、突然自分に意識が向くかもしれない。そう思うと怖いのだろう。だから、エリスに話しかけて周りのことを気にしないようにしているのだ。
図書館の扉や窓は何故か全て重い。ただそれは、白美達魔物にとっては重いだけであり、エリスやユキといった人間と動物には重く感じないのだ。扉や窓が重いと感じるといっても、窓は扉よりは重くはない。それでも重く感じることに代わりはない。
ユキは扉に両手をかけて軽く開くことも閉めることもできるし、エリスも同じだ。魔物だけが重く感じるのだ。それは、人の姿をしていようと動物の姿をしていようと魔物であれば全て重く感じる。
それは魔物に図書館に置いてある本を、持ち出されないための対策でもある。誰もいない時に扉が開かれたら、図書館にある警備室に警報音が鳴り響くのだ。それは、城にも鳴り響くようになっている。本を持ち出された場合は街に鳴り響くこともあるが、そんなことはないと言っていいほど回数が少ない。持ち出される前に、図書館の扉に鍵がかかるからだ。その鍵は中から開くことはない。外から専用の鍵で開けることができる。
最近まで図書館に常駐する人がいなかったため、警備も兼ねてエリスがいたのだ。キッチンもお風呂も寝室もあったが、多くの時間を図書室で過ごしていたエリスは寝室にはあまり入ったことがなかった。
先日から漸く常駐してくれる人が見つかり、国境戦争で疲れていたエリス達は家にいたため図書館に残っていたユキと交代するようにその人が図書館へ住むこととなったのだ。図書館へ住むことになった人は、本が大好きで最近1人暮らしをしようと考えていた人物だ。それに、国王も信頼のおける書店の娘であるため声をかけたところ快く引き受けてくれたのだ。
「常駐してくれる人が見つかっても、扉の重さは変わらないわよ。昔、本が盗まれたことがあるんだから、仕方ないわ」
以前、重要書物を使い魔に盗まれたことがあるため、今後起こらないようにと対策したのだ。その犯人は未だに捕まっていないし、本も見つかっていない。常駐している人が出かける場合は図書館の鍵を閉める。鍵がしてある時は誰も入ってはいけないが、無理矢理入った場合は警備室や城に警報音が鳴り響く。そして、勝手に本を持ち出したら街にも警報音が鳴り響くようになっているのだ。無理矢理窓を割ったりして入った場合は、その警報音を聞きつけて自警団も駆けつけるのだ。
昔にどのような重要書物が盗まれたかはわからないが、対策をしてからは警報音がなることもなく本が盗まれる被害にもあっていないようだ。盗まれた重要書物がいったい何なのか。それを知っているのは国王と、一部の人間だけだ。
「それじゃあ、もう一つ聞かせて」
「なに?」
振り返ることもなく前へ進むエリス。白美とユキは離れないように後ろにくっつくようにして歩いている。人が多いため、少しでも離れてしまうと見失ってしまうのだ。とくに、ユキの視線の高さではくっついていないとすぐに見失ってしまう。
「どうして、黒くんは獣型っていうの? 龍型……ううん、ドラゴン型なんじゃないの?」
「それは、全ての魔物の型は共通した呼び方をするためよ。人のような姿であれば、耳や尻尾があっても人型。それ以外の姿は獣型と呼ぶの。それに、見た目が人間に近い彼らは人よりの獣人と呼ばれているわね。でも、アルトみたいに獣よりの獣人は今のところこの国にはあまりいないから。そのうち獣人である彼らは魔物という枠組みから外されるとは思う。本来、彼らは魔物じゃないもの」
答えたのはエリスではなく、後ろを歩いていたユキだった。獣型といってもユキはただの動物であるためそうは言わない。動物は動物なのだ。
アルトのような姿をした者は種族として存在しているため、獣人と呼ばれる。他にも鳥人や魚人がいるが、この国には今現在いない。ただ、人よりの獣人は数人この国に暮らしてはいる。
悠鳥は元々が『不死鳥』の姿のため、人型になることが苦手ということもあり手は羽であり、足は鳥のままだ。魔物というわけではなく、『黒麒麟』のように神聖な生き物に近い存在なのだ。
そのため、悠長の人型でいる姿は人型と呼ばず、半人半鳥と呼ばれている。もちろん半人半鳥という種族は過去には存在していたが、今では絶滅したと言われている。絶滅したと言われるほど、長い間目撃されていないのだ。
話をしながら人混みの中を歩いていても、ユキの言葉を理解できる者はいないため誰も驚いてユキを見たりすることはなかった。それからは黙って歩いていたが、朝食を食べていない白美のお腹が突然鳴った。朝食は外でとると言っていたが、この様子だとまだ食べられそうもない。
今いる場所の近くにはレストランなどの青系の建物はない。もう少し先へ行かなければいけないのだ。それに、今のエリスには朝食よりも先に別の目的があるように感じられた。
お腹が鳴り俯く白美だったが、前を歩いていたエリスが路地へ曲がったため離れそうになった白美は急いで追いかける。こんな人混みだと、たとえ人型でいても離れてしまえばすぐに見失ってしまう。
エリスが向かったのは狭い路地だった。メイン通路には人が多く歩いていたが、そこには1人もいない。そのため、少々物騒にも感じてしまう。突然物陰から誰かが飛び出さないとも限らないのだ。少し奥まで進み立ち止まると、エリスは振り返って白美の目を見た。
「白美、お願い。……あの姿になって」
「え……でも、あの姿だと疲れちゃうし」
「今回はどうしても必要なの。お願い!」
嫌がる白美に強くお願いをするエリス。ユキは大人しく邪魔にならないようにと、少し離れた場所で座り様子を見ている。路地の入口近くで他に人が来ないかと、確認をしているようだ。
考える白美だったが、主であるエリスのお願いを無下にはできなかった。主だからというわけではなく、エリスのお願いだからということが一番の理由だろう。それだけ、白美はエリスが好きなのだ。
「うん、わかったよ」
そう言うと白美はゆっくりと目を閉じた。頭には白い狐耳が現れ、九つの尻尾もゆらゆらと揺れている。九つの尻尾で自分の体を包んでしまうと、10秒後には広がり始めた。
そこにいたのは先ほどの12歳くらいの少女ではなく、20代前半に見える女性だった。腰までの長さがある白い髪はポニーテールに結ばれている。白い着物を着ており、身長が伸びたその姿はまさしく大人の姿だ。
その顔には幼い白美の面影も残っている。先ほどまであった、耳と九つの尻尾はいつの間にか消えていた。エリスより少々身長が高くなった白美は、見た目からするととても大人しい女性に見える。
「ありがとう、白美」
「いいえ、エリスちゃんのお願いだもの。ただし、朝食はいっぱい食べるからね」
「ほどほどにしなさいよ」
喜ぶエリスと落ちついている白美に欠伸をしながらユキは呟いたが、2人には聞こえていない。どうせ聞こえていたとしても、言うことはきかないだろう。
白美の言葉は冗談ではないのだ。白美は幼い姿の時でさえ驚くほどの量を食べていた。大人の姿ではさらに食べるのではないかと心配して出た言葉だった。
しかし、聞こえていないのでユキは溜息を吐くしかなかった。このあとの、白美が食べる料理の量が目に見えるようだ。
路地から出ると今まで見向きもしていなかった人達が足を止める。道を開けるため、進みやすいのだが、視線がとても痛かった。見られている本人は気にしていないようだ。というよりも、見られていることに気がついていないのかもしれない。
だが、エリスの狙いはこれだったようで、口元には笑みが浮かんでいた。何も言わずにあけられた道を進む。
そのお陰で、レストランである青色の建物には時間をかけずにつくことができた。そこは朝ランチをやっているレストランで、偶然にもテーブル席が一つ空いていた。ユキも入ることのできるレストランだったため、エリスと白美はその席に座った。
混んではいたが、すぐに店員が対応してくれた。注文をすると5分程度で注文の品が運ばれてきた。エリスはミニサイズのサンドイッチ2個で1セットを頼んだ。レタス、トマト、ハムを挟んだに2口ほどの大きさのサンドイッチが乗った皿と、コーヒーの入ったカップがエリスの前に置かれた。
白美が頼んだのはエリスと同じサンドイッチ2個で1セットのミニではない普通サイズと、トーストサンドイッチ2個で1セット。ベーコンとレタス、トマトが挟んであり、さらにシーザーサラダを頼んだ。思っていたより量が少なく驚くユキだったが、自分は朝食を食べてきたので邪魔にならないようにテーブルの下に入ると丸くなった。エリス達の足が僅かにぶつかりはするが、通路を歩く店員や他の客の邪魔にはならないのでその場で大人しくする。
暫くして白美が頼んだものもくると、2人は手を合わせてから食べ始めた。話すことは何もなく、周りの声だけが聞こえてくる。無言のままの食事のため、サンドイッチの減りは早い。
2人が食事を終えたところで会計をしようとエリスは財布を取り出したが、白美が右手を上げて店員を呼んだのを見て手を止めた。会計をするために店員を呼ぶ必要はないので、エリスは財布を仕舞った。
白美がやって来た店員に言ったことは、「先ほど注文した2つと同じものを1つずつお願いします」とのことだった。それは、同じものをおかわりということだ。店員は復唱をして、間違いがないか確認して戻って行った。
まだ他にも注文するつもりなのかメニューを見ている白美は、今にも鼻歌を歌い出してしまいそうなほど楽しそうにしている。ユキからは見えないが、予想していたことだったので溜息しかでなかった。
人が出て行っては入ってくる店内は、常に混雑している。店員も忙しそうにしているが、注文した品が運ばれてくるまでの待ち時間は短い。これだから、この店には客が入ってくるのだろう。食べ終わったらとどまるような客も少ないため、長時間待つ客もいない。
白美の前に注文した人の品が運ばれると、すぐに白美が注文した品が運ばれてきた。キッチンにいる人数が多いのか、すぐに運ばれてくるので回転が早い。ただ、その回転の速さにエリスは思うことがあった。
――ここで働いている人は大変そうね。
休憩する暇もなさそうに見えるために思ったようだ。コーヒーのおかわりを頼みながら、エリスは店内を見回した。忙しく注文を聞いたり、テーブルに案内する店員。空いたテーブルを拭いたり、レジに立ったりとエリスには嫌になるほどの忙しさだったようだ。
頼んだコーヒーがテーブルに置かれると、店員は空いた皿を持って行く。ほとんど食べ終わっている白美を見て、エリスはすぐに支払いを済ませられるように財布を取り出した。
エリスがコーヒーを飲み干したのと、白美がサンドイッチを食べ終わるのは同時だった。手を合わせる様子に、もう頼まないのだろうと思いエリスは立ち上がった。
テーブルの下で丸くなっていたユキもすぐに立ち上がる。エリスがレジへ向かうと、近くにいた店員がレジカウンターから会計伝票を取り出した。それぞれの席に番号があり、会計伝票に注文した品と数を記入しておくのだ。
「合計で2488スピルトになります」
財布から紙幣と小銭を取り出し、お釣りが出ないように支払いをすませる。エリスが頼んだミニは300スピルト。白美が頼んだのは全て500スピルト。それらにそれぞれ消費税がかかる。
料金の支払いを済ませると店員の笑顔に見送られ、店を出た。ユキの後ろについてくる白美を見る者は相変わらず多い。
たとえいつも白美を嫌っている者でも、この姿を見たことがないので見蕩れてしまっている。白美はこの姿になりたがらないので、見る機会がないためだ。だから、白美だと知らないのだ。
白美の年齢からすると今の姿が本来の人型なのだ。しかし、性格や行動が子供なのだ。そのため、普段人型でいる時は幼い少女のような姿をしている。大人の姿になれば、大人しくはなるのだが、本人にとっては疲れるようであまり今の姿にはなってくれない。
「それで、これからどうするの?」
落ち着いた声で尋ねる白美に、エリスは足を止めない。まだ人は多く、道を作ってくれているとはいえ立ち止まって話をすれば聞かれてしまう。それだけではなく、他の人の邪魔にもなってしまうことに代わりはない。歩きながらであれば、話の内容は全てではないにしろ聞かれる心配はないだろう。
「国王からの依頼よ。『マンティコア』を召喚できる召喚士、火炎弾や、炎の矢を使える魔法使い。それと、『クロイズ王国が仕掛けてきた』と言った人は誰なのかを調べてほしいようなの」
全てがわからずとも、少しでも疑いのある人数を絞ることができればいいのだ。だから、エリスは街を歩いているのだ。
国王からの依頼内容が入った封筒の中には、手紙とは別に人名の書かれた紙が入っていた。国王は知らない者が多いだろうが、エリスが知っていて当てはまらない者の名前には二本の横線が引かれている。それでもわからない人は、街にいる住民達に聞くのだ。
人名の書かれた紙を見ながら歩くエリス。 そこには、本来書かれるべきではない人物の名前があった。それは、スカジ・オスクリタ。国王専属召喚士であるスカジの名前が書かれていることに、驚きはしたが納得もした。誰も魔物や使い魔を召喚しているところを見たことがないのだ。
もちろん国王も知らない。たとえ国王専属召喚士といっても、僅かに疑うことがあれば調べる対象となるのだ。だから、名前が書かれているのだ。
それにスカジなら『マンティコア』を召喚することも、火炎弾や炎の矢で攻撃することも可能だったかもしれないのだ。あの時、あの場所にいたスカジが城へとそのまま戻っていく姿を見た者は、今のところ誰もいないのだから。
「でもその依頼って、あたしがいなくてもよかったんじゃないの?」
白美の言葉は、もっともな意見だった。しかし、エリスには今の姿の白美が必要だったのだ。悠鳥でもよかったが、彼女は半人半鳥の姿をしているので、今回は適さない。
魔物嫌いが多いので、たとえ魔物ではないといっても悠鳥の人型は人間よりも魔物よりだ。半人半鳥を知らない者によっては、悠鳥は魔物に見えてしまう。だから、どうしても敬遠しがちになってしまうのだ。
白美が魔物であっても、多くの人は九尾の狐の姿や幼い少女の姿で覚えている。大人の姿で歩いていると、彼女が魔物だとも思わないのだ。それだけ、見慣れない姿ということだ。たとえ、一緒に歩いているのがエリスとユキであってもその女性が白美だとは考えないようだ。
「ねえ、きみ」
それに、エリスの目的はこれだった。1人のチャラチャラした男性が、白美に話しかけてきた。話しかけてきた男性はどう思っているかは知らないが、白美は嫌そうに眉間に皺を寄せている。
気がついていないのか、気にしていないのか男性は白美に近づく。まるでエリスと、ユキの存在なんかないかのように。ユキの尻尾を踏みつける男性にユキが威嚇をするが、やはり白美しか目に入っていないようで踏みつけたままだ。踏みつけていることにすら気がついていないのだろう。この男性は目的のもの以外目に入らないタイプなのかもしれない。
「ねえねえ、俺といいことしようよ。サービスしちゃうぜ」
嫌な笑みを浮かべ、顔を近づける男性は白美より少し背が高いようだった。白美の横でユキは座ったまま痛む尻尾に、まるで男性が獲物とでもいうかのように睨み続ける。そんなユキに白美は一度視線を向け、すぐに男性の目を見た。白美の顔に浮かんでいるのは笑みだった。
「本当? でも、私も聞きたいことがあるの。それに答えてくれたらいいわよ」
「マジ!? よっしゃあ! で、聞きたいことって何? なんでも答えてあげる」
妖艶な笑みを浮かべた白美に、顔を赤らめて男性が言った。自信があったのか、嬉しそうだ。だが、白美のそれは演技だろう。そんなことに男性だけが気がついていない。
エリスが名前が書かれた紙を白美に見せて、白美はそれを読んでいく。誰か知っている人はいるか。もしいるのならば、どんな人物なのかを教えてもらうために。
男性は1人の名前を聞くと、知人だったのか真剣な顔つきになった。もちろんスカジのことは知っていたが、エリス以上に詳しいことは知らなかった。
「こいつ、俺の友人だったんだけど、魔法が全く使えない奴なんだよ。しかも、弱い。だからいじめてやったんだよ。それなのによく、この間の戦いに参加したよな。突然の戦いに驚きはしたけど、あいつ弱いから死んじまったんだよ。死んで当然だよな?」
爆笑。男性は友人を思い出したのか、突然爆笑したのだ。2日前の戦いは、すでに国民に知られている。何も起こらなければ、知られずにいたのだが、騒ぎが大きくなれば知られずにいることは不可能だ。
男性は幼い頃、その友人をいじめて楽しんでいたようだ。その様子を思い出しては、さらに笑い出す。しかもその友人が亡くなったのは先ほどのようで、彼はその病院帰りだったそうだ。友人は意識不明の重体のまま起きることはなかったのだ。病院でも男性はこんな調子だったのだろうか。そうだとしたら、亡くなった友人の家族はどう思ったのだろうか。
なんという最低な男だろうか。友人をいじめていただけではなく、死しても笑っているのだ。この男性に人の心はないのだろうか。
エリス達の周りにいて話が聞こえていた人達も、男性に対して何かを言っているが、睨みつけられると関わりたくないのか立ち去ってしまう。それもそうだろう。この男性は暴力で全てを従えてしまうようなタイプなのだ。これ以上見ていると、突然喧嘩を吹っかけられてもおかしくはない。
「で、答えてあげたんだからもういいでしょ? いいことしようよ」
舌なめずりをして嫌な笑みを浮かべる男性に、白美は微笑んだ。男性にはその微笑みが、了承したものだと思ったのだろう。手を取ろうと右手を伸ばした。
しかし、手を取ることはできなかった。白美の両手は手を取られる前に男性の襟を掴んだのだ。力強く掴まれた男性は瞬時に反応すらできないし、理解することもできなかった。
何が起こったのか理解する前に、男性はそのまま持ち上げられる。男性の足は地面から離れてしまう。そうして、漸くユキの尻尾が解放された。踏まれていた尻尾をユキは何も言わずに舐める。男性は首が締まり、両手で白美の手を引き離そうとするが、びくともしない。
爪を立ててもまったく効果はない。さらに足をバタつかせ、白美を蹴ろうとしたが先に白美の顔が近づいた。思わず見蕩れてしまい、蹴ろうとしていた足を止めてしまう男性に白美は微笑んだまま言った。
「あんた最低だね。ユキの尻尾を踏みつけていることにすら気がつかないだけじゃなくて、友人をいじめてるなんて。魔法を使えるから何? 使えないことの何が悪いの? 弱ければいじめられて当然なの? それならさ、あたしより弱いあんたをいじめてもいいってことになるよね? 弱いなら死んでも……いいんだよね」
そう言って満面の笑みを浮かべた白美の両手を炎が包んだ。それは男性の服へと燃え移る。暴れる男性から手を離すと、受け身も取れずに地面へと転がる。そのまま炎を消そうと男性は地面を何度も転がる。
なんと無様な姿だろうか。服へと燃え移った炎は、服を焼いてはいない。これは白美が持つ幻を見せる力だ。目が合えば、幻を見せることができる。左目で幻を見せられている者と同じように幻を見ることができるため、白美には男性がどうなっているのかわかっている。
しかし、通行人は何故男性が転げているのかわからない。男性の体を炎が包んだ時、白美は漸く幻を解いた。これ以上は精神が危ないからだ。放っておくと、本当に死んでしまう危険もあった。指を鳴らし幻を解いた時、男性は滝のような涙を流し、失禁までしていた。
「あんたみたいな人間って大嫌い。あんたが死ねばよかったのにね」
男性へ近づいて耳元で囁く白美は、笑顔を浮かべていた。大きく目を見開いただけで、男性は立ち上がることもしなかった。
白美が無言で目を合わせるだけで立ち去ることをエリスに告げると、エリスは頷いて人混みの中へと向かって歩いて行った。今度は男性を見ている者が多く、人が道を作ることはなかった。
不機嫌になった白美は歩いている間笑顔だった。男性の話を聞いていれば誰だって不愉快にはなる。エリスは男性の言っていた名前に二本線を引いた。
魔法が使えなかったのなら、今回の調査内容には当てはまらないのだ。魔法が使えて、火炎弾や炎の矢が使えるのなら、たとえ死亡していても当てはまる可能性はあった。しかし声の主もきっと死亡した人間ではないだろうと思い、名前を消したのだ。
この名前の男性は、魔法を使えないながらに前線で戦っていたのだろう。ヴェルリオ王国には魔法を使えない者が数人存在しているが、実際はもっと多いのだろう。魔力を持っていない者は、誰にも言わずに隠されている者が多いのだから。しかし、死亡した男性の両親は気にすることはなかったようだ。そんな両親の期待に応えながら、男性は自分ができることを頑張っていたのだろう。
「で、次は誰に聞くの?」
まだ不機嫌ではあるが、訪ねてくる白美にエリスは周りを見渡した。先ほどのように白美に声をかけてきそうな人は誰もいない。
遠目に白美を見てはいるが、話しかけてくることはないだろう。こちらから話しかけない限り話をしない。どこか近寄りがたいのかもしれない。
たとえ話しかけられたとしても、知りたいことは何も知らないだろう。だが、知らなそうに見えても知っている可能性もある。とくに主婦は。幼い子供をつれた母親は、友人達から話を聞いていたりするので詳しかったりする。会ったことのない人間のことも知っていることがあるのだ。
それが真実かはわからないが、いい情報にはなる。朝市で人も多いが、子供連れも歩いている。その人達に聞いてみるのもいいかもしれないと思っていると、1人の女の子が走ってきた。
一緒にいた母親の手を振り払い、一目散に向かった先にはユキがいた。子供は勢いを殺すことなくユキに抱きついた。
子供といっても走って抱きついてくると、衝撃は大きい。倒れそうになるユキだったが、踏ん張りなんとか倒れずにすむ。
「おっきいねこさん!」
抱きつく子供は微笑ましいが、母親にとってはハラハラするだろう。大きな猫と子供は喜ぶだろうが、大人から見るとユキはユキヒョウなのだ。ヒョウのように獰猛だと思っている者も多い。
しかし、ユキヒョウは人を襲うことはない。時と場合にもよるだろうが、ユキが人を襲うことは決してない。それだけ大人しいのだ。
人混みから走ってきた母親は申し訳なさそうな顔をして、エリスと白美に頭を下げて謝る。ユキも子供に抱きつかれたり、撫でられたりするのは慣れている。
気にしていないユキは、子供にされるがままだ。耳を触られても、尻尾を触られても怒ることはない。唸ることもなく大人しくしているユキに母親が驚くほどだ。
「ユキヒョウは人を襲わない動物なんですよ。とくにこの子は大人しいので大丈夫ですよ」
場合によっては唸り声を出すが、攻撃をすることはない。悪意を持って触れてくるわけでもないので、子供にも唸り声を上げることはない。石をぶつけてくるような子供には、威嚇として唸ることはある。ユキを触っている子供とは違い、母親は恐る恐るユキの頭に触れる。
大人しく触られているユキに、母親も頭だけではなく尻尾にも触れる。何もしないことに安心したのか、母親はユキの背中を撫でた。甘えるように子供に顔をすり寄せるユキを見て、エリスは母親に名前が書かれている紙を見せた。
知っている人はいるのか。もしいるのなら、教えてもらうために。母親はリストの名前を指差し、知っている人について話していく。本人が知っている人物と、話で聞いた人物。
魔法が使えても火炎弾が使えない者。使えても一つ程度しか出せない者。炎の矢を使えない者。召喚はできても『マンティコア』のような魔物を召喚できない者ばかりだった。
横線を二本引いて名前を消していくと、残る名前は片手で足りるだけとなった。数人は本人も知らない人であったが、友人の知り合いであったため信用度は高いだろう。
お礼を言って親子と別れる。女の子は名残惜しそうに手を振って、母親に手を引かれて行った。母親も頭を下げて、買い物へと戻って行った。
「残りは5人。この中に、あの時の火炎弾と炎の矢の使用者、『マンティコア』を召喚した人、声の主がいるかもしれないわ」
必ずいるとは限らないが、声の主はいるだろう。あの声は城でスカジに話しかけていた人物と同じだった。それなら、この中にいるかもしれないのだ。知っている名前がないかを聞く時には、男性とも女性とも思える声のことも話しているのだから。
先ほどの友人の知人の中に声の主などがいたとしたら、この中にはいないことになる。しかし、名前を消したといっても横二本線を引いただけだ。たとえ消していても、何か知っていることがあれば教えてくれるだろうとエリスは思った。横二本線を引いた中には、声に関して言っている人はいなかった。知らないのか、声だけで男性か女性かわからないという声をしていないのか。そのどちらかだろう。
歩き出して、エリスは次は誰に話しかけようかと周りを見る。先ほどのように白美に話しかけてくる人がいれば、こちらから行動を起こさなくてもいい。
しかし、話しかけてくる人はやはりいない。それならばと、目に止まった男性に話しかけようとした。だが、先に別方向から話しかけられた。それは女性の声だった。
後ろから聞こえた声に振り返ると、背中まである長い黒髪の女性がいた。目も黒い女性を、人々は遠巻きにして見ている。赤いマフラーを首に巻き、黒と白の配色のみのゴシック・アンド・ロリータの衣装を着ている。その服に赤いマフラーは似合っていないが、女性は気にしていないようだ。
「リシャーナ?」
「そうだよ。久しぶりだね、エリス」
どうして彼女がここにいるのかと首を傾げるエリスに、リシャーナは手に持っているバッグを見せた。それも服と同じゴシック・アンド・ロリータ。それを見てエリスは納得したように頷いた。
彼女の仕事は情報屋だ。一般の人が知らない、重大な情報を彼女は持っている。何故知っているのか、どこで入手しているのかはわからない。
しかし彼女はその仕事のお陰で、アルトと同じように警戒されることなく各国に入ることができるのだ。彼女の持つ情報に、大金を払って買う者も多い。それだけ、彼女の持つ情報というのは魅力的であり、貴重でもあるのだ。
だが、彼女でも売ることのない情報はある。それは、各国の重要情報だ。各国に入れるのは、それらを他国の者達には売らないという条件があるからだ。いくら大金を積まれても売ることのない情報だ。もし、情報を売ってしまえばリシャーナの命の保証はない。
そして、彼女の気分によっては情報をお金では売らないこともある。お金の代わりに物を要求することがあるのだ。情報料よりも安くなることもあれば、高くなることもある。
情報料を決めるのは彼女だ。一般の人からすれば、それが安いのか高いのかもわからない。何度も彼女から情報を買っている人であればわかるかもしれないが。
「最近姿を見なかったから驚いたわよ。実家に帰っていたの?」
「うん。暫くクロイズ王国の実家にいたの。もちろん仕事はしていたけどね。お父さんは冬働けないから、今時期は頑張って働いてるの。お陰でお父さんは家にあまり帰ってこなかったけどね。お母さんも家に1人じゃ寂しいだろうからって、暫く帰っていたの」
そう言って彼女は実家での思い出を話し出した。彼女が話し出すと長い。そしていつもいつの間にか早口になっており、聞き取るのが難しくなってしまう。そのため、エリスは彼女の話をあまり聞かないことにしている。聞いているだけで疲れてしまうからだ。
彼女の父親はゼグロウミヘビのハーフ。獣人の父親と人間の母親から生まれた父親は、見た目は人間のようだが、腕は鱗に覆われている。そして冬は寒さのあまり冬眠してしまうのだ。だから、リシャーナの父親は冬は働けない。しかし母親は人間だ。冬は父親の代わりに母親が働く。家からあまり離れていない城のキッチンで父親の代わりに働くのだ。そんな両親のためにリシャーナは仕事で稼いだお金の多くを家に置いていく。リシャーナはあまりお金を持っていなくても大丈夫なのだ。
家から出れば情報を欲しがっている者がすぐにやってくるからだ。だから、お金を全て置いていくこともある。
ゼグロウミヘビのハーフである父親と、人間の母親の子供であるリシャーナは数少ないクウォーターだ。クロイズ王国では少数だが、魔物や獣人と人間のハーフが住んでいる。しかし、クウォーターはリシャーナだけだ。
クウォーターといっても見た目は人間と変わらない。リシャーナは首の後ろに黒い数個の鱗があったり、牙に毒があったり、泳ぎが得意で3時間呼吸を止めることができるだけで、他は人間と変わらないのだ。
牙に毒があるといっても、意識しなければ毒は出ない。しかし、その毒で人間を殺すことは可能なため、毒を出すことはない。獣人の血を引いているので人間の言葉を話すことができない魔物や、ヘビと話をすることもできる。
「そうだ、これ。エリスにお土産だよ!」
そう言ってバックから取り出したのは一冊の本だった。どうやってバッグに入っていたのかと思ってしまうほど分厚い本。目を輝かせて受け取るエリスの様子に、余程欲しい本だったのだろう。
受け取った本を重そうにしているが、嬉しさのあまり黙って本を見ている。その本を持ってきたリシャーナのバッグは、魔法道具の一つだ。中は異空間に繋がっており、重さも感じず、何でも入れておける無限収納となっているのだ。欲しいと思ったものを思い浮かべれば、入っているものであればすぐに取り出せる。
異空間に繋がっているため、重さは全く感じない。便利な道具だが、値段も高い。そのバッグに、よくエリスへのお土産を入れている。お土産なのでお金は取らない。たとえどんなに貴重で、買うと高いとしても。
「それで、貴方ははじめましてね」
エリスに本を渡すと、リシャーナは白美を見た。ユキとは知り合いのようで、すり寄るユキの尻尾を掴んで尻尾の先に触れている。
「私と似た匂いがする。貴方は純血の魔物ね。あ、エリスが言っていた『九尾の狐』かな? 白美だっけ?」
当たっている。驚いて声も出せない白美だったが、リシャーナは周りに聞こえないように話していると気がついた。今の姿で魔物だと気づかれたくないということを、まるで知っているかのようだ。
「私はリシャーナ・ヘヴンズ・ヘルヴィス。獣人と人間のクウォーターなの。情報屋をしているわ」
そう言って微笑むリシャーナを、白美はまじまじと見た。この国では黒麒以外で見たことがない黒髪に黒目。龍でさえ目は赤い。見られている理由がわかっているのか、リシャーナは嫌な顔一つしなかった。もしかしたら慣れているのかもしれない。エリスの口ぶりからすると、リシャーナとは何度も会っているようだった。この国にくれば不吉とされる黒だ。多くの者から見られるだろう。今現在も、何人かがリシャーナを見ている。
ヴェルリオ王国では不吉とされる黒。黒い髪や黒い目を持つ子供が生まれることはあまりない。しかし、クロイズ王国は違う。クロイズ王国の多くの人間は黒い髪や黒い目を持って生まれてくる。そして、黒は不吉ではない。
リシャーナの父親は黒い髪を持ち、母親は黒い目を持っている。偶然二つを受け継いだのがリシャーナだ。クウォーターはリシャーナしかいないが、黒い髪と黒い目を持つ者は少なからず存在している。
しかし、数少ないため神の使いのように神聖な存在とされているのだ。そのため、リシャーナの父親は温かい時期に城でコックとして働き、冬は母親が代わりに働くことができるのだ。
それに、リシャーナ個人が国王と仲がいいことも関係しているのかもしれない。
未だに本を持ったまま喜んでいるエリスに、リシャーナは口元に笑みを浮かべた。その笑みは嫌なものではなく、喜んでもらえて嬉しいという笑みだ。
「あ、そうだ。私、この間の国境戦争の情報持ってるんだよね」
今思い出したかのように言うリシャーナだったが、本題はそれだったのだろう。彼女の言葉に顔を上げたエリスは、本を白美へと渡す。渡された本は重かったが、図書館の扉と比べれば気にもならない。
反応したエリスを見て、さらに笑みを浮かべる。それは、先ほどのお土産を持ってきた友人の顔ではない。この顔はきっと、情報屋としての顔だろう。金づるが来たと、今にも喜びそうな嫌な顔をしている。
国境戦争。今では街中の人達は、国境での戦いをそう呼んでいる。戦争というほどの戦いではなかったのだが、数人の死者を出してしまったからだろう。
「その情報って何!? いくら出せば教えてくれる?」
きっと、知りたかった情報をリシャーナは持っている。それならば、いくら出してでも聞くしかないと思ったエリスは、リシャーナへと近づいた。
今すぐにでも聞きたいと近づくエリスに、リシャーナは少し考える素振りをする。しかし、取引内容はすでに考えていたようだった。リシャーナはすぐに口を開いた。
リシャーナが望んだ取り引きは、お金ではなかった。今の彼女にとっては、一番必要なものであり、お金で取り引きをするよりは安くつくものだった。
「お金じゃなくて、別のものがいいんだけど」
「……何が欲しいの」
「暫くここに滞在するつもりなの。だから、食と住を保証してくれる場所が必要なの」
「わかったわ。私の家の部屋が空いているわ。それと、あの家でかかる代金はこちらが持つわ」
要求するものがわかったエリスは、自分の家の部屋を提供した。今は5人と1匹で住んでいるので、部屋はまだ4部屋残っている。ユキはエリスの部屋や、リビングにいることが多いため部屋は5人しか使っていない。
1人増えようが構わないのだ。今回の情報料を払うよりは、部屋や食事を提供するほうが安い。
早く情報を教えてと言うようにさらに近づくエリス。しかし、リシャーナは答えてくれなかった。今いる場所を気にしているのだ。他の人に話が聞かれる可能性があるため、周りを確認した。
朝市が終わりに近づいているためか、歩いている人数は減っている。それでもこちらへ視線を向けて気にしている人が多く、聞かれないとは言い切れない。
左手でエリスの右手を掴むと、路地へと向かって歩く。狭いので他の人がいれば入ってくることはあまりないだろう。聞かれないようにと奥へ進む。2人に白美はついて行くが、ユキは路地に入ってすぐに座ってしまう。
耳がいいユキは離れていたとしても、話し声は聞こえる。距離や人の多さによっては聞こえなくなるが、この程度は問題にならない。
「まず一つ目。声の主はその名前の中にいるよ。ただ、魔法は使っていないわ。二つ目。『マンティコア』は使い魔じゃないわ。使い魔にしないでお互いの利害が一致して契約をして従えたのよ」
声の主は5人の中にいる。魔法は使っていないとは言ったが、使えないとは言っていない。国境戦争では接近戦をしていた人物なのだろう。魔法剣士や、偵察をしていた人物なのだろう。
召喚した魔物は使い魔にせずとも従えることはできる。しかしそれは、魔力が高くなければできない。それ以外でできる場合もあるが、それは召喚した者と魔物の望みが一緒だった場合だけだ。
だが、絶対ではないが望みが一緒だということはないと言ってもいい。ならば、魔力が高い者が『マンティコア』を召喚したのかもしれない。自分を召喚した者の魔力が高ければ、恐怖し言うことを聞く場合もあるのだ。そう考えれば、5人の中から絞られる。使い魔にせずに、もしも利害が一致し契約したのならその内容は何だったのか。望みが一緒だった可能性もないとは言えないが、たとえそうだとしたら、それは本人に聞くまでわからないだろう。利害が一致したという内容は何か。今考えてもわかるはずはなかった。
「三つ目。火炎弾は数が多かった。それは魔力の高い人からの攻撃。もちろんその名前の中にいる。炎の矢に関しては矢があれば、炎の魔法で炎を纏わせて放てば使えることができる者もいるし、矢がなくても使える者もいる。ただ、その中で魔法が使える者はすべて炎の矢は使用できるみたいだけど」
エリスが聞きたかったことを教えてくれたリシャーナに、名前を見てめぼしい人を見つける。それは、はじめから怪しいと思っていた人。だが、怪しいと思っていてもその人ではないと信じていたかった人。それぐらいの立場の人なのだ。別にエリスにとってその人は大切な人ではないのだが、国にとってはそうであってほしいと思えるような立場の人間だ。どうしてそんなことを知っているのかを聞いても、リシャーナは答えてはくれないだろう。
お礼を言って一応もう少し周りの人から話を聞こうとエリスは思った。もしかすると、他に知っている人がいるかもしれないという考えからだ。しかし、リシャーナはエリスが思ってもいなかったことを呟いた。
「それと、さっきエリスのお兄さん……アレースが家に向かって行くのを見たよ」
「え!? 嘘でしょ!!?」
「本当だよ。嘘の情報なんて提供しないもん。信用度が落ちちゃうじゃない」
子供のように膨れるリシャーナに背を向けると、エリスはそばにいた白美の手を掴み走り出した。走るエリスに蹴られないように路地から出たユキは、家のほうへ走っていくエリスを追いかけた。
残されたリシャーナはゆっくりと路地から出ると、エリス達が走って行った方向へと城を見上げながら歩き出した。
彼女は情報屋。どうやって調べたのか、知ったのかはわからないが、知っていることも多く、先ほど起こったばかりのことでも知っているのだ。だが、たとえ尋ねても誰から話を聞いたかなどは決して教えてはくれないのだ。だからこそ、彼女は信用されているともいえる。
話してはいけないことは、決して話さないのだ。秘密は秘密。それは、彼女の信用度にも関わるものだから。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ユキヒョウは人を襲わない動物。でも、絶対とは言えません。時と場合によるでしょう。
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