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第一章 船に乗る

船に乗る6

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 船が出港してから6時間。現在船はシュネーズ王国の港に停泊していた。30分ほどで出航するようだが、下船する者も乗船する者も獣人が多かった。
 それもそうだろう。この国は、獣人が多く住んでいるのだ。それだけではなく、とても寒いのだ。寒さに強い獣人以外が住むのは、大変な国だ。
 時々厚着をした人が歩いている姿も見られるが、手を擦り合わせたりと寒そうにしている。
 甲板でシュネーズ王国の様子を見ているエリスはユキを抱きかかえて、少しでも温かくしようとしている。その横で龍は歩いている獣人達を眺めていた。
 寒くないわけではないが、龍はコートなど持ってきていないため、船に乗った時と同じ格好で手すりにもたれていた。
 そんな龍の目に、とある獣人達が映った。白いライオンと5人の犬の獣人。2人以外は同じ種類の獣人に見え、そのうちの1人は少し小柄だ。
 他にも獣人はいるのだが、6人で行動している者は彼ら以外にはいなかった。それだけではなく、寒さに弱いのか4人は厚着をしているのだ。だから龍は気になったのだ。4人以外に厚着をしながら、歩いている獣人がこの国に見当たらないからだろう。
「あら、国王じゃない」
「え? 誰が?」
「あそこの6人集団の白いライオン」
 エリスの言葉に、龍が今見ていた者た達のことだと気がついた。白いライオンが国王だということは、他の5人は従者ということだろう。
 アレースとウェイバーのこともあり、龍はそこに国王の姿があるということに驚くことはなかった。
 国王が歩いていたとしても、襲われることがないほど安全なのだろうと思ったからだ。
 6人の姿が見えなくなるまで見ていた龍は、間もなく出航時間だということに船員の様子から気がついた。
 出港するのなら、白龍達の待つ部屋に戻ろうと龍はエリスとユキに声をかけようとした。しかし、龍は急いで乗船してきた獣人に驚いて黙ってその人物を見つめてしまった。
 チケットを見せて乗船したのなら急ぐ必要もないのに、走ってきたため見つめてしまったのだ。そんな視線に相手も気がついたらしく、龍と目が合うと微笑んだ。
「いや、騒がしくしてすみません」
 そう言いながら龍に近づいてくる彼は、先ほどの国王と同じ白いライオンの獣人で、黒麒より少し身長が高いように思えた。
 人当たりのよさそうな彼を見て、エリスが首を傾げながら口を開いた。腕の中にはユキを抱えたままだ。
「白いライオンってことは、貴方は国王候補?」
「国王候補?」
「いいや、違うよ」
 彼は苦笑いをして、知らない様子の龍に教えてくれた。
 シュネーズ王国は代々白いライオンが国王になるのだという。そのため、国王と王妃の間に生まれた子供が白いライオンではない場合、王族ではない白いライオンが国王になることもあるというのだ 。
 そのため、白いライオンの子供は幼い頃から国王になれるように勉強をし城で教えられる。もしも国王にならなくとも、城で仕事をもらうことができるという。
 昨日までは一般人だったが、今日から王族という者も少なくはないという国だという。過去に、何人もの一般の白いライオンの子供が国王になっているのだ。ただし、男の子だけだという。家族も王族になるが、白いライオンが女の子しかいない家は王族にはならないことが多い。何故なら王妃は白くなくてもいいからだ。しかし、中には王族になる者もしることから、全ての白いライオンの女の子が王族にならないわけではない。
 その言葉を聞いて、今の国王も一般人だったのかと思った龍だったが、そうではないらしい。たとえ国王と王妃の子供が男の子で白いライオンだったとしても、国王候補を育てるのだという。もしかすると国王になる前に、病死や事故死をしてしまうかもしれないからだ。
 それなら、どうして彼は国語候補ではないのか。どこからどう見ても白いライオンだ。国王候補になるには、さらに別の条件でもあるというのだろうか。
「俺が国王候補じゃない理由が気になるか?」
「いや、あの……。うん、まあ、気にならないって言ったら嘘になるから、気になる」
「はははっ! 自分の気持ちに正直な奴らは好きだ」
 豪快に笑うと、彼は器用に指を鳴らした。すると、龍の目の前で彼の色が白から黒に変わった。全身が真っ白から真っ黒に変わったため、金色の目がとても目立つ。
 驚く龍だったが、エリスとユキは気づかれない程度目を細めた。だが、どうやら彼は気がついたようだ。
「そこの2人は知っているみたいだな」
 2人と言ってエリスとユキを見る彼に龍は何を知っているのかと首を傾げた。2人は彼の名前などを知っているのか。有名人なのかと龍が思っていると、そうではないようだった。
「この国、シュネーズ王国で10年前、黒いライオンの獣人が白いライオンの獣人を殺害するという事件があったんだ」
 現在も犯人が捕まっていない。だから、彼を見たエリスとユキが目を細めたのだ。犯人は目の前にいる彼ではないかと思ったから。
 他の黒いライオンの獣人が犯人だという可能性もある。しかし、そう思わなかったのだ。理由は黒いライオンの獣人は数が少ないからだ。
 白いライオンの獣人が1000人いたら、黒いライオンの獣人は1人しかいない。そのくらい差があるのだ。
 彼が10年前の犯人だと思われてもおかしいことではない。さらに、色を変えていればなおさらのことだ。
「俺が特殊魔法で色を変えていたのは、何もしていないのに疑われたくないからだ。黒いライオンだからって犯人扱いされるのはごめんだからな」
 そう言われてしまえば納得するしかない。誰もが何もしていないのに、そっくりだという理由で疑われて犯人扱いされたら嫌なものだ。
 だから彼が特殊魔法で色を変えるのは仕方のないことなのだろう。
「それに、俺は当時この国にはもう住んでいなかったから犯人じゃない」
 彼の言葉からすると、当時この国に住んでいた黒いライオンの獣人が犯人なのだろう。船やウルル山脈に逃げられてしまえば、見つけることさえ困難。だから今も犯人は捕まっていないのだろう。
 龍がそう思っていると、船の汽笛が鳴った。出航の合図だ。
 汽笛を聞いて耳を立てた彼は、ゆっくりと動き出した船からシュネーズ王国を見て口を開いた。
「さて、俺の部屋に行くかな。船から振り落とされたら嫌だしな」
 そう言って龍達の横を通り、船内へと向かおうとしていた彼だったが、突然足を止めて振り返り、真っ直ぐ龍を見つめた。
「そういえば、名乗ってなかったな。俺はブラン・ルドゥルフ・ニムズメラ」
「龍だ」
「龍か……。船旅の間よろしくな」
 笑顔で言って手を振ると、ブランは船内へと向かって行った。他にも数人が甲板に残っており、中には獣人もいた。獣人達は、ブランが近づくと離れて行った。やはり、黒いライオンの獣人だからだろう。
「それにしても、振り落とされたらって、そんなにスピードが出るのか?」
「出るかもしれないけれど、出さないでしょ」
 龍の言葉に小さく息を吐いて言ったエリスに、客が乗船していたらそれだけのスピードを出すはずがないかと龍も思った。
 離れるシュネーズ王国を見て、部屋に戻ろうとエリスに声をかけようとした龍だったが、小さく聞こえた声に何も言うことはなかった。
「彼、シュネーズ王国からも、この船に乗る獣人からも姿が見えているのに元の色に戻したのね。……どうしてかしら?」
 どうしてかしらと、龍に笑顔を向けるエリス。その笑顔の意味がわかった龍だったが、首を横に振った。
「いい加減部屋に戻ろう。風邪ひくぞ」
「そうね。シュネーズ王国から離れて少し温かくなってからまた出てきましょう」
 エリスの言葉に何も返さなかった龍。そのことにエリスは何も言うことはなかった。ユキを下ろすと、龍の前を歩いて船内へと向かう。
 シュネーズ王国の港にいた者の中には、ブランを見ていた者もいた。それに、乗船している者の中にも。
 それなのに彼は、白から元の黒に戻った。国王候補ではないと教えるためであったとしても、言葉で伝えるだけでもよかったのではないか。
 どうしてわざわざ戻ったのか。言葉で言うよりも、見せたほうが早いのはわかる。しかし、警戒させたブランは、次にシュネーズ王国に来た時には色を変えていても黒いライオンだとバレてしまっているのではないのか。
 それ、だけではなくどうしてあんなことを言ったのか。龍はブランが「俺は当時この国にはもう住んでいなかったから犯人じゃない」と言った言葉が不思議だった。
 この国の住人が犯人だとエリスも知っているのかと横目で見たが、ブランの言葉に驚いている様子から知らなかったのだということがわかった。
 わざわざ見ている者達に見せつけるかのように元に戻ったのは、もうシュネーズ王国に来るつもりがなかったからなのだろうか。
 そして、龍達に犯人は住人だと導かせたのは、自分ではないと信じてもらうためだったのか。それとも、本当にシュネーズ王国の住人が犯人だと知っているからなのだろうか。だから、はっきりと口にしなかったのか。
 それならば、どうして未だに犯人は捕まっていないのか。住人であれば捕まっていてもおかしくはない。
 ブランは当時シュネーズ王国に住んでいなかったと言っていたが、元住人ではあるようだった。あえてその言葉を口にしたのは。
 ――ブランが犯人……そんなわけ、ないか。
 首を横に振り、事件のことも知らないのだから犯人が誰かなんてわかるはずもないと思い、龍は考えることをやめた。それに、ブランが犯人だとしても証拠がないのだ。
 たとえ、当時シュネーズ王国に住んでいなかったのに、犯人が住人だと知っていたとしても。
 ブランのことをちょっと不思議な乗船者と思うことにして、龍は船内へと入って行った。








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