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第一章 船に乗る

船に乗る2

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 エードが部屋から出て行って暫くは、ベッドに座って白龍は大人しくしていた。悠鳥の横で仰向けでベッドに倒れてみたりしていたが、落ち着きなく起き上がったりベットの上を移動しはじめると、静かに卵を温めていた悠鳥も白龍が気になりだし、閉じていた目を開いた。
 黙って動き回る白龍を見ていた悠鳥はあることに気がついた。それは、白龍が何かを言いたそうにしているということ。何度も悠鳥を見て口を開いては閉じるを繰り返していたのだ。話したいが、話してもいいのかがわからないのだろう。
「何を聞きたいのじゃ?」
「え……」
「聞きたいこと。もしくは、話したいことがあるのじゃろう?」
 目を見開いて悠鳥の言葉を聞いていた白龍は、一度目を閉じた。そして、ゆっくりと目を開くと悠鳥の右隣と座った。両足をぶらぶらさせる白龍を見て、悠鳥は白龍が話し出すのを大人しく待った。
 話しにくい内容なのかもしれない。それでも、焦らせずに待った。しかし、早く話してくれなければエードが戻ってきてしまうだろう。そうなったら、白龍はきっと今話そうと思っていることを話さなくなるだろう。
 たとえ部屋に入ったエードが出て行ったとしてもだ。だから話しを聞くには今しかない。焦らせたくはなかったが、白龍が話そうとしていることが何なのかを知りたくて、悠鳥は口を開いた。
 しかし、先に声を発したのは白龍だった。その声は、少し不安がっているように悠鳥には聞こえた。
「あの、ね。聞いてほしいの」
「聞いておるから、話してみるのじゃ」
 悠鳥の優しい声に、白龍は笑顔を見せて大きく頷いた。龍達に聞いてもらってもよかった。けれど、白龍は話してはいけない気がしていたのだ。
 とくに、龍には。何故そう思ったのかは、白龍自身にもわからなかった。しかし、悠鳥には話をしてもいいだろうと思ったのだ。だから、今悠鳥しかいないこのタイミングで話そうと思ったのだ。
「あの、ね。最近、夢……見るの」
「夢?」
 それはどんな夢なのか。今の白龍を見ると、どうやらその夢が影響して不安になっているようだ。しかし、どうして夢を見て不安になるのだろうか。
 そう思ったと同時に、悠鳥はあることを思い出した。それは、前代『黒龍』と人里離れた山頂で会った時に言っていたことだ。
『私達のように、代替わりをする『龍』や『ドラゴン』は、眠ると前代の者達の記憶を見ることがある』
 前代の者達の記憶。龍がそれらを見たとは一言も聞いたことがない。言わないだけで、見ている可能性はある。しかし、龍の様子から前代達の記憶を見ていないだろうということはわかる。
 それは、肉体は今までの『黒龍』達と同じであっても、魂は別であることが関係しているのかもしれない。肉体は同じ『黒龍』のため、そのうち夢には見るのだろうと悠鳥は思った。
『幼い時に見る夢は、前代のものが多い。『龍』や『ドラゴン』として必要なものではなく、見てきた景色だったり出来事ばかりの夢を見る』
 幼い頃に『龍』や『ドラゴン』として必要な知識を見たとしても理解できない可能性が高いのだ。だから、それらとは関係ないものを夢で見るのだ。
 今回白龍は、そのような夢を見たのだろうと悠鳥は思った。しかし、何故不安になるのかはわからなかった。前代の記憶とは関係のない、不安になる夢を見たのかもしれない。
「僕、前に……空を飛んでた。大きな翼で、知らない場所。気持ちよかった」
 前とは、いつのことなのかわからなかった。けれど白龍は、自分の翼で空を飛んだことはない。だから、それは前代の『白龍』の記憶なのだろう。しかし、前代の『白龍』は一瞬ではあったがスカジだった。
 彼も空を飛んではいたが、気持ちのいいものではなかっただろう。そう考えると、その夢の記憶は前々代の『白龍』のものだろう。
「お歌、歌った。楽しかった」
 そう言って白龍は、本当に楽しそうに見えた。不安がっているようには見えなかった。しかし、楽しそうに微笑んでいた白龍の顔から、突然笑顔が消えた。
 その様子に悠鳥は目を細めたが、何も言わなかった。ただ黙って、白龍の言葉を待った。
「でもね。突然、怖い顔した……龍が出てくるの」
「怖い顔?」
 そう言われても、悠鳥には何も思い当たることがなかった。怒られた時の龍の顔が怖くて、夢にまで見ているのかと思ったのだが、白龍が龍に怒られているのを見たことがなかった。
 もしも悠鳥が城へ来たあとに、龍に怒られていたとしたら、その時の光景を夢として見ている可能性がある。
「龍に怒られたことは?」
「ダメって、龍じゃなくても、エリスも言うよ。でも、あんなに怖い顔、見たことない」
 どうやら、やってはいけないことに対しては怒られているようだ。龍だけではなく、エリスにも言われたことがあるようだ。
 しかし、怒られたことがあっても、怖い顔はしていないようだった。それならば、どうしてそんな夢を見るのか。そう考えて、悠鳥は思い当たることがあった。
 それには、『白龍』が関係している。龍が怖い顔をしたのは、白龍が誘拐された時。しかし、その時白龍は近くにはいなかったためその顔は見ていない。
 白龍と再会した時には、怖い顔をしていなかっただろう。帰ってきた白龍からも、ずっと一緒にいたであろうツェルンアイからもそんな話しは聞いていないのだから。
 だが、もう一つ『白龍』が関係していたことがあった。それは、スカジとの戦いの時だ。炎のを止めるため、『白龍』を解放してもらうため、龍はその時怖い顔をしていただろう。
 白龍はその時の夢を見ているのだ。スカジは、一瞬だとしても『白龍』になったのだから。夢を見たとしてもおかしくはないだろう。
 しかし、幼い白龍が見る夢ではないだろう。スカジが『白龍』として見たものは、戦いの時のものだけだ。だから、白龍はスカジの前の『白龍』が見てきた景色などを見たのだろう。
 だが、どうして白龍は戦いの時の龍を夢に見たのか。何か見るきっかけでもあったのだろうか。
「ツェルと一緒にいる時、何か変わったことはあったか?」
「変わった、こと?」
 悠鳥の言葉に、白龍は少しだけ考えた。変わったことは何かあっただろうかと。
 とくにこれというものはなかったが、龍が助けに来た時に自分に変わったことがあったと思い出した。
「あの、ね。龍、助けてくれた時……ここ、大きな音したよ」
「心臓?」
 それはどういうことなのかと、悠鳥は首を傾げた。もしも痛みがあれば、痛かったと言うだろう。しかし、右手で心臓をおさえている白龍は、痛いとは言わなかった。
 大きな音とは、心臓の鼓動だろうか。龍の姿を見て、安心したために気にならない音も聞こえたり、感じ取ったりしただけではないのか。
 だから、とくに変わったことはなかったのだろうと悠鳥は思った。だが、白龍は首を傾げた悠鳥に気がつかなかったのか、話しはじめた。
「大きな音、たてて……痛みはなかったよ。でもね、痛くないのに痛いの。それが、今でも時々ある。ツェルと龍がお話ししている時にね、同じ音、する。それで、痛いの。でも、2人が楽しそうにしてるから痛くないの」
 いつもよりもスムーズに話す白龍に悠鳥は目を見開いた。変わったことはあったのだ。それも、白龍にとってはとても大事な変化があったのだ。
 その音の意味に白龍本人が気がついていない。だから白龍は、今のままなのだ。
「……白龍。妾は、その音の意味がわかる」
「これ、何?」
「妾が教えることはできぬ。それは、白龍本人が気づかなくてはいけぬものじゃ」
 白龍は、それが何なのかを知りたかった。しかし、それを悠鳥が教えてはいけない。それは、白龍本人が気がつかないといけないものなのだ。
 何故なら、それは白龍の成長に関わるものだから。その音と、痛みの意味に気がついた時、白龍は急成長をして性別が決まるのだから。
 他の人に言われ、その意味に気づくのではいけないと悠鳥は思った。人間と同じように地上で暮らしているのだ。だから、多くの者と関わり自分で気づくことができる。だから、言ってはいけない。
「よいか。白龍は、龍に助けられて少し成長したのじゃ」
「成長?」
「そう。夢を見るようになったのは、助けられてからじゃろ?」
「うん。帰ってくる時、空飛ぶ夢見たよ」
 龍に助けられたことがきっかけで、白龍は少し成長したのだろう。それは、見た目ではない。心、気持ちが成長したのだ。
 そして、体の成長をするために前代達の記憶を見るようになった。しかし、白龍はまだ一度も夢で記憶を見ていなかった。悠鳥はそろそろだろうと思っていたのだが、夢を見る前に成長に必要なものが揃ってしまったのだ。
 だから、夢で景色以外も見るのだ。もう少し時間がたてば、『龍』や『ドラゴン』として必要なものも見るようになる。
「よいか。本当なら、夢を見るにはまだ早い。しかし、それは白龍本人が気づかなければいけぬ。それが何か、わかった時に白龍は成長する」
「成長……」
「体が大きくなり、男か女か決まるのじゃ。それは、白龍1人で気がつかなければいけぬ、」
「誰にも、言っちゃ……ダメ?」
 悠鳥は静かに頷いた。別に言ってもいいのだが、悠鳥は白龍1人で考え、成長してほしいと思った。だから嘘をついたのだ。
 もしも、白龍に答えを求められたら、悠鳥はそれが何なのかを教えることはできる。話しを聞いて、それが何なのかがわかっていたから。
「夢の話しはしてもよい。だが、怖い顔をしていた龍の話しはしてはいけぬ」
「……悲しむから?」
 ――この子は、よくわかっているではないか。
 もしも龍に話したら、彼はすぐに気がつくだろう。今までと同じ魂の『白龍』が、今の白龍なのだ。きっと、記憶として残っているのだろうと思うだろう。
「白龍には、知られたくないじゃろう。場合によっては怖い顔をしなくてはいけないこともあるのじゃ。誰かを助けるため、守るためにの」
 その言って悠鳥は、自分の右手である翼で白龍の頭を撫でた。悠鳥の言葉を聞いて、白龍は小さく頷いた。
 1人、悩みを抱えなくてはいけないというのは、今の白龍には辛いことかもしれない。しかし、それは白龍のためでもあるのだ。
 白龍の頭から手を離すと、扉がノックされエードが入って来た。クッキーがのった皿と、ジュースの入ったコップをおぼんに乗せている。話しが終わり白龍が落ち着いたタイミングで入って来たエードに、悠鳥は扉の外で話しを聞いていたのではないかと目を向けた。
 小さいテーブルを左手に持ち、白龍の前に置いて、そこに皿とコップを置くエードと悠鳥は目が合った。そして、微笑むエードに悠鳥は話しを聞いていたのだと気がついたのだった。







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