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短編~一匹狼編~

短編08 ウォーヴァ―とアリエス

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※短編は本編を読んでから読むことをお勧めします。
ネタバレや、次の話へ関係ある内容のものもあります。









 アリエスは昔からウォーヴァ―が好きだった。それは、今でも変わらない。
 ヴェルリオ王国ヴェルオウルに来る前、ウォーヴァ―とアリエスは森の中にある名も無い村に住んでいた。多くの獣人が住んでおり、人よりの者と半々だった。
 ウォーヴァ―とアリエスの家は隣同士で、遊ぶときはいつも一緒だった。アリエスにとってウォーヴァ―は兄であり、ウォーヴァ―にとってアリエスは妹だった。5歳も離れていれば、お互いそう思っていてもおかしくはなかった。
 しかし、年齢を重ねていくうちにアリエスには別の感情が芽生えてしまったのだ。それが、恋愛感情。
 自分たち達の周りには、他にも同年代の友人はいた。しかし、彼らには恋愛感情が芽生えることはなかった。この思いは、気の所為ではないのか。兄に対するような気持ちを、恋愛感情と勘違いしているのではないのか。そう思った。
 何日も何ヶ月も悩んだが、それは恋愛感情であるとアリエスは思った。だが、その思いを告げることはなかった。この思いを告げてしまったら、今のように接することができなくなってしまうと思ったのだ。アリエス自身がそうでもあるが、きっとウォーヴァ―も変わってしまう。だから、言うことはなかった。
 ウォーヴァ―への思いに気がついてからも、ずっと言わずにいつも通りに接していた。しかしある日、ウォーヴァ―が打ち明けてきたのだ。
「俺は、ヴェルリオ王国に行く」
「どう、して?」
 アリエスは動揺を隠しきれなかった。ウォーヴァ―はずっとこの村にいるのだと思っていたのだ。自分もウォーヴァ―もこの村で育ち、年老いて死んで行くものだと思っていた。それなのに、ウォーヴァ―は出て行くという。
 しかも昔、獣人が奴隷とされていた国に。今現在はそんなことはないと言っても、街の人間の獣人を見る目はきついものがあると以前ヴェルリオ王国へ行っていた人が言っていた。
 たとえ奴隷でなくなったとしても、人間は自分達より力が強く身体能力が高いものを認めることができないのだ。それは、怖いからだろう。
 ウォーヴァ―はそんな国へ行くのだという。差別を受けるのは目に見えている。もしかすると、密かに奴隷にされている獣人がその国にいるかもしれないというのに。
「その国で、魔物討伐専門組織を立ち上げる」
「ここでもいいじゃない」
「ここは、立ち上げる必要がないほど平和だ。もし、魔物が来ても村の者で討伐ができる。けれど、人間の住む街は違う。力が弱い者が多いんだ。だから俺が魔物討伐専門組織を立ち上げて、依頼を受けて魔物を討伐するんだ」
 まだ資金は貯まっていないから、街で働きながら国王に交渉して組織を立ち上げるのだという。魔物討伐専門組織だけではなく、店を開く場合は国王に報告しなくてはいけないのだ。どのようなことをするのか、それらを話し許可を貰えばいいのだ。
 そして、書類に必要事項を記入してしまえばいい。書類通りにやっているのかを何度か確認するためにやって来るが、記入した通りにしていれば大丈夫だ。もしも異なることをしていれば、すぐに廃業となってしまう。
「大丈夫だ。心配することはないさ」
 何を根拠にそう言うのか。この村から出て行く者は多いが、その半分は戻ってくるのだ。別の街での生活に馴染めなかったり、差別を受ける者が多い。そのため、すぐに戻ってくる。
 ウォーヴァ―とアリエスの幼馴染も何人かが戻って来ている。それなのに、ウォーヴァ―は出て行くというのだ。
 もしもここで別れてしまったら、きっとウォーヴァ―とは二度と会うことはない。アリエスはそう思っていた。彼のことだから、何があっても諦めることはないのだ。
「いつ、出発するの?」
「1週間後だ。両親には話して、許可は貰ってる。……そんな寂しそうな顔はするなよ。大丈夫だ。行く時は家に寄るから」
 そう言ってウォーヴァ―はアリエスの頭を右手で撫でた。
 ――いつまでたっても、私のことは妹としか思っていないんだ。
 ウォーヴァ―の行動で、自分を恋愛対象として見ていないことはわかっていた。それでも、アリエスは諦めきれなかった。ずっとウォーヴァ―のことを思っているのだから、別の国に行くというだけで諦めることはできなかった。
 それからすぐにウォーヴァ―は、仕事へと行ってしまった。今のウォーヴァの仕事は、重い荷物の配達だ。隣の村と、この村を何度も往復するのだ。
 力仕事と体力には自信のある彼には合っている仕事だと思っていた。けれど、彼はその仕事に満足していなかったのだ。だから、この村を出るのだ。
「……よしっ」
 その日からアリエスは行動をすることにした。アリエスはお菓子屋で働いていたが、店長に村を出ると話して、今日を含めて6日で仕事をやめると話した。突然のことに驚いていたが、この村で働いていても忙しいこともなかったため、突然の言葉であっても受け入れてくれた。
 すでにウォーヴァ―が村を出ることは知っていたようで、追いかけて行くのだろうと言われた時アリエスは驚いていた。どうやら、この村の多くの者がアリエスがウォーヴァ―を好きだと知っているようだった。
 そのことに照れ臭く感じたが、アリエスはいつもと同じように仕事を頑張った。
 そして、帰宅したら両親を説得した。しかし、両親は認めてはくれなかった。仕事はあと6日でやめることに了承を貰っていると話しても、話をつけてなかったことにしてもらうと言い出す始末だ。
 アリエスの両親は、どうしても村から出したくはないのだ。1人娘ということもあり、心配なのだろう。だが、それが嫌だった。アリエスのやりたいことがあっても、危ないからとやらせてもらえないことも多くあった。村を出ることを認めてもらえないのならアリエスにも考えがあった。
「わかった。私は今ここで家族の縁を切るわ。それなら、無関係になるから私の勝手よね。数日は居候させてもらうけど、家賃を払って出て行くから安心して」
 その言葉に両親は慌てた。考え直せと言ったが、アリエスの考えは変わらなかった。毎日いつも通りに出勤し、いつも通りに帰ってくる。そして、荷造りをする。
 着替えだけでも大荷物になり、持って行くのは大変だと荷造りのし直し。それの繰り返しだった。
 そして6日間仕事をし、終わった時にアリエスはそれまでの給料を貰った。しかし、それはいつもより多かった。他の人より1週間早く給料をもらうのに多いことに驚いて、多い分を返そうとしたが店長は首を横に振った。
 それは、従業員全員と話して入れたのだという。街では大変だが、諦めず頑張りなさいという言葉にアリエスは何度も頷き、頭を下げた。
 帰宅し、すぐに部屋へと向う。いい加減荷物をまとめなくてはいけない。そう考えていると、部屋の扉がノックされた。返事しないわけにもいかないので、返事をすると入って来たのは両親だった。いつもは母親だけなのに、今回は父親も一緒だった。
 まだ説得するつもりなのかと考えたアリエスだったが、どうやら違ったようだ。
「住む場所が決まったら教えなさい。持って行きたい物は送ってあげるから、すぐに必要な物だけ持って行きなさい」
「言っても聞かないんだから。ほら、お金も持って行きなさい。貯めていたものだけじゃ大変だからな。この村ではあまり使うことはないから気にすることはない」
「認めて、くれるの?」
 説得しない両親に言われて、アリエスは驚いた。どうやら両親は認めてくれたようだった。
「時々は帰ってきなさい。それと、心配だから手紙は出しなさい」
 まさか認めてくれるとは思っていなかったアリエスは、荷物を最小限にまとめて早めの就寝についた。いつウォーヴァ―が来るのかわからなかったからだ。来ると言ったのだから、絶対に来ることはわかっていたが、もしも寝ている時に来られると一緒に行けないから早く寝たのだ。
 翌日起床したのは、いつもの時間より少し早かった。仕事に行く時よりも早く起床したのは、ウォーヴァ―は朝早いからだ。着替えて準備をして、いつもより早い朝食を両親と共にとる。
 帰宅しない限りは、両親と食事をとることも最後になるかもしれない。そう思うと、アリエスは少し寂しくもあった。母親と一緒に食器を洗い、両親とイスに座り何気ない会話をした。
 そして、朝8時。インターホンが鳴った。母親が出ると、そこにいたのはウォーヴァ―だった。父親が、アリエスに荷物を取りに行けと目配せをした。それにアリエスは小さく頷いて部屋に荷物を取りに行った。
 玄関で母親とウォーヴァ―のやり取りを聞きながら、荷物を持って階段を下りる。そして、家を見回して玄関へと向かった。荷物を持ったアリエスを見てウォーヴァ―は目を見開いた。
「それじゃあ、行ってくるね」
「気をつけなさいよ」
「住む場所が決まったら連絡しろよ」
「うん!」
 アリエスと両親がそんなやり取りをしているのを、ウォーヴァ―は驚いてただ黙って見ているだけだった。両親が手を振り、扉を閉めた時漸く我に返った。
「お前……どこに行くんだ?」
「どこって、貴方1人じゃ心配で行かせるはずないでしょ? 大丈夫、食に関しては安心して!」
「勝手に何言って……」
「ウォーヴァ―が反対しても私も行くの。住む場所は別でも構わないし」
「……はあ。わかった。1人娘のアリエスを守ってやるよ」
「何よ、その言い方」
 言い合いながらも、2人は笑いながら村を出て行く。いつ戻って来るのか、戻るのかもわからない2人。そんな2人を、誰もが静かに家の中から見ていたのだった。
 そして、アリエスは未だに自分の思いを告げてはいないのだ。








短編08 ウォーヴァ―とアリエス 終








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ウォーヴァ―は魔物討伐専門組織を立ち上げて、安定したらアリエスを呼ぶつもりでした。
実は、2人とも両片思いなんですよ。
魔物討伐専門組織『ロデオ』は、国王の援助がありあっさり許可を貰えてすぐに建設することになるのです。
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