上 下
49 / 61
第五章

第08話 命の恩人

しおりを挟む





 それは、今から10年前のこと。その内容は、私が知らない本当の父親の最後を知るものだった。
「本当に行かないのか?」
「ええ。たまには兄さんと行ってください。私は留守番をしています」
 そう言って微笑んだのは、ルード・リオニーだった。当時は18歳で、いつもなら一緒について出かけるのにその日は何故か留守番をしていると言ったのだという。
 シロンだけではなく、両親も不思議に思い首を傾げたが、何も言うことなく出かけることにしたのだと言う。その日は、エレニー王国の国王に会いに行く予定で、ルードもそのことを知っていた。しかし、何をしに行くのかは知らなかった。
 だから、公式次期国王証明書を渡しに行くことも知らなかったのだ。仲のいい国だからこそ、それを渡すのだ。必要となる数年後まで保管してもらい、国王を交代するときに使うまで。
 アフェリア王国の城に置いてもよかった。けれど、もしも城が燃えてしまったら。誰かが見つけて処分してしまったらと考えると、置いておけなかったのだ。
「さあ、行きましょうか」
「ねえ、今日こそは隣に乗ってもいいですよね!?」
 シロンがそう言った相手はロベリアの本当の父親である馭者だった。馭者の隣に座り、目的地へ行ってみたかったのだ。シロンは、ルードの双子の兄だということを公表されていない。
 生まれたときから、次期国王として育てられていたため、最近まで他国へ留学していた。留学の支障にならないようにと、次期国王だということを隠していたのだ。久々に帰って来たのは、公式次期国王証明書を渡すためだ。
 次期国王であるシロンをつれ、公式次期国王証明書を渡す。そして、公表する際はエレニー王国の国王にサインを貰う。それをお願いするためにも、シロンを連れて行くのだ。
「まあ、大人しくしていれば大丈夫だろう」
 国王の言葉にシロンは大喜びをしたという。ただ、前日に雨が降ったため狭い道を道也危ない道を通るときは馭者に掴まるようにと注意をされた。馭者の隣に座ると、捕まる場所がないため仕方がなかった。
 そうして、両親が馬車に乗るとシロンは馭者の右隣に座った。私の父親は、シロンが知らないことを沢山話してくれたと私を見て微笑みながら言った。
 他国に行き、多くのことを学んだけれど、知らないことは多くあったのだという。普通なら知っている身近にあるような物すら知らなかったという。
「ここからは危ないから、しっかりと掴まってくださいね」
 そう言ったのは、当時使われていたエレニー王国へ行く狭い道だった。左が崖となっており、とても危険な道だった。シロンは馭者に掴まり、馬はゆっくりとその道を行く。
 半分を通りすぎたとき、突然何かが壊れる音が聞こえた。その音に全員が驚いた。そして、馬車が傾いたのだ。それも崖の方向へと。
 どうすることもできなかったのだと、小さく呟いたシロンはとても悲しそうに見えた。それもそうだろう。きっと、彼はその出来事で両親を失ったのだから。
 傾いた馬車を止める方法は何もなかった。崖へと落下するとき、シロンは死ぬのだと覚悟をした。しかし、すぐに温かい何かに包まれたのだという。それが何かはすぐにはわからなかった。
 わかったのは次に目を覚ましたときだった。
 シロンは生きていたことに驚いたという。崖から落ちてどうして生きているのか。そして、今自分はどこにいるのかとゆっくりと体を起こした。僅かな痛みだけで、体を起こすことができたシロンは部屋を見回して両親と馭者はどうしたのかと思った。
 しかし、部屋には誰もおらず、尋ねることができなかった。病院には見えず、アフェリア王国の城でもないようだった。
「よかった、起きたか」
 ノックをすることもなく開かれた扉。入って来たのは、エレニー王国の国王だった。どうして彼がここにいるのかと疑問に思ったシオンに答えるように国王は口を開いた。
「ここはエレニー王国の城だ。シロンくん、君は奇跡的にかすり傷ですんだんだ。……あの馭者のおかげだ」
 悲しそうに言う国王にシロンは馭者が助からなかったと気づいた。そして、両親も。話しを聞いていると、すでに事故から1週間がたっていた。
 その間に、両親はアフェリア王国に帰り葬式もすまされたという。シロンは国民に知られておらず、ルードにも死んだと思われているようだった。そして、今アフェリア王国国王はルードだと知らされた。
「……馭者の男性は?」
「彼は、こちらで葬儀をすました。今は眠っている」
 その言葉にシロンは彼の元に行きたいと言った。彼が眠る場所へ。
 国王は躊躇ったが、すぐにつれて行ってくれた。そこは城の地下だった。墓が荒らされないようにと、王族の墓はそこにあった。
 そして、身寄りのない城に使えた者達の墓も。彼はその墓で眠っていたのだ。不思議と涙は出なかった。
「到着が遅くて、確認しに行ったら崖の下に落ちているのを兵が見つけてね……。駆けつけたけど、君以外は助からなかった。君は、彼に抱きしめられていたんだよ」
 落下するときに温かい何かに包まれたと感じたのは、馭者がシロンを守ろうと抱きしめたものだったのだ。それでも、かすり傷だったのは本当に奇跡だったのだ。
 それを聞いて、シロンは涙を流した。もしも彼がいなければ、自分は死んでいたのだと。君の父親は私の命の恩人だよと呟くと、シロンは一筋の涙を流した。その涙につられて、私も涙を流した。
 翌日からシロンは気になったことを聞くことにした。それは、落下した馬車のことだった。何かが壊れる音の正体が知りたかったのだ。
 馬車はまだ処分されておらず、回収されて空き倉庫に保管されていた。その日は、国王の息子である次期国王――現在の国王と一緒に倉庫へと向かったのだ。
 そこにはバラバラになった馬車があった。そして、一緒に行動していた息子がある場所を指差しておかしいと言ったのだ。
 その場所は、馬車の車軸だった。2人でしゃがみながら確認すると、確かにおかしかった。そこには、自然にできたのではない切れ込みがあったのだ。そこから伸びる亀裂。切れ込みができたため、馬車の重みと振動に耐えられなかったのだろうと予想することができた。
「これ、指紋とかってわかったりしませんかね?」
「……やってみるのもいいな」
 シロンの言葉により、翌日から指紋採取が行われた。僅かだが、指紋を採取することができたが、それが誰のものかはわからなかった。
 アフェリア王国の整備者のものかと調べてもらったが、誰のものでもなかった。それが誰のものかわかったのは、10年たってからだった。
 すでに国王となった息子に協力してもらい、ルードの指紋を採取したのだ。ペンを落とし、ルードに拾ってもらう。それだけでよかった。
 彼の指紋で隠れてしまわないように、拾ってもらってからはペンを使うことはしなかった。そして、調べた結果。一致したのだ。
 整備の者以外触れるはずのない場所についていたルードの指紋。それによって、あの日彼が一緒に来なかった理由が判明した。
 崖の下に落ちるとは思っていなかったかもしれないが、場所が事故にあうことは知っていたのだ。もしかすると、崖の下に落ちると予想をしていたかもしれないがルード以外がわかるはずもない。
 だから、シロンは城で働いているスワンさんに協力してもらっていたのだという。何を企んであんなことをしたのか。それを知るために。
 そのおかげでシロンは事故を起こした理由を知った。そして、ルードが私と結婚することも知ったのだ。前日にスワンさんに言われて、今日乗り込んできたのだという。
 本当は、今日の予定ではなかったという。けれど今日乗り込み、国王とならなければ私が結婚することになる。だから、結構日時を変更したと言った。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伯爵閣下の褒賞品

夏菜しの
恋愛
 長い戦争を終わらせた英雄は、新たな爵位と領地そして金銭に家畜と様々な褒賞品を手に入れた。  しかしその褒賞品の一つ。〝妻〟の存在が英雄を悩ませる。  巨漢で強面、戦ばかりで女性の扱いは分からない。元来口下手で気の利いた話も出来そうにない。いくら国王陛下の命令とは言え、そんな自分に嫁いでくるのは酷だろう。  互いの体裁を取り繕うために一年。 「この離縁届を預けておく、一年後ならば自由にしてくれて構わない」  これが英雄の考えた譲歩だった。  しかし英雄は知らなかった。  選ばれたはずの妻が唯一希少な好みの持ち主で、彼女は選ばれたのではなく自ら志願して妻になったことを……  別れたい英雄と、別れたくない褒賞品のお話です。 ※設定違いの姉妹作品「伯爵閣下の褒章品(あ)」を公開中。  よろしければ合わせて読んでみてください。

アラサーですが、子爵令嬢として異世界で婚活はじめます

敷島 梓乃
恋愛
一生、独りで働いて死ぬ覚悟だったのに ……今の私は、子爵令嬢!? 仕事一筋・恋愛経験値ゼロの アラサーキャリアウーマン美鈴(みれい)。 出張中に起きたある事故の後、目覚めたのは 近代ヨーロッパに酷似した美しい都パリスイの子爵邸だった。 子爵家の夫妻に養女として迎えられ、貴族令嬢として優雅に生活…… しているだけでいいはずもなく、婚活のため大貴族が主催する舞踏会に 参加することになってしまう! 舞踏会のエスコート役は、長身に艶やかな黒髪 ヘーゼルグリーン瞳をもつ、自信家で美鈴への好意を隠そうともしないリオネル。 ワイルドで飄々としたリオネルとどこか儚げでクールな貴公子フェリクス。 二人の青年貴族との出会い そして異世界での婚活のゆくえは……? 恋愛経験値0からはじめる異世界恋物語です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

騎士爵とおてんば令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
腕は立つけれど、貴族の礼が苦手で実力を隠す騎士と貴族だけど剣が好きな少女が婚約することに。 あれはそんな意味じゃなかったのに…。突然の婚約から名前も知らない騎士の家で生活することになった少女と急に婚約者が出来た騎士の生活を描きます。

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

悪役令嬢の幸せは新月の晩に

シアノ
恋愛
前世に育児放棄の虐待を受けていた記憶を持つ公爵令嬢エレノア。 その名前も世界も、前世に読んだ古い少女漫画と酷似しており、エレノアの立ち位置はヒロインを虐める悪役令嬢のはずであった。 しかし実際には、今世でも彼女はいてもいなくても変わらない、と家族から空気のような扱いを受けている。 幸せを知らないから不幸であるとも気が付かないエレノアは、かつて助けた吸血鬼の少年ルカーシュと新月の晩に言葉を交わすことだけが彼女の生き甲斐であった。 しかしそんな穏やかな日々も長く続くはずもなく……。 吸血鬼×ドアマット系ヒロインの話です。 最後にはハッピーエンドの予定ですが、ヒロインが辛い描写が多いかと思われます。 ルカーシュは子供なのは最初だけですぐに成長します。

【完結】廃嫡された王子 悪魔と呼ばれた子供を育てる

藍上イオタ
ファンタジー
異母弟の陰謀により廃嫡された王太子カールは、都落ちの途中で悪魔と呼ばれる鳥人の雛を買い取る。 鳥人と卵を育てながら、穏やかな生活をしていると、王太子となっ異母弟が現れ、現状の王国の不振をカールのせいだと責め、悪魔をよこせとつめよる。 しかし、鳥人が実は呪いをかけられた隣国の姫であることが判明して……。 微ざまぁ(?)有 ※「小説家になろう」にも掲載されています

処理中です...