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七つの厄災【不安編】:不安は心配からくるらしいですよ
邪神顕現
しおりを挟むシーマが言ったとおり、厨房の窓は開いていた。厨房をでてすぐに地下への階段があり、食材の倉庫へつながっていた。そして、倉庫に降りる階段の途中、壁に人が楽に通れる穴が空いており、天然の洞窟が続いている。デルフィニアが向かったのはこの先だろう。
「結構暗いな、足元気をつけろよ。――暗視の魔法なんてないのか?」
「暗視は盗賊職のスキルだね。魔法じゃ無理」
「しっ……あんまり大きな声を出さないで」
地下道はかなり長く、螺旋を描いてゆっくりと地下に向かっていく。中央に広がる巨大な穴は、いくら目を凝らして覗き込んでも、黒いクレヨンで塗りつぶしたようで何も見えない。
「時間がない。急がないと――」
「でもこの暗さ、この足場で、この距離――このままじゃ、かなり時間かかるよ」
「――飛ぶわ。メディ、ノゾムを頼むわよ」
モイラさんのことが気にかかって焦る。メディが説明するまでもなく、俺にだって時間がかかるのはわかってる。そんな中、エウリュアがつぶやいた。
「え? エウリュア何を言って――」
「風よ集いて翼となれ――疾風の翼!」
エウリュアが魔法を唱えると、穴に向かって飛び込んだ。背中から緑色に輝く翼が生えている。
「ちょっ、お姉ちゃん!? ゲイルウィング! ほら、お兄ちゃん、ゲイルウィング!」
メディも魔法を唱えて穴に飛び込み、さらに俺に魔法をかける。
「翼の制御はメディがするから、安心して飛び込んで!」
俺の背中の翼が輝き、体が浮かびあがって、勝手に穴に突っ込んでいく!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
風速約五四・一メートル・パー・セカンド。記憶にあった台風の速度だ。俺達は台風並みの速度で、穴底へと吹き込んでいく。――四、五、六、約七秒で三七八・七メートル。スカイツリーがすっぽり入る距離を突破して――見えた。デルフィニアだ!
咄嗟に太刀を抜いてデルフィニアに叩きつける。エウリュアとメディはその隙にモイラさんをゾンビから奪い、部屋の隅へ連れて行く。太刀は――デルフィニアの10センチ手前にある見えない壁に阻まれた。魔力の障壁だろう。俺は、流水歩で連撃を加え、障壁を蹴って後ろに――蹴り足をデルフィニアに取られぶん投げられた。背中から壁に落ちて、肺の空気が全部出る。ぶつけた頭がクラクラと視界を歪めた。
そんな俺を、デルフィニアが目を細めて一瞥する。――と、ゾンビ共が俺に向かってきた。
俺は壁に寄り掛かりながら立っている。立っているんだから――動ける。
「お、お、うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
自分に言い聞かせて叫ぶ! 動ける! 動く! 斬る! 一瞬で数体のゾンビを微塵に斬り、そのまま、エウリュア達を守るように、デルフィニアの前立つ。
「英雄の娘――それに落人」
ゆっくりとデルフィニアがこちらを向く。あたりにはいくつもの髑髏が山になり無数の蝋燭を支えている。蝋燭に灯った蒼い炎はデルフィニアの影をいくつも壁に揺らめかせている。デルフィニアが急に表情を笑顔にかえる。
「ようこそ、招かれざるお客様。丁度、観客がほしかったところです」
エウリュアとメディから悲鳴があがる。振り返ると、エウリュアとメディを振り切ってモイラさんが浮いていく。そのまま、デルフィニアのそば――穴の中央まで飛んでいく。俺は飛び上がって手を伸ばしたが――届かなかった。
デルフィニアの目が赤く光る。金縛りの目だ。思わせぶりな仕草、意味ありげなセリフ、全部フリだった。わかっていてもまたやられた。使い慣れていやがる――いったいその目でどれだけの人間を縛り付けてきたのか。
「私はモイラ姉様を私だけのゾンビにしたかった。だけど、モイラ姉は選ばれてしまった」
モイラさんが赤く輝く十字架に貼り付けられる。ぼろぼろになった衣服が破れて燃え散り、血しぶきが妖しくも美しいドレスにかわる。モイラさんを見るデルフィニアの微笑みは、なぜか悲しそうに見えた。
「私を目覚めさせた神よ! 世界に不安の種を撒く、名も姿も持たぬ朧の神よ! 貴方の御心に適う、依代をご用意しました! 今ここに――顕現されよ!」
赤い十字架が膨れ上がり、髑髏顔の裸の女に姿を変える。あちこちが沸騰したように膨らみ弾け、また元に戻る。幾度か破裂と再生を繰り返した後、大きく膨れ上がってモイラさんを飲み込む――その時。
「やっぱり――許せない」
デルフィニアの姿がかき消え、代わりにモイラさんが現れる。なら、モイラさんがいたところは――丁度、デルフィニアが血の泡に飲み込まれるところだった。
「ギ――、ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!」
獣の咆哮のような悲鳴は、もはやデルフィニアの声ではなく、縦穴を笛のようにして、汽笛のように鳴り響いた。
ふいに、体が自由になる。エウリュアとメディがモイラさんに駆けつけ、気がついたモイラさんが立ち上がった。
空中では赤い血の球が歪み、潰れ、弾け、時折見えるデルフィニアの手足は無残にすり潰れて形をなくしていく。永遠とも思われる血の圧砕作業が突然止まると、急激に小さくなって人型になった。
「よもや最後に裏切られようとは――不安の厄災の使者は、やはり不安定になるのでしょう」
人型はデルフィニアと何も変わらない見た目で、全く同じ声でひとり言のようにつぶやいて、右手を軽く振るう。
「――! 伏せて!」
咄嗟にモイラさんが障壁を張り、エウリュアとメディの頭を押し下げる。同時に見えない手で押さえつけられて俺も床にうずくまる。多分――モイラさんの魔力操作。
元デルフィニアの手から血が迸り、モイラさんの障壁を突き破って壁と床にに深い溝を刻む。
「ふむ、まあまあ――です。最上では無いが不適ではない。これも不安を司る厄災の性――でしょうか」
右手を眺めながら、元デルフィニア――不安の厄災が言う。そして、すっかり忘れていたかのように、今、気づいたばかりとでもいうように、俺らを見る。
「はじめまして皆さん。私は不安の厄災――名前はまだありません。貴方達を殺してからゆっくりと考えることに致しましょう」
不安の厄災は芝居がかった口調で言うと、優雅に一礼して微笑んだ。
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